まずはこの町に馴染む為にも服の調達から入った二人は冬木の商店街を歩いていた。店舗は煌びやかな内装で多少疲れはするものの目を楽しませてくれる。雰囲気に合ったクラシカルな音楽は随分と心を癒してくれる。そうして目当ての服の他にもいくつかネグリジェやシャツなどの慣用着を買うと、セリアは小さな店に目を奪われた。


「……クレープ…、ですか」

「どうしたの?」

「いえ。少し気になって」


気にしないで下さいと歩みを進めようとするセリアを引き止めて、ジャンヌはその店まで歩いていくと一つ何かを注文した。2分ほど経つと出来たての良い香りを漂わせてジャンヌはそれを友へ差し出す。鮮やかなピンク色がなんとも可愛らしい見た目だ。


「いいんですか?」

「って言ってもセリアのお金になるんだけど…」

「…お気持ちが嬉しいんです」


ふるふると首を振ると照れくさそうに、そしてそれを隠すようにクレープを口に詰め込む。甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。柔らかい生地も食欲を引き立てるような匂いで、セリアは夢中でそれを平らげた。こんなに美味しいお菓子は初めてかもしれないと目を爛々と輝かせる友にジャンヌは実に満たされる想いを感じた。



「次はどこに?」

「ええと、次は明日の料理の材料の調達です」

「それじゃああそこのデパートに入っては?」

「そうですね。行きましょうか」


和やかな雰囲気のまま足を踏み出すと、何かのつっかえに躓き足が痛々しくグキリと音を立てる。思わず崩れそうになったセリアを咄嗟にジャンヌが支えると『すみません』と弱弱しい御礼が返ってきた。どうやら軽く捻っただけらしい。数時間もすれば痛みは引く筈だが、流石に今すぐに買い物をするのは無理であることは明白。すぐ近くのベンチまで運ぶと、ジャンヌはすっと立ち上がりセリアに提案した。


「まだ聖杯戦争は始まる前。それに今なら昼ですし襲い掛かるサーヴァントもマスターも居ないでしょう。
少々不安はあるけど急いで私が行ってきます」

「そんな、調達なら明日でも…」

「明日はなるべく作戦を練ることに時間を費やしたいの」

「そうですか…。それならお願いしてしまいましょうか」


小さなポシェットからメモ帳とペンを取り出すと必要な食材を書き込んでいく。そして一枚カードを取り出してメモと一緒にジャンヌに手渡した。



「どうかお気をつけて」

「ふふ。買い物一つで大げさね」


行ってきますと笑いかけるとジャンヌは小走りでデパートへと向かった。生憎も今日は休日だ。相当な混雑があるはずなので戻るまでには些か暇を持て余すことだろう。ただぼんやり空を眺めるには長い時間なので、近場を適当に探索しようと立ち上がった。どうせなら先ほどのクレープをもう一度食べようか、と来た道を引き返したら不意に肩を叩かれてピクリと跳ねた。


「…オマエ、これ落としたぞ」



そういって少年が差し出したのは紛れも無く自身の持ち物のシルクのハンカチだ。なんと面白い、まるでドラマのような出会いですね。なんて心の中でクスリと笑うと小柄なその人に向き直りにっこりと綺麗に笑って見せた。


「ありがとうございます。お優しい方なのですね」

「べっ、別にボクは優しくなんか…!」

「いいえ。その御心を大切になさってください」


改めて顔を良く見ると随分と整った可愛らしい顔をしている。気恥ずかしいのか自分と一切目を合わせてくれないその少年はどこか見覚えのあるような気がして『はて?』とクエスチョンマークを浮かべる。――そして目線は、彼の右手を捉えた。


「(令呪…)」

「…ボクはそれだけだから、じゃあ」


な。と言葉を話す前に思わず目が見開かれた。その深い翡翠色を讃えた目が信じられないといったように困惑の色に染まる。そこで初めてセリアも気が付いた。彼は間違いなく同じ環境で魔術を習っていた内の一人、


「オルディア・セリア!?」

「ウェイバー・ベルベッドさん?」


ああ、と記憶と目の前の人物が一致した。方やあまりの鬼才に時計塔では危険視されていた端麗の少女、方や落ち零れのレッテルを貼られて馬鹿にされていた少年。正反対のようで似通った二人の思いがけない出会いであった。



「その右手、」


先に口を開いたのはセリアだった。ウェイバー・ベルベッドの右手でその存在を主張する赤い刻印は見紛うことなく令呪。サーヴァントを三度だけ必ず従えることのできる絶対命令権、いわばマスターの証だ。はっと我に返ったウェイバーは眉間の皺を濃くすると不機嫌そうに答えた。


「オマエには関係ないだろ」

「はい。――と言いたいところなんですが、残念ながら痛い程関係あるのです」


眉を下げて掲げた自身の右手には残り一つの青い令呪が静かに居座っていた。視たことも聞いたこともないその令呪の異色にウェイバーは訝しげな眼差しを送る。当然と言えば当然なんだろう。



「オマエ、それは令呪なのか?」

「ええ。ですが安心してください、私に貴方を襲うつもりは毛頭ありません」


サーヴァントの魔力を感じないところからウェイバーは未だ召喚の儀式を済ませていないのだろう。言わばまだ選別段階。一世一代の大道芸への切符を手にしただけなのだ。どこか安心したように緩んだウェイバーの表情は、一瞬で引き締められる。

「どうせボクなんか放っておいても死ぬと思ってるんだろ、オマエ」

「どうしてですか?」

「なっ…、どうしてって、そういう連中だからだよ!時計塔にいる奴は!」



自分のプライドを根源より馬鹿にされるのが堪らなく腹立たしくて悔しかったウェイバーは半ばヒステリックに声を荒げた。さすがのセリアもぽかんと一瞬呆気に取られるがすぐさま柔らかく笑って見せた。


「なんだよ!馬鹿にしてるのか!?」

「いいえ、そんなつもりは毛ほどもありません。真っ直ぐな方なのですね、貴方は」

「――っ!?」

「どんなに小さくても必ず蕾は開花します。その花が美しいかどうかなんて、開いて見なければわからないでしょう」


きっと貴方は素敵な花が咲きますよ、と笑いかけてセリアはもう一度御礼を述べるとウェイバーの元を去った。もう少し話し込みたい所だが、遠めに買い物袋を持ってこちらへ来るジャンヌの姿が見えたからだ。取り残されたウェイバーは自分の胸にいま溢れ変える高揚感がどこかむず痒くて、悪態を一つつくと少女の去った方向とは逆の方向へと行脚した。初めて自分を評価してくれた、それも素直な心よりの馬鹿にするでも蔑むのでもなくただ穏やかな賞賛と共に。気が狂うとは正にこのことなのだろうとどこか納得のいかない気持ちでウェイバー・ベルベッドは養鶏所へと向かうのだった。