埃臭くて薄暗い河川沿いにある工房。まるで別世界のような不気味な雰囲気のそこに龍之介とセリアは入っていく。まだ海魔の設置は行っていないのか、特に襲われることもなく奥の広間まで二人は進み入ってく。目に施された魔術のお陰で暗いこの工房でもしっかりと景色は見える。ナイフは予め取り上げてあるし、反撃の意思は全く見えないので広間に近づいた頃セリアは龍之介の拘束を解いた。


「サンクス!っていえばいいんだっけ、あーやっと手が動かせる!」

「キャスターはどこにいるんですか?」

「そう慌てんなって!すぐそこにいるからさ」


広間に着くと龍之介が大きい声でキャスターを呼んだ。所々に明かりが置かれた広間は人間で作られた机や籠など、彼の芸術品で溢れ返っていて今にも吐きそうになるのをぐっと堪えた。



「どうしたんですかリュウノスケ。そんなに大きな声をだして」

「ただいま旦那ー!それがさ、さっき会った綺麗な子が旦那に会いたいっていうから」

「そうですか。わざわざ案内ご苦労様でしたリュウノスケ。して、私に御用があるというのは貴女ですか?」

「はい。初めまして、セリア・オルディアと申します」


す、と頭を下げてセリアはキャスターの元へ歩み寄る。…本当なら今に殺されるかと怯えるところだが、彼女にはキャスターに殺されない自信があった。故にディルムッドはケイネス氏の元へ返しあくまで敵意はないことを証明しようと一人で乗り込んだのだ。


「そうだよ旦那、この子ジャンヌちゃんのこと知ってるっぽいぜ!な?セリアちゃん」

「なんと!!それは誠ですか!何処です、我が麗しの聖処女は一体何処に…っ!!」


「彼女は、私のサーヴァントです。ルーラーのクラスにてこの冬木の土地に現界しております」


証拠にと残り一画となる青い令呪を見せれば、キャスターは大粒の涙を流して座り込んだ。声を上げてジャンヌの名前を叫ぶキャスターに龍之介も一緒に喜ぶ。殺人が関わらなければマスターとサーヴァントの仲が良く互いに合う良い陣営だとセリアは思っていた。あくまで殺人を抜けばの話であるが。いつまでも泣き叫ぶキャスターが落ち着くまで待たせて頂こうとセリアは血糊の着いていない地面に腰を下ろす。まるで聖杯戦争に勝ったような口ぶりでのぼせ上がる二人に溜息を吐いてそのままうとうととうな垂れた。――やはり、キャスターと接触できたことは大きい。上手く丸め込むことが出来ればこれ以上の犠牲は出さずに、キャスター討伐令も下らないやもしれない。そう簡単に事が運ぶと良いのだけれど。


「落ち着きましたか?」

「バッチリだぜ、だろ旦那!」

「ええ。いつまでもこうしている訳には行きません。お迎えに上がらなければ」

「じゃあその前にセリアちゃんさ、アートしてもいい?オレ超うずうずしてたんだよね!そりゃあもう最高傑作出来ること間違い無しっしょ!」


「いけませんリュウノスケ!彼女がこの世から去ればジャンヌも共に消えてしまいます!!いいですかリュウノスケ、セリアだけは殺してはなりませんよ」

「…まあ、旦那の為ならしょうがないけど…。でも超残念」



読みどおりだ。ジャンヌを召喚したら必ずジル・ドレェは私を殺さない。ジャンヌの言うことにはきっと逆らわない彼は上手くいけば【目的】の時に重大な戦力になってくれるはず。残すべき問題点は雨生龍之介を如何に殺人から遠ざけるか、が一番の課題となりそうだ。


「改めまして、セリア。ジャンヌを再びこの世へと呼び戻して下さり、なんと申したら良いか…」

「礼には及びません。恩着せがましいのですが、一つお願いがあります」

「おお!このジル・ドレェに出来る事がありましたらなんなりと申して下さい!」


「私達ルーラー陣営と同盟を組んでください。その条件は他のマスターの殺害を試みないこと。私の願いは聖杯戦争の終結。
無論、冬木に居る間はジャンヌと共に行動しております。悪い条件ではないと思いますが如何なさいますか?」

「リュウノスケ、」

「分かってるって。オレあんたのこと気に入ったし、なんかよく分かんねーけどCOOL!!乗った!これからオレ達は協力者だ!」

「その前に私から聖杯戦争のシステムをお教えします」


まずは、と口を開きかけたときに入り口の方面から声が響き轟く。三人の視線が一心にそちらを向き、セリアは構えた。しかしその姿を見た瞬間意識から警戒の二文字は沈む。キャスターが静かに息を呑み、その大きな目を更に見開いて音を発す。


「ジャンヌ…」


「ランサーから、セリアが危険かもしれないと聞いて来たけど良かった。無事だったね」

「ええ。私に問題はありません」


「見たところ外傷はないようだし、安心した。…まさか貴方がキャスターだったなんてね、水臭いじゃない。教えてよセリア。


そして久しぶり、ジル」


暖かくて優しい温情に満ちた眼差しでジャンヌはジル・ドレェに笑いかける。一歩、また一歩と歩み寄り、ついにはジャンヌの目の前に立ったキャスターは足から崩れ落ちてまた泣き出した。そんなキャスターの頭を抱き締めてジャンヌは語りかける。



「貴方、生贄だなんてふざけたことをしたわね」

「!」

「私の為だ何て迷惑よ。やめて、殺した命に償って。私はそんなこと臨まない、正直貴方の顔を見るのも嫌なくらい怒ってる」

「ですが神は…」

「神様が私を助けなかったから?いいえ。貴方は思いのぶつけ所を誤ったの。私は貴方に幸せな一人の男性として生きて欲しかった」


ジャンヌの双眸からは涙が流れる。それでも、彼女はどんなに変わり果てた姿になっても、ジル・ドレェに会えて嬉しい事は事実。本当はもっと別に伝えたいことがあったけれど、自分の感情よりも優先して一番伝えなければいけない思いを述べた。龍之介もうつされたのかうっすらと目に膜を張らせている。



「でも、ただいま。ジル」

「おかえりなさい、ジャンヌ」



幸せそうに笑い合う二人を、セリアも暖かな気持ちで見守っていた。龍之介がやり場の無い情をセリアにぶつけるように抱きついてきて、ぐらりと体が傾く。まるでどちらが年上かも分かりませんね、とあやすように背中を撫でてセリアも笑った。



「では、これからの戦局についておおまかにお話します」

穏やかな空気を破って、セリアは凛とした声でそう切り出す。


「まずは一番の敵は衛宮切嗣です。彼の狙撃は一流、別名魔術師殺し。きっと近々私は彼のターゲットになります。
気をつけるべきは私と龍之介さん。特に龍之介さんはキャスターと行動はずっと共にしてください」

「え?なんでオレ?」

「詳しくはお話出来ませんが、私は一つの未来を視ました。信憑性は高いです。
貴方が河川でキャスターの強大な海魔が暴れる一方、貴方は衛宮切嗣に殺されました」

「なんと!リュウノスケが!おのれおのれおのれ衛宮切嗣、リュウノスケを」

「まさかお忘れになったわけではありませんよね?他のマスターを殺すのは違反です。
彼はセイバーのマスターで、セイバーは金髪の少女です。ジャンヌに面立ちが似ていますね。

まずこれからするべきことは、蟲蔵より間桐桜の救出。キャスターの力が必要不可欠になります。協力してくれますね?」

「畏まりました」

「決行は明日。本日は私の支度もありますので、ここで失礼致します。明日の10時にこちらに伺います。何かご不明な点は?」



龍之介もキャスターも黙ったのを確認してセリアはジャンヌと共に薄暗い工房を抜けた。何かを考え込むように押し黙るジャンヌ。…きっと、キャスターのことでしょう。
掛けて良い言葉も見つからずに、セリアはただジャンヌの中で整理が早くつく事を願った。