人間と言う生き物の思考はそれぞれ異なり、誰一人として同じ意思を持つものはいない。故に胸の内に抱える、むず痒くも甘やかな想い。その表現法とてまた同じように違う事は誰もが承知している。
しかし彼女、なまえの彼氏は少々他の男性よりも奥手であり、もう2年目に入ろうという交際期間でも情事は愚か口付けも両手で事足りる回数しか行っていないのだ。…これに不安を感じぬ恋人など何処に居ようか。
まだギリギリの境地で堪えてきたが、なまえだって普通の女。普通に恋愛して普通の恋人のように過ごしたいと強く願っている。しかも最近、彼氏の宜しくない噂を耳にしたものだから不安は募るばかりで今にも爆発しそうな勢いだった。



「ウェイバー」

「ああ、#name1#か。どうしたんだ?」

「日本に行くって本当なの?」

「…どこで聞いたんだそんな話」

「どこだっていいでしょ。事実なの、根も葉もない噂なの?」


そう。今時計塔の一部で噂になっているのは変わり者のウェイバー・ベルベッドが日本に発つという正に悪夢のような話。加えて聖杯戦争などと呼ばれる血で血を洗うような惨事に参加しようとしているだとか、講師のケイネスより聖遺物を奪っただとか。
言葉の意味こそ理解が出来ないものの、ウェイバーが自分の手の遠く届かないような極東の国に行くという可能性を考慮するだけで頭が割れそうな想いをしていた。
なまえの言葉に一瞬ピクリと眉を引きつらせたウェイバーは、何も言わずになまえの髪を指に絡めた。ウェイバーがこの仕草をするときは、何か私に隠しているときだ。いつもは曖昧に濁される疑問も、今回ばかりは明確にしなければこの不安は拭い去れない。


「なまえ、」

「やだよ、私ウェイバーと離れるのなんて絶対に嫌だからね」

「……今回の聖杯戦争に勝てば、連中はボクの才能を認める。血統が浅くても努力でどうとでも覆せる事を証明出来るんだ」

「そんなことの為に命を賭すっていうの!?私はウェイバーの才能を認めてる。それじゃあ駄目なの?不満なの?」


じわりと視界がぼやけていく。こんなにも彼を思っているというのに、どうして伝わらないのかなまえには不安で仕方なかった。もしもウェイバーが死んでしまったら。この同じ青い空の下で呼吸をすることが出来なくなったなら。欠落した大きな存在を補う術はなまえには無い。嗚咽を漏らしながら泣きじゃくるなまえに困惑しながら頭を撫でる手つきは痛いくらいに優しくて今の彼女には残酷だった。いつか、この手の温もりを忘れてしまったらどうすれば良いのか。そっと抱き寄せる女のように細くて頼れる腕を忘れてしまったら何に縋れば良いのか。


「私も連れて行ってよ、ウェイバー…」

「…ごめん。なまえを巻き込みたくない、から」


振られた首に腕を巻きつけて、首筋に顔を埋めて声を上げる。分かっている、彼は一度決めた信念を曲げるような人ではない。だからこそ、そんな姿をなまえ好きになったのだ。ならばもうこれ以上自分が彼に言える事は無い。ずび、と鼻をすすってウェイバーに向き直ると大量の空気を肺に吸い込んだ。



「それなら私は、ウェイバーの帰りを待ってる。いつでも貴方の居場所で居られるように、安心して帰って来れるように待ってるよ」

「…うん、ありがとう」


「だから絶対に帰ってきてね」


死なないで、生き残って。例えどんな姿になって帰って来ようと受け止めるから。静かに重ねられた唇に目を閉じて応じる。名残惜しげに離された短い口付けになまえが泣きそうな微笑を浮かべると、ウェイバーはもう一度だけなまえの唇に自らの唇を押し付けた。




小指を絡めて微笑んで


噂は真実の形と成して、ウェイバーは遠く離れた日本の国へと飛び立った。
それでもきらりと控えめに輝く指輪が薬指で存在を主張する限りは、彼の居場所であろうと微笑った。





企画サイトオデュッセイアの睦言様へ提出。



小指を絡めて微笑んで
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