げっそりとした顔のまま廊下をぶらぶらしていたらすれ違った使用人さんにえらく心配された。どうしました?とか酷いときはザンザス様に御報告しますか?とかね。あんな奴に報告なんてするかっつの、誰のせいかと思ってるんですかって感じなんですが。しかも来てたったの三時間で私はザンザス様に似て不機嫌な方だとかそんなヒソヒソ声を聞くようになった。ちょ、なんでそうなるの!常時不健康そうだとか御気分を害しやすいだとか、待て待てまだ三時間しか居ないじゃない!とか思っても思うだけで何も言わないんだけどね。中庭を気の向くままに歩いていたら、柔らかい白髪が見えた。未来の義父さん候補だ。ここは厄介そうだから引き下がるべき…だよね、ごめんなさい九代目。



「おや、ディレットちゃん」

「あ!きゅきゅきゅ九代目きっ、奇遇ですね!!」

「そんな所に居ないでこっちに来たらどうじゃ?」


優しい皺くちゃな笑顔で手招きされたら断れない。くそ本当にチキンだな私!心に鬼を持て鬼を…!九代目に悪気はないと分かっていても抑えようのないこの怒りはきっと、いや絶対に事の元凶の人物だからだろう。九代目じゃなかったらきっと人殺ししちゃってたよ私。てへぺろ。目を逸らしたくなるような笑顔にチキンな私の口がまるでクチバシのように閉じる。言うか、言うのかこれは!ここで言わないと私の寝室が廊下に…っ!!


「あ、あの九代目!」

「ん?どうしたんだい?」

「その、あのへへ、部屋をですね…」

「そうか。ごめんね、急すぎたんじゃな」


は、と顔を上げると眉を下げて苦笑する九代目がいた。く、くそ、私が悪いわけじゃないのに胸が痛む…!もちろん別の個室も用意してあるからね、なんて付け足す九代目に申し訳なさでいっぱいになった。なんていう力を持つんだ九代目。沈んだ日に暗くなった夜の気温は肌寒い。勢いで出てきたから服は薄着なのだ。九代目はそれに気付くと、私に来ていた上着を掛けてくれた。今はこの優しささえも突き刺さる。痛いです九代目。


「わしも歳を取った」

「え?」

「どうにも気ばかり急いでしまってね。すまなかったねディレットちゃん」

「い、いえ、こちらこそすみません…」

「君は本当にいい子だ」


温かい九代目の手が私の頭を優しい手つきで撫でる。こんなに一緒に居て心というか、雰囲気が癒されるような人は初めてだ。まさに優しさを具現化したような人。もう少しザンザスにも優しさがあれば喜んで婚約者になったけど、やっぱりこの九代目を持ってしても駄目だ。ごめんなさいあの男だけは本当に駄目なんです九代目。例え地球をあげるとか言われても駄目なんです相性最悪なんです。


「ディレットちゃんはザンザスのことをどう思うかい?正直な気持ちを教えて欲しいんじゃよ」

「……も、もう少し暴力を減らして眉間の皺を伸ばして物に当たるのをやめて言葉をマイルドにしてくれたら好きです」

「それは難しいね」

朗らかに笑う九代目にツッコミを入れたくて仕方ない。難しいじゃなくて確実に無理なんですよ九代目!落ち着いてにこやかなザンザスなんて存在したら次の日に天変地異が起こり兼ねない。人類滅亡の危機ですって。


「でも、いつかあんなザンザスを好きになってくれたら嬉しいよ」

「…検討します」


確かにあれじゃあ貰い手が可哀想すぎる。お金と顔と地位が目当てであれば暴力沙汰は我慢するだろう、人間の欲は末恐ろしいのだ。だけどそこに愛はない。互いに必要とし合えない夫婦なんて悲しい以外の何物でもない、そう分かっているから九代目はきっと誰よりもザンザスの幸せを願っているだろう。私にその役は重荷すぎるしまず無理だ。顔もお金もどうでもいいけれどあの暴力だけは戴けない、どうしてもだ。

「女の子が体を冷やすのは良くないからね。すぐに別室を空けてあげよう」

「っあの!」

「なんだい?」


「…………部屋、変えなくていいです…」


言った、言ったぞ私。出した言葉は引っ込めない。しかし顔を出す後悔は九代目の嬉しそうな顔に掻き消された。…のも一瞬、やっぱり後悔。勢いなんだよ、勢いで生きちゃう子なの!だって九代目メチャクチャ優しくしてくれたのにお宅の息子さん嫌ですだなんて失礼極まりないじゃない!仕方ないじゃんジャッポーネは小心者の国なの!!無理しなくていいんだよ、とか言葉をくれる九代目の誘惑にも負けず私はあの場で過ごすことを決意した。いいんだよ、やれば出来る子なんだから。もし怪我したらそれを正当な理由に出来るしね!あ、骨になったら拾ってください。九代目に笑顔で別れて来た道を引き返していく。こんなにも足が重く感じるのはザンザスに出逢ってからだ。早歩きで大きなドアの前に立つと心臓がばっくんばっくん跳ねる。今切実にどんなことにも物怖じしない心が欲しい。



「ザ、ザンザス居る?」

へんじがない、ただのしかばねのようだ。これはもしかしての寝オチしてくれるパターンでは…!嬉々としてドアを開けると、深紅の目と私の平凡的な黒い目がバッチリと合った。ディレットは五万のダメージを食らった。


「何か用か」

「ベッドは」

「あ?」

「私のベッドはどこよ!」

「知るか、テメェは廊下で寝るんだろ」

「九代目が悲しむつってんの!無いならソファで寝るからいい」


ごろんと上質のソファに寝転がり、ふてぶてしく寝返りを打つ。いいさこのソファだって快適なのよ。ふわふわしてるしね!


「へっぷしょい!!…ズズッ」


しかし寒い。掛け布団のない夜はこんなにも冷えるのか。九代目の上着は皺になったら悪いから敢えて脱いだから薄着。なるべく体を縮めて熱を温存しようとするけど、そもそも部屋の気温が高くないから意味が無い。冷え性に拍車が掛かる。もぞもぞと奇妙な動きで体温を上げる作戦を決行していたら、急に体が浮遊した。現在位置、ザンザスの肩の上。


「な、にすんの!」

「うるせえ。てめーが風邪引いたらジジイがうぜえだけだ」

この世のどこに乙女を俵担ぎする紳士がいらっしゃるんですか。抵抗するにも体が冷え切ってガチガチで言うことを利かない。屈辱だ。そのままベッドに放られた私はなんとも間抜けな声と共に着地した。


「ぎゃひっ!」

「さっさと寝ろカス」

「カスって誰のこと!?私はディレットなんですけど!!」

「…黙れドカス」


段々扱いの低下と共に眉間の皺が増えていくから、仕方なく口をつぐむ。それにしても何このベッドあったかい。仁王立ちで私を見下ろして無言の威圧を掛けるザンザスを視界に入れないように目を閉じると睡魔が襲ってきた。お風呂は明日の朝に入ることにしよう。




 
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