「じょ、女性とは恐ろしいですね…」

「あ、ああ…」


荒い息を吐き出して、壁にへたり込む。最初は魅了を抑える為に絆創膏を貼っていたが、途中でうっかり剥がれてしまったものだから大変だ。この街を謳歌する余裕なんて与えない程に積極的な女性に取り囲まれる事の繰り返し。走り回って撒いての連続で体力はもう底も底だ。肩で息を吸いながらがくりと頭を垂れていると、ディルムッドが背中を摩った。


「…申し訳ありません、俺が不甲斐無いばかりに」

「ふふ。大丈夫ですよ」

「貴女に無理をさせてしまった。心苦しい限りだ」


「いいんですよ、この程度で疲れてしまう私の体力に問題があるんです」


やっぱり筋肉を付けないといけませんね。と細い腕をぺたぺた触って眉を下げたセリア。確かにそうかもな、と言えればどんなに楽であろうか。白くて華奢な体は痩せているというよりいっそ折れてしまうのではないかと不安になるほどか細く、筋肉や無駄な贅肉(必要な肉も)らしきものは一切見当たらない。そのうち栄養失調で倒れるのではないか、とどこか親のような気持ちで隣に座り込む少女を見る。ふと目が合うとやんわりと優しい笑顔を向けられた。…どくりと心臓が跳ねる。



「貴女は何故そんなに笑顔を浮かべるのです」

「笑顔は人を不快にはさせませんから」


そうでしょう?とまた笑顔を浮かべるものだから言葉に詰まる。穏やかな平和に浸かるようなこの雰囲気は嫌いではない。寧ろ肌に馴染むというか、心苦しくはなく満たされる幸福感に困るほどだ。突然現れて俺の周りを飲み込みながら人の救済を願うこの少女。――彼女なら本当に、聖杯戦争さえも終わらせてしまいそうだ。在り得ないことだというのに何故かこの少女ならやってのける気がしてならない。


「(…もし、もし俺が聖杯を取った時は)」


願いを持ち合わせない俺の繕うような願いより、俺を救ってくれたセリア様の願いを叶えたい。我が身を助けられた恩は必ず返そう。それまではこの腕で、セリア様をお守りしよう。完全に緩みきった空気の中に、確かな緊張の糸が走った。



「…サーヴァントの気配です」

「分かりました。ひとまず人の居ない場所へ誘導しましょう」

「相解った。少し失礼する」


腰と膝裏に腕を回し、その体を持ち上げる。期待を裏切らない軽い体重はなんとも軽々しく持ち上がり、ディルムッドの腕に収まった。見下ろす赤々しい双眸は決意の色が灯り先ほどまでの儚さなど感じさせないほどに艶やかで美しい。そのまま持ち前の敏捷さを発揮しつつ、腕の中の少女に負担をかけないようにあらかじめケイネスと決めていた人気のない倉庫街へと駆けて行く。敵は余裕で着いてきている様子。



「クラスはきっとアーチャーかセイバーですね。隠すこと無い清澄な闘気が好ましいです」

「……そうですね。望んでも無い好敵手だ」


最後のラストスパートを賭けるように一気に走りぬく。コンテナに囲まれたそこは人気は全く無く、思う存分勝負に集中することが出来そうだ。先ずは最初の戦闘に勝ちあがらなければと胸を躍らす中、セリアは内心穏やかではなかった。


「(ここで、ケイネスさんが令呪を使えばディルムッドに泥が付いてしまう)」


あくまで正々堂々とした騎士道を貫いて欲しいと願う身からして良い成り行きとは思えない。戦闘が始まる前にあらかじめケイネスさんの傍に居なくてはと倉庫の一角に目を見やる。ついに、始まるのだ。私の、聖杯戦争が。