例の私バーサスザンザス事件は九代目の懸命な対処で沈められた。その場に居合わせた計7名の使用人は屋敷が半壊にならずに住んで安心したんだとか。働き口の心配ですか。けれど困ったことに父さんが婚約破棄を認めてくれないので相も変わらずあの日から三日目になる今日も脱走を試みている。ちなみに昨日と一昨日は使用人さんに確保されれた。お気持ちも分かりますがどうかご辛抱を、と他人事だから言えるんでしょうけどこっちは人生かかってるのよ!裏口から逃げて捕まるのなら堂々と表から逃げてやろうじゃないのと踏み出したところでまあ分かってたけど今日もまたつかまった。
「ディレット様、もうお止めになってくださいませ」
「やだよ。諦めたらあんな暴力亭主を持つことになる」
それにあんだけ散々な態度をとった上に仲の悪さを見せ付けたにも関わらず九代目も婚約解消しないだなんてなにを考えているのだろうか。普通に私…じゃなかった、ザンザスくんを解放してあげようとかいう気持ちは持ち合わせてないんですか。ぶっちゃけ私は礼儀作法とか勉学とか逃げたから絶対に良い嫁にはならない。自分で言うのも悲しいけど全く役に立たないだろう。そんな女を時期ボンゴレのボスの奥さんにしようだなんて誰が信じようか、鼻で笑うしかないでしょ。機嫌を損ねたとあわあわする様子もなく至って冷静に父さんに連絡を入れる使用人さん。
「お嬢様が正門から脱走を試みておりましたので、捕獲いたしました」
「私は動物ですか」
「どのような処置を?…はい、はい。かしこまりました、では自室へ?はい、それでは」
無線を切ると自室で礼儀作法を学んでいただくと告げた使用人さん。本格的に育て上げる気だなあの親父。嫌がる私を引っ張り無理やり部屋に押し込んだ使用人さん。最悪なんだけど…!助けてよ!それにあんな男の嫁になるのに礼儀なんてあったって何の役にも立たないじゃない。無常にも閉められたドアはご丁寧に外から鍵をかけられた。こうなったら窓から出てやろう、荷物も取り上げられてないし。
「お嬢様、ボスからきっちり叩き込むように言伝を預かっておりますので、遠慮は致しませんぞ」
「なんで居るの!」
「一人で部屋に入れてもお逃げになられるでしょう」
ああああもおおお最悪なんだけどーー!背筋伸ばせだの足は揃えろだのガミガミうるさい教育係。ちょっと父さんこいつクビにしようよ鬱陶しいったらないよ汗臭いし。三時間に及ぶ指導という名の拷問が漸く終わったころには抜け殻になりそうだった。くそ。では失礼しますと教育係が居なくなっても脱走する体力の残っていない私はベッドまで歩くのが精一杯だった。このままだと父の思惑通りにあんな男と結婚させられる。15歳って絶望を知るにはまだ早くないでしょうか。まだ人生の1/5くらいしか過ぎてないだろうに残りの人生が殴り蹴られ罵られって最悪以外の何物でもないじゃないか。九代目はさぞかしザンザスを甘やかして育てたんでしょうね。一人っ子は我が儘になる傾向があるのにあんなに優しい九代目と御曹司なんて最悪の組み合わせではないだろうか。神様って理不尽だよね。白い天井をぼーっと眺めてたらなんかもう全てがどうでも良くなってきた。きっと結婚初日に殺されたーとかなんとかで私新聞に載るんだろうね。ダイエットしといて写真うつり良くしたほうがいいかしら。考えれば考えるほどネガティブというか悪い方向にばかり進む思考回路が恨めしい。昨日殴られた後頭部は若干こぶになってるし、風邪は引いたし対面早くも初日にしてこのザマだ。きっと回数が増えていくのに比例して傷も増えて過激になってくるんだろうなあ。…やっぱ逃げよう。命が危ない。
「ディレット居るか、…また逃げようとしてるのか」
「なんでこんなにタイミングいいのよバカ親父!」
「親に向かってなんて口利いてんだ!ほら必要な荷物を全て纏めろ」
「え?は、なにいきなり」
「今夜イタリアに発つぞ」
「はあああああ!?」
「九代目とザンザス君が急遽イタリアに戻らなければいけなくなってね。私達も同行することにしたんだ。
ザンザス君の出席日数もあることだしな」
「あの暴君学校なんて通えたんだ。動物園に行けよ」
「無礼にもほどがあるぞ!一体彼のどこが気に入らないというんだ」
全部だよ全部。どうして分からないかな目と耳は飾り物なんですか、娘が紅茶ぶっかけられてんですよお父さん。これは何かの悪い冗談だと思いたいがなんとバタバタと忙しそうに使用人さんが走り回っている姿が見えた。…え、ちょ、マジ?
「九代目のプライベートジェットで向かうから、次は失礼のないようにな」
「お、おおお父さんまってちょっ!」
あのジジイドアにまた鍵掛けやがった…!!窓から逃げたくても使用人総動員で駆け回ってるから逃げられる確立は皆無。これは腹をくくれってことなのか、え?なにが悲しくてザンザスくんの嫁入りしなくちゃならないんだよ。私は百年かけてもイタリアだけは好きになれそうにない。
「…支度するか」
もう逃げられそうにないしね。はは、なんか目から暖かいのが出てくるよ父さん。もしかして心のどこかでは喜んでるのかな。だからこんな手が冷えて震えるんだよねそうなんだね。押入れからトランクを引っ張り出して服やら携帯やら必需品を詰めていく。トランク二つ分しか無い荷物をドアの前にならべて、窓の外の景色をみた。15年間居続けたこの部屋も景色も絶対見納めだ。イタリアが私の墓場になるのだから。ラプンツェルの気持ちが痛いほど分かったけど彼女には私の気持ちは分からないだろう、何せ助けが来てるんだからね王子様の!いや、待てよ。もしかしたら王子様かなんかが私を助けに来てくれる可能性もあるじゃないか。さあ来い。来るなら今しかないぞ。今ならもれなくガムもあげるから早く来て急いでくれ!夕方父さんの迎えが来るまで私はずっと窓の外を眺めてた。やっぱり王子様も救世主も来なかったよ、ははは。
「ボンゴレのお屋敷は初めてだろう」
「出来れば一生見たくなかった」
「そんなに嬉しいか。うんうん父さんも嬉しいよ」
「は?ちょっとその耳大丈夫?ねえ!」
「おまえには勿体無い旦那だなー良かったよ貰い手が居ないかと思ってた」
「居ない予定だから安心して。独身貫くから解消してよ父さん」
「式はイタリアで挙げるぞー」
くそ今の親父には話は一切通用しない。ちょっと娘には幸せになってもらいたいとかそういう気持ちはないわけ!?母親が居なくて苦労させたから、その分…とかさ!娘を使って幸せになろうとするなんてなんという不届きものだ。今に天罰が下るぞ。おっかないんだぞ。だんだん景色が地元から離れて知らない場所になっていくのが妙に悲しかった。どうしてこんな目に遭ってるの、私。屋上にジェット機が停まっているばかでかい豪邸の前に着いたとき私は死を覚悟した。さよなら日本、大好きだよ我が母国。