ついに来てしまったよあああもう嫌だ死にたくない私はまだ死にたくないですううう!いつまで経っても歩こうとしない私に痺れを切らした父さんが背中を押し、中へ中へ上へ上へと連行される。目まぐるしく移り変わる景色を目に焼き付けながら、だんだんと近づいてくる死刑執行の時間に抵抗をする。あんまりにも暴れるから父さんが手を縛りやがった。ちょ、これ実の娘にする行為ですか!?


「父さん私は独身で居たいのおおお!!」

「何を言う。こんなに良い相手と結婚できるんだぞ、光栄に思えバカ娘」

「どこら辺が有り難いのよ!あんな暴力男いやだーー!!」


父さんは完全に洗脳済みらしい。最上階の床に足を乗せた瞬間の顔といったらもう腹の立つものだった。どうやら本当にイタリアに行くらしく、最上階には忙しそうにトランクを運ぶ使用人さんの姿が目立つ。慌てて辺りを見回したけれどもどうやら九代目とザンザスくんは居ないらしい。どうせならもう居てくれた方がよかった。これからいつ来るか分からない恐怖に耐えるだなんて、拷問だ。…はっ、まさか耐久訓練だったりするのかこれは…!なわけないけどさ。私と父に気が付いた使用人さんの一人が駆け寄ってきてこちらですと外のジェット機の前に誘導された。ひゅううと肌寒い風が吹いたけど今の私にパーカーのチャックを閉めることは出来ない。お願いだから離して欲しい。やたらにこにこして上機嫌の父さんにぴくりと頬が引きつった。人が絶望のどん底にいるってのにこの親は!


「遅れてごめんね、ザンザスが中々言うことを聞かなくてね」

「はは、うちの子も中々聞かなくて」

「相当婚約を喜んでたらしくて寝てないらしいんじゃよ。昨夜も家から抜け出そうとして、プレゼントでも買いたかったんだろうね」

「奇遇ですな。うちの娘もここ最近ずっと屋敷を抜け出そうとするんですよ、ザンザス君に会いにいくつもりだったのかもしれませんね」


こんの親共は一体何を考えてるんだどう考えたって喜んでる雰囲気じゃないじゃん!察してよ!ちらりとザンザスくんを見たら、それはもう鬼のような形相でイライラを隠し切れずに足を動かしている。あああほら余計なことばっか言うからさああ!!私の寿命を縮めないでください本当にお願いします恨みでもあるんですか。どうやら婚約解消の可能性はもう無に帰したらしい。なんで息統合しちゃってるの父さんと九代目。ぼうっと最後に見る日本の大空は曇っていて青さの欠片も見せない。最後くらい晴れてよ。上を向いたまま微動だにしない私の様子は魂此処に在らずなんて言葉がふさわしい。いっそ本当に此処になければいいのに。どこまでも放置されていることをいいことに現実逃避を繰り広げていたら、そろそろ行こうか。なんて九代目が言ったので一瞬で現実に引き戻される。

「いや、ちょっと早いですよ!」

「積もる話もあるだろうからね。ザンザスとディレットちゃんと私達の部屋は離してあるから安心するんじゃよ」

「はあ!?ふざけんなクソジジイ!」

「きゅ、九代目聞いてないですそんなこと!」


華麗なスルースキルを発動した九代目に硬直した私。え、待て待て待て待て。こんな怒り不機嫌マックス状態なこいつを一緒の牢屋にいれようと言うのか。残酷すぎる。そんなに死なせたいのか私を。ジュース飲んだことを恨んでるのか九代目は。三人の使用人さんがザンザスくんをジェット機に誘導。運の悪いなにもわるくない使用人さんが一人殴られた。ひええええ…!これは死亡フラグびんびんに立ってる。ダメだ私の野生の勘がそう告げている。助かった二人の使用人さんが私の方に来たときに、九代目が私の名前を呼んだ。


「な、なんでしょうか」

「ごめんね。君が嫌がっていることは分かってる、でもザンザスにはきっと君が必要なんじゃ」

「…え?」

「どうか、ザンザスを宜しくね」

「ディレット様。お部屋まで御案内致します」

「九代目それってどういう意味――」


ぐいぐいと腕を引かれてジェット機に乗せられた私。普通の飛行機くらいの広さがある。いくつかの部屋を通り過ぎて、丁度中央辺りに位置する部屋まで誘導され、扉の前で頭を下げた使用人さん。どうやら中に入るまで居なくなるつもりは無いらしい。片方の使用人さんが私の手首を見て解いてくれた、優しい!このひとはきっと脱走を手伝ってくれると思って声を掛けたら御冗談をなんて笑われた。本気なんですけど。…これはもう覚悟を決めるしかないのだろうか。入らないといけない感じですか。びしびしと肌を刺す視線が痛くて、操られるように取っ手に手を掛けた。


「ディレット様、くれぐれもザンザス様の御気分を害されませんように」


もう害してる場合はどうしたらいいんでしょうか使用人さん!くるりと振り返り問いかけようとした瞬間、ドンッという衝撃の後私は部屋の中に入れられた。そしてガチャリという鍵を閉めた音が聞こえてみるみる顔があおざめていく。い、いま背中押され…っ、てか鍵!鍵閉められた!!ゆっくりと探るように部屋を見ると、居た。窓辺に不機嫌オーラを放出しながら舌打ちをするザンザスくんが。ちょ、どうしたらいいのこれ。話しかけなければ、というか近寄らなければ害はないよね?大丈夫だよね?取り敢えず椅子を探そう、広い室内をぐるりと見渡す。本当にジェット機なのかと聞きたくなる広さがあるのに、何故か椅子はザンザスくんが座ってるのを含め二つしかない。陰謀を感じる。空き椅子がザンザスくんの隣のものしかない。ええええ、ちょ、これえええ!?ムムム無理無理ぜったい無理これ確実に殺される!だけど床に座っても危ない、ジェット機が傾いた瞬間に滑り落ちる…!じゃあ座るの、あそこに座って正面に向かい合ったまま数時間、下手したら一日も耐えられるのか私!悶々と半径2m以内をうろうろしてたら、場内アナウンスが流れてどうやら離陸するらしい。え、座るのこれ、無理じゃん絶対に無理!となれば選択肢は一つしかない。柱に捕まって床に座った。



「おい」

「え、あ、あああはい何でしょう!」

「何してんだ、座らねえのか」

「座っていいんでしょうか」

「好きにしろ」


じ、直々に許可を貰ったからいいよね?座っていいってことだよね男に二言はないもんねそうだよね。恐る恐る椅子に向かい、あと少しってところで

「う゛あっ!!」

「!」


ガクン、とジェット機が大きく揺れた。えええ、滑るっ…!ぎゅうっと目を瞑ったら腕が温かいなにかに掴まれた。視線を辿れば眉を顰めて私の方を見る、ザンザスくん。まさか、助けてくれたのか。彼が。


「…チッ。手間かけさせんなカス」

目の前で落ちたら不愉快だ、と付け足して私を乱暴に椅子へ押したザンザスくん。こ、殺さないどころか助ける?頭がついていかなかった。罰が悪そうにもう一度舌打ちをしてどかりと椅子に腰掛けるザンザスくん。


「あ、ありがとう…」


もしかしたら良い人なのかもしれない。結婚は嫌だけど。





 
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