「早速だが、今日ランサーにはこの街を練り歩き他のサーヴァントを呼び出すよう動く。
君はどうするセリア君」

「敵が来た時にすぐ対応出来るよう、私もランサーと共に参りましょう。ジャンヌにはケイネス先生達と共に居て頂きます。いいですね?」

「もちろん」

「この場において君と私は講師と生徒の関係ではない。そのような堅苦しい呼び方ではこの先付き合うのが疲れるではないか、セリア君」

「そうよ。私も肩が凝るわ」

「ではケイネスさんとソラウさんとお呼びしても?」

「好きにするがいい」

「ええ。構わないわ」


ネックレスを受け取ってから、どこかソラウのセリアに対する風当たりが良く好感を持った様子。ディルムッドから離れたかと思ったら今度はセリアとは。同性だからここは寛大に許すべきであろうか。ケイネスは眉を顰めて一人思案に暮れていた。しかしソラウの魅了が溶けて以来ランサー陣営が穏やかになったのは明白。取りあえず最悪なパターンの回避には近づいた、とセリアは心内穏やかな気持ちだった。


「それでは参りましょうか、ランサー」

「はい。外出中のセリア様の身の安全はこのディルムッドめにお任せ下さい、ケイネス」


「……任せたぞ、ディルムッド」



ケイネスがそっぽを向いて、けれど確かにそう言った。ディルムッドとソラウが目を見開いた後に、前者が嬉しそうに目に膜を張って頭を垂れた。やはりここの陣営がギクシャクしていたのはソラウさんに掛かった魅了が原因だったようですね。これから少しずつでも良い方へ向いてくれたらいい、なんて考えていたらディルムッドが立ち上がり左腕をこちらに差し出した。


「エスコートさせて頂きます、セリア様」

「ありがとうございます」


その手に自らの手を絡めてケイネスの部屋を出た。するとディルムッドは気配を隠すどころかまるで自らの位置を知らしめるように魔力を放出する。先ほど言っていた呼び出す、とは真っ向勝負で向こうから出向くのを待つ心意気らしい。実に誠実な彼らしいやり方だ、とセリアは微笑した。


「さて、どちらに行きましょうか?」

「セリア様の御要望は」

「私はどこでも構いませんよ。ああ、でも美味しいものが食べたいですね」


どこか日本の景色というものも拝見したいです。そう付け足すと、ランサーは面を喰らったような顔をして、『了解しました』と笑った。

「先ずは景色を見て回れば自然と空腹になります。そうしたら良い店を探して入りましょう。…とは言っても、この辺の景色と言っても公園の緑か町並みしか見られないと思いますが」

「少し違った花々や草でも建物でも充分目を楽しませてくれますよ」

「それは良かった」


改めてアパートから下り、歩道に出た二人はそのまま公園を目指して闊歩する。その間も相性が良いのか波並が合うのか、車内の時のようになんでもないような話に花を咲かした。居心地が良い、と言うのか。ジャンヌと居る時のように安らげる、なんて思いながら目的地の公園に着いた。


「ここは…」

「どうしましたか?」

「いえ、先日ここで知人に会いまして」

「それは珍しいこともありましたね」


そう。ここは先日ウェイバー・ベルベットに会った公園。緑の多いこの公園には相も変わらず子供で賑わっている。実に微笑ましい光景が広がっていた。砂場にはバケツとスコップを持って山を作る子供、滑り台に列を作り、シーソーには今か今かと順番を待つ子供にブランコではしゃぐ姿。その一つ一つにセリアはどこか羨ましさを感じながら、ランサーとベンチに腰掛けた。


「羨ましいです」

「どうしました?」

「ああして目一杯手足を動かして遊べる事はとても恵まれている事に、きっと気がついていないのでしょうね」


少し妬けます。と目を伏せたセリアにディルムッドが再び問うた。少し憂いを帯びた寂しそうな表情に、疑問の念がぐるぐると渦巻く。少し間を置いて、何でもありませんと苦笑を浮かべた。そして再びディルムッドから子供達へと視線が戻されても尚、セリアから目が離せないで居た。自分の心を軽くしてもらえた分、この少女が何かを抱えているのなら自分もその蟠(わだかま)りを軽くしてやりたいと思う。そんな心がディルムッドの中に生まれた頃、一人の女の子が二人の前に現れた。


「どうしたの、お譲ちゃん」

「ねえねえ!おねえさんとおにいさんって、でえとしてるの?」


こてん、と首を愛らしく傾げたその子の突拍子の無い質問に二人が咽る。そんな概念は全く無い、が確かに傍から見たらそう映るのだろうと考え直す。セリアは小さくかぶりを振ってやんわりと微笑んだ。


「おねえさんとおにいさんはね、お散歩をしているのよ」

「そうなんだ!おねえさんもおにいさんもキレイだからね!お似合いなのよ!!」

「ありがとう。お譲ちゃんもきっと将来美人さんになるわね」


キラキラした瞳にそう返すと、当人は喜んでどこかに行ってしまった。最近の子供は興味の範囲が広いですね、とディルムッドに笑いかけたセリアに全くだと答えを返す。この時代の子供は随分と与えられる知識の量が豊富らしい。


「それじゃあそろそろ別の場所に移りましょうか」

「はい、お手をどうぞ」

「ありがとうございます、ディルムッド」

「次は街の散策に参りましょう。セリア様」


「セリア。セリアで構いません、私だけ貴方を敬称を付けずに呼ぶなんて公平ではないでしょう?」


――やはり変わった御方だ。そう内心呟いてディルムッドは笑みを浮かべた。やっぱり綺麗に笑う方ですね、と喉まで出かけた言葉を呑みこんでセリアもやんわりとした笑みを返す。


「それでは改めて参りましょう、セリア」



セリアの白い腕に微かに力が込められて、どことなく和やかな気持ちになったディルムッド。優しい木漏れ日の射す道を今度は目的を持たず歩き始めた。