「ケイネスさん」

「なんだ、君か」


「ケイネスさん。くれぐれもランサーの戦いには介入しないでください」

「…この私に意見をするのか?」

「ですが、ここで彼の誇りを折るようなことがあればケイネスさんとの良い関係は崩れざるを得ません。
ならばここは傍観を決め込んでみてはいかがでしょうか?そうすれば彼も生き生きとした良い戦いが出来るでしょう」

「………」


無言の肯定、というやつでしょうね。くすりと笑って御礼を呟くと、ケイネスはふいと顔を背けた。やはりいくら最後自害を命じさせても、きっとあの直後には後悔の念があったはずだと私は疑わない。ケイネスさんはそこまで悪い人ではないとどこか核心めいた想いがある。ここで彼がセイバーと共に闘ったとしても、バーサーカーを討ち取ることは出来ない。けれど彼からケイネスさんに向けられるものも少しは違うものになるはず。悲しい思いを背負った彼には、どうか現世でだけでも騎士道というものを貫いて欲しい。



「よくぞ来た」

ランサーのよく通る真っ直ぐな声音がとどろく。どうやらセイバーが現れたらしく、下方を見やれば美しい金糸と銀色が垣間見えた。紛うことなくアルトリア・ペンドラゴンとその付き人のアイリスフィールに他ならない。


「今日一日、この街を練り歩いて過ごしたものの、どいつもこいつも穴熊を決め込む腰抜けばかり。……俺の誘いに応じた猛者は、お前だけだ。

その清澄な闘気……セイバーとお見受けしたが、如何に?」

「その通り。そういうお前はランサーに相違ないな?」

「いかにも。――フン、これから死合おうという相手と、尋常に名乗りを交じわすこともままならぬものとは。興の乗らぬ縛りがあったものだ」

「是非もあるまい。もとより我ら自身の栄誉を競う戦いではない。お前とて、この時代の主のためにその槍を捧げたのであろう?」


淡々と紡いでは返されていく言葉を耳を澄まして聞き入る。きっとこの二人にはなにか通ずるものがあるのでは、と思っていたがいざ本当にこの耳で、双眸で見るに似たもの同士に見えてしまうから実に悦楽である。似ているようで似ていない、そんな二人の芯のあるようで無い会話はアイリスフィールの訝しげな言葉によって制された。魅了の黒子を指摘されて苦笑を返すしかないランサーに同情めいた気持ちが生まれる。――まるで神聖な儀式。互いに好敵手に巡り合えた幸せと幸運を口に、戦いの杯は投げられた。


「それでは――いざ」


「セイバー…」


槍を構えるランサーに不安を隠しきれないアイリスフィール。非も無い、彼女は今始めて戦場というものを目にし、そして自らもその身を置いたのだから。きっと送り出したくないだろう、命を賭けた戦いになんて。けれどそんな気持ちを押し殺してアイリスフィール、銀色の美女はその背中に言葉を送る。



「……気をつけて。私でも治療呪文ぐらいのサポートは出来るけど、でも、それ以上は……」


非力だ。そう嘆くように、蔑むように続けようとした美女にセイバーは遮るように頷いた。



「ランサーはお任せを。ただ、相手のマスターが姿を見せないのは気がかりです」

「(やはり、そうですね)」


けれどこの戦いにおいて姿を晒すのは自身を飢えた獣の群れに丸裸で投じるのと等しい。それを分かっているからこそ、セイバーはその群れがいつ飛び掛るかが不安で仕方が無いのだ。忠告と共に、自らの背中を美女に預けてセイバーは勝利を誓う。そして金糸の少女は進み出る。今目の前に居る、強敵の元へ。


そして、爆ぜる。



交じわした一振がぶつかり、嘶き、返す。これが選ばれし英雄の、サーヴァントシステムで動く聖杯戦争の腹の内。人間の能力を遥か高みにまで達した武人の全力の戦いに他ならない。不可視の剣を巧みに扱うセイバーと、両手に取った二本の槍を操るランサー。一進一退なんてレベルでは到底及ばない、たかがカンマの間に守り攻めることを休まることなく繰り返す本物の騎士のぶつかり合いだ。



「ランサー、とても良い顔をしていますね」

「…私には関係ない」

「そうですか?きっと今、この瞬間にも彼はケイネスさんへの感謝の想いを溢れ返させていると思いますよ。
自分をこの舞台に上がらせてくれた、たった一人の君主に」


ケイネスさんが召喚したから彼はいまこうして生前でも会うことのできなかった好敵手と全力でぶつかることが出来る。だからこそ彼はそんなケイネスに返しきれない恩を返したいのだろう。今はまだ結び目が沢山あるような脆いものだけれど、ケイネスとディルムッドの間には確かに何かの糸が存在している。不幸か、信頼か、未だ色は見えないが。


「どうしたセイバー。攻めが甘いぞ」

「……ッ」


ランサーの揶揄に返す言葉も見当たらないセイバー。けれど焦燥が駆けるのは彼女だけではなくランサーかて同じこと。セイバーに果敢に攻め入り優位に立つように見えるが、その不可視の剣のリーチに入らぬようにと振り払うことに手一杯。…まさに、強敵。こんなにもこの言葉が当てはまる人物もそう存在はしないだろう。二人の思想に改めて相手への称賛が湧いたところで、セリアは施した結界に歪みが生じたことに気が付いた。それはデリッククレーンへと張った、微量な結界。しかし確かにそれは今揺れた、すなわち何者かがその場に足を踏み入れたということ。誰かだ何て分かりきったことだ。未来を見たことを置いても、いまこの研ぎ澄まされた五感にも掛かることなくあの場に辿りつけるのは【気配遮断スキル】を持つ英霊、アサシンのみだ。――集いつつある、今この場所に。冬木に呼び寄せられた英霊が。