ケイネスさんから直に槍の呪解を受けてから、若干ランサーの優勢にあったが遂にセイバーの親指に決定打を打ちつけたことで戦局は完全にランサーの立場が優位になり、隣で満足気にケイネスさんが笑う。セイバーの鎧の解除を総計であったとランサーが得意気に告げ、そこで初めて呪いの黄槍と謡われたその槍の意味を知る。つまり、ランサーがフィオナ騎士団の一番槍と悟ったという現われだ。


「覚悟しろセイバー。次こそは獲る」

「それは私に獲られなかった時の話だぞ。ランサー」


今にも破裂しそうな張り詰めた闘気が満ち、互いの双眸を食い入るように見つめあう二人。ランサーの背中を眺めこれからの戦局の思考に暮れていたら、一ヶ所。たった一ヶ所だが治癒の行き届いていない傷が目に入る。


「ケイネスさん、ランサーの元に行って来ます」

「…どういうつもりだ」

「簡単なことです、彼のサポートに回ろうかと。万が一の時は令呪を削ってジャンヌを呼び出すのでご心配なく」

「そうか。気をつけたまえよ」


一礼をして倉庫の屋根から飛び降りると図ったように闇夜の空に浮かぶ一つの戦車。雷鳴を轟かせながら降下する先は、ランサーとセイバーの間。四人目のサーヴァントのライダーの影。



「(ウェイバーさんも一緒ですね)」

戦車の上で挙動不審になっているその小さな姿に、セリアはクスリと微笑を携える。――誰もが、言葉無くその姿を見据えた。緊張の面持ちのままセイバーとランサーはその戦車への警戒を怠らず、その騒動に紛れてセリアもランサーと近くへと到着。巨漢が大きく息を吸う。


「双方、武器を収めよ。王の御前である!」

高らかに雄々しく征服王は吠え立てる。その鋭い眼光が一瞬セリアの双眸を捉えて、微かに光を緩めた。ひとまず両名の気勢を削いだところで、ライダーは再び声を張り上げる。


「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した」

「(堂々としていて、真っ直ぐな方ですね)」

居合わせる者誰もが呆気に取られた。まさか攻略の要となる真名をこうも簡単に宣言したからだ。ウェイバーさんは未来で視た通り、驚愕に目を見開いて怒りに体を震わせている。



「何を――考えてやがりますかこの馬ッ鹿はあああ!!」


騒ぎ立てるウェイバーさんをデコピンで沈めたライダーさんは、サーヴァント達に問いを投げる。聖杯を譲らないか、という無謀な交渉。盟友の誘いに乗じるものは誰一人とおらず、目に見えた決裂の仕舞いには"ものは試し"と笑うのだからウェイバーさんは怒り狂った。


ここで、本来ならケイネスさんがウェイバーさんに宣戦布告をする。だけどあの震える矮躯な体を見たときはどうしようもなく胸を痛めた。彼の人一倍のプライドが傷つけられたあの瞬間をもう見たくは無い。…ここからは私が未来を変えなければいけない。



「とても素敵なサーヴァントに恵まれましたね、ウェイバーさん」

「っセリア・オルディア!」

「セリア、何故ここに」

「すみませんランサー。貴方の傷の治癒をしようかと。…というのは言い訳で、やはり隠れ潜むのは私に合いませんから」


「おう坊主、あの小娘は貴様の友人か?」

「………違う。あの人は、ボクがいた時計塔でも最も血統の深い…、鬼才の魔術師だ」



よく耳にした。本人にあったのはこれで二回目だけど噂なら腐るほど聞いた。彼女の魔術は魔術教会や聖堂教会も一目置く程の強力なものだと。その恵まれた魔術回路を駆使し、どんな難題でもいとも簡単に遂げてしまうと。神童だと謡われたあのセリア・オルディアがこの聖杯戦争に参加すると分かったときはただ絶望の一言に尽きた。



「此度にはルーラーのマスターとして参じました。どうぞお見知りおきを」

「ルーラー…?そんなクラス聞いたことも無いぞ」

「本来は私のサーヴァントは聖杯戦争を正しく運営する統治者、つまりルーラーに据えられたサーヴァントです。今は工房に置いてきてしまいましたが。

平たく言えば、第八のサーヴァントです」

「ほう。して小娘、貴様は何故この場に降り立った?」

「貴方の堂々とした姿勢に感服させられたからですよ。隠れて見守るだけなんて、私の思想には反しますから」


ライダーは一瞬驚いたように目を見開くと、切り替わって今度は豪笑した。唖然と立ち尽くすセイバーとそのマスターに目を向けると一度頭を下げてランサーへ向き直る。


「ランサー。これよりこの場を撤退します」

「っ!どういう事ですか」

「これより此処に残っても得るものはありません。一番の天敵には傷を負わせましたし、今以上に良い結果は臨みません」

「ですが」

「いいですよね?」


ケイネスさんの居る方向へ向き尋ねると、否定の言葉は無かった。無言の肯定というものでしょう。納得のいかないランサーをどう従えるか思考していると、セイバーが渋るように口を開いた。


「貴女の話は、辻褄が合わない。これよりどう進むかなんて貴女分かるはずがないでしょう」

「分かるんですよ」


柔らかい微笑みを返して、セリアはそうはっきりと告げた。セイバーの眉間に皺が寄る。



「新たに作戦を立て直しましょう、ランサー。今は私達の出る幕ではありません」

「セリア、」

「行きますよ」


これから進めばアーチャーに伴いバーサーカーまで出てきて一気に戦場は荒んでいく。ケイネスさんの令呪を一つ削ぐのは大きな痛手になる上に得の無い戦いになるのは分かっていた。だから今は引くのが一番正しい決定であるはず。



「それでは、大変失礼しました」

深々と辞儀をしてその場からランサーと共に去ったセリア。そこに居合わせたアーチャーの口元が三日月型に歪むのを、セリアも愚か誰一人と知る者は居ない。

――未来は既に変わり始めている。