カチャリと喉元に宛てられた舞弥の銃口の冷たさは、セリアの緊張を掻き立てる。一言でも無駄口を言ってしまえばこの細い首はいとも簡単に吹き飛ぶだろう。ジャンヌは手首を後ろで拘束され身動きは取れない。…その気になれば千切ることは容易だが、もし万一セリアが殺されたとしてもジャンヌが千切る僅かな間に衛宮切嗣と久宇舞弥は逃亡するだろう。ならばただ一心に友の生存を祈ることしか出来なかった。


「さて。話してもらおうか」

「そうですね、まずは最初に本題を。貴方の願いは聖杯は叶えてくれません」

「……何?」

「大聖杯はアインツベルンの仕向けたこの世全ての悪(アンリマユ)によって汚染されています。信じがたい話かと思いますが、私は体内に埋め込まれた聖遺物によって未来を視る力があります。
そして私は一つの未来を視ました。聖杯によって傷つけ傷つけられ、最後に絶望して消えていくマスターとサーヴァントの姿を。

衛宮切嗣さん、貴方は聖杯によって起こった大災害に失意の後、たった一人の子供を救い出し5年の年月を経て亡命しました。娘さんにも会えず、奥様も居なくなって貴方は酷く衰退した。…私に銃口を向ける久宇舞弥さんも、戦いの最中で失います」



信じて貰えるかは否としても、伝えるだけは伝えたかった。嘘偽りのない穢れ切った真実を。奇跡を成し遂げる願いの成就など成し得なかった。それを妄信した者が命を賭けてまた命を落とす地獄絵図のような悲しみばかり生み出す戦争。――こんな悲劇は絶対に迎えさせない。


「私はこの未来を回避するべく少しずつ変えられる未来から変えていくつもりです。まず一つ大きく変動したのは、キャスターです。
本来のキャスターは貴方のサーヴァントをジャンヌ・ダルクと妄信して卑劣の限りを尽くすのですが…、今は本物のジャンヌを従えた私との交渉により大人しくしています」


「…成る程ね。それで、僕にその話を信じろと?」

「はい。貴方には一つ決定をして貰います。奥さんと娘さんの幸せを得るか、いつまでも正義の味方でいようといい歳をして言い続けるか。娘も奥さんも見殺しに出来るような人は例え誰が救われたとしても正義の味方なんていう綺麗なものではありません。
いい加減甘えていないで目をお覚ましなさい。今の貴方が守るべきはシャーレイさんとの約束?それとも家族ですか?」


舞弥の宛てていた銃に手を伸ばし、そっと退けて微笑を浮かべた。

「貴女の持つべきも、こんな人を殺す道具などではありません。貴女も…本当は衛宮さんとアイリスフィールさんの幸せを願っているのでしょう?
殺す術しか知らないだなんて甘えるのはおよしなさい。知らないならば知る努力をすればいいでしょう」


黒曜石のような舞弥の瞳が見開かれる。切嗣はただ呆然と目の前の少女の顔を見つめることしか出来なかった。――未来が視える、とはなんと滑稽で露骨な嘘なのか。しかしこの少女が嘘をついているようには到底見えない。それに誰にも語ったことの無いシャーレイの事を知っていたのも、妙に現実味のある話であるのも、……疑いたい。だが証拠こそあれど嘘だと疑念を持つ予知が無い。



「それで、君の要求は」


「聞いてくださるんですね。私の要求は同盟を組んでいただくことです。そしてその条件が他のマスターの殺害を試みないことです。そして私達の最終目的は聖杯戦争の終結。
それと、貴方にはお話しておきます。戦力が揃い次第アインツベルンに乗り込みます。この世全ての悪を止められるのは貴方も良く知る翁だけです」

「……仮に、君が話す事が全て真実だとしよう。だがそこで君が裏切らない確証が何処にある?君だけじゃない、他のマスターも、僕もだ。
本当に平和にこの聖杯戦争を終わらせることが出来ると思っているのか?」

「はい」


これしか道が無いのなら、その細くて暗い茨の道に頼るしか他ならない。ジャンヌを召喚したときにその覚悟は出来ていた。正義の味方になりたいわけではない。ただ自分にしか視えない未来が、救えない未来が在ったから私がそれを守らなければいけない。それが、この聖遺物を宿したセリア・オルディアの使命だと確信したからである。それに昨日一瞬だけ映った未来は笑い合うソラウとケイネスの姿。つまり回避出来たのだ。銃撃に合って裏切られて死ぬという、最悪の未来を。…しかしそこにディルムッドの姿が無かった。つまりジャンヌの願いが成就しないことを示す。


まだ、未来は変わりきっていない。


「私、色んな方と出会って知ったんです。その人にしか出来ないことがある、って。完璧にこなせる人は居ないんです。衛宮さんが全ての人を救うことが出来なくても、家族を幸せにできるのは衛宮さんしか居ません。
争いの無い世界は聖杯に願って叶える夢には不適当です」

「……」

「どうか、家族を守ってあげてください」


それがセリア・オルディアの考え付いた衛宮切嗣の【最も臨んだ未来】である。きっと彼は後悔したはず。だから体力のある限りアインツベルンを訪れて愛娘を連れ戻そうとした。それにイリヤスフィールも、ずっと衛宮切嗣を待って、寂しくて辛い思いをしたに違いない。――このまま迎える未来は、間違いなく衛宮切嗣の幸せになる未来ではないから。


「舞弥、もういい」


銃を下ろして切嗣の後ろに控えた舞弥。思案に暮れるように暫し目を閉じた後に、セリアとジャンヌを見据えて衛宮切嗣は決定を下した。


「いいだろう。ただし、裏切りが出た時は僕は他のマスターの暗殺に移る」

「…っ!ありがとう、ございます」

「僕も君の作り出す"未来"を見届ける事にするよ」



君ならその大災害を止めてくれるかもしれない、と切嗣は薄く笑った。