「只今戻りました、ケイネスさん」

「随分と遅かったではないか」

「申し訳ありません。それと、一つ他の陣営との同盟を結んだのでお知らせを」

「成る程。それで遅れたというわけか」

「はい。キャスター陣営との会談に成功しました」


会談、と呼ぶには些か強引な幕開けだったが。ソファにゆったりと腰掛けたケイネスは、「ふむ…」と思案に暮れるよう眉を寄せる。入室した際に少し安心したように緊張を解いたソラウとディルムッドがセリアの傍へと寄ってきた。



「無事で良かったわ」

「おまえりなさいませ、セリア」

「ありがとうございます。ソラウさん、ディルムッド。それと先ほどは詳しい説明も無しに引き上げてしまい…申し訳ありません」

「大丈夫よ。ケイネスも怒ってないわ。ね?」

「…あ、ああ。だが説明をして貰おうか」



足を込んで机に肘をついたケイネスと、その隣に腰を掛けたソラウ。さて、これはありのままに話した方がいいのでしょうか。席を勧められ向かい側に腰を下ろしたセリアに、ジャンヌが頷く。もう予知のことは話してあるのだからという事だろう。


「分かりました。率直にお話すると、この先に損こそあれど何も得になる事柄がないからです」

「と、言うと?」

「あの直ぐ後に二体のサーヴァントが現れ、セイバーを落としたい事を考えたケイネスさんはそのサーヴァントに加勢しセイバーを仕留めるように令呪を持って命じます。
しかし結果はライダーの加勢により静められランサーは退場。令呪を一画失ったケイネスさんはランサーに頭ごなしに怒鳴りました」

「……そうか」

「一先ず私とジャンヌはホテルへ戻ります。それと…、ケイネスさんに一つ隠していた事が有ります」


言うべきか。それとも噤(つぐ)むべきか。幾度と無く考えたが、いつか伝えることには代わりの無い。ならば今話してしまおうかとセリアはいつになく真剣な表情で口を開いた。しかし隣で座るジャンヌにも話していないこと。もしかしたら決別されてしまうかもしれない。しかし、何よりも先決するべき事柄はあの災害の回避なのだから、そんなことを恐れている時間は無い。一刻も早く綿密な作戦を立てなければいけないのだ。



「私の最終的な目的は聖杯戦争の終結。…ですが、まず最初の目的は聖杯戦争の停戦令を下すことです。
今のまま聖杯戦争で勝利しても、結果は冬木がこの世全ての悪に汚染されています。故にそれが叶うのは参加者の願いなどではなく起こりうるのは悲劇のみ。
始まりの御三家、アインツベルンが仕向けた罠です。

私は出来るだけ一組でも多くのマスターとサーヴァントの協力を借りてアンリマユを取り払い、聖杯の解体を願います」



鼻から聖杯に聖杯戦争の終結を願うなど的を外しているとケイネスは疑問を抱えていた。しかしこれならば合点が行く。他のマスターを落とさずとも確かに聖杯戦争を終わらせる事が出来るし、ましてや願いの願望器が嘘であったとしたなら自分達は一体なんの為に命を賭しているのか。滑稽だ。まさかアインツベルンに踊らされていたなんて。


「それなら、キャスター陣営にも加勢を?」

「はい。ソラウさんのお考え通り、キャスター陣営と出きれば一組でも多くのマスターとの同盟を結びお話していくつもりです」

「……セリア」


ジャンヌが思いつめたような顔で口を開く。その双眸は隠していた真実を咎めるわけでも、批難しているわけでもない。ただ、純粋な悲しみだけが揺らいでいた。セリアもきゅっと薄桃色の唇を噛む。


「私は、私の願いは…叶えられないのですか」


折角今世にて見つけたただ一つの願い。セリア・オルディアの傍に居たいという何よりも大きく切実な思い。なのに、その願いは諦めて水泡と帰すしか他ならないのか。絶望だ。火刑に処された時と同じような、二度目の心からの絶望だった。

「いいえ。そうとも限りません。アンリマユを払い、七体のサーヴァントの魂を取り込めば聖杯は正常に起動します」

「…その為には」


「ジャンヌを除く七体のサーヴァントの敗退、が絶対条件です」

しかしジャンヌの願いは受肉、ライダーの願いも受肉。バーサーカー、キャスター、ランサーの願いは無に等しい。アサシンの願いが統合された完璧な人格、そしてセイバーがブリテンを救うこと。つまりアサシンとセイバーの説得に成功すれば、願いを"サーヴァントの受肉"と統合して丸く収まるという寸法。…しかしその会談をするにも、敵のマスターとの接触にも成功しなければならない。


「ディルムッド」

「はっ」

「…貴方の願いも、この世での受肉にしてもいいでしょうか」






ホテルへ戻る、と口実でケイネスの部屋を出た二人は建設中のハイアットホテルの斜向かいに当たる高層ビルの上階――つまり、衛宮切嗣が訪れるその場所に先回りしていた。入り口に人の気配が触れれば僅かに反応する僅かな結界を張っているので、切嗣とその助手の舞弥が入ってくれば真っ先に察知することが出来る。対策は万全とは言えないが、魔力は十二分に残っているので起源弾さえ撃ち込まれなければ大方の攻撃は回避出来る。



「いいですかジャンヌ、決して武器は合図を出すまでは触れてはいけません。あくまで戦意がない事を分かってもらわなければなりませんので」

「…分かった」


ビン、と体に微かな振動が起こる。――久宇舞弥だ。直ちに結界を解除して、限りなく不可視に近い先程とは違う対銃弾用の結界を貼る。あとは舞弥が入ってきたところで出来るだけ穏便に事を運びたい。カツ、靴音が響きジャンヌはいつでも動ける体制を取りセリアはただ真っ直ぐに扉を見つめる。殺気は出さず、気配も隠さず、舞弥に敵意の無い主張を臨む。



「そこに居るのは誰だ」

「初めまして、セリア・オルディアと申します。最初にお話させてください。私に敵意は在りません」

「…ルーラーのマスターですね。何の用ですか」

「相違ありません。衛宮切嗣と話をさせてください。武器は持っていません、会談は筆談でも構いません」

「何を話すのですか」

「聖杯について、お話があります。決して悪い話ではありません。

そしてもう一つ。ホテルの爆破を止めてください。さもなければルーラー陣営とランサー、キャスター陣営はセイバー陣営に総攻撃を仕掛けます」


些か疑わしげに舞弥が眉を寄せた。しかし流石に英霊を三体も敵に回すのは得策ではないと察したのか、舞弥は切嗣に現場へ戻るように提案を出す。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが逃亡したとの嘘を吐いて。

「ありがとうございます」

「……これでもしこちらに害が及べば、私が貴女を殺します」

「構いませんよ。私もルーラーも、貴女に危害を加えません」



程なくして衛宮切嗣がビルの上階へ辿りついた。セリアとジャンヌの姿を見て臨戦態勢を取るが、舞弥がそれを静止する。暗く湿気のあるこの場所にただ衛宮切嗣の殺気だけが充満した。手には銃、トリガーに指を掛けている所からヘタを打てばいつでも躊躇い無く殺すだろう。



「こんばんは、衛宮切嗣」

「僕に何の用だ」

「私と、ルーラー陣営と協定を結んで欲しいのです」

「断る」

「そう早まらないでください。お話だけでも聞いてくだされば分かります」



穏やかな読めない笑顔を浮かべたセリアに切嗣は舌打ちを鳴らす。ここからは命がけの会談に移る。


(――ここで物怖じしては、誰も救えない)