かみさま、きいて | ナノ

エピローグ

 



誰しも忘れられない記憶の一つや二つ、持ち合わせていることだろう。

私にも確かに存在する。咲という少女はあの時のまま色褪せることなく記憶の一部として存在していた。


必ず会う、そう誓って早くも10年と暫くの時が流れるのだから滑稽だ。
こうしてその道の一本を見つけ出すことができたのだから、まあ結果としては良いのだが。

今しがた目にしていた本を閉じて描きあがった魔法陣に目を向ける。



冬木の聖杯戦争を終結させてからも殆ど変わらずゆったりと流れる時間。
久しぶりに感じる緊張感を鎮めながら大きく深呼吸をひとつ。これがもし失敗したら、またふりだしに戻る。そう考えると足が中々言う事を聞かないのだから困ったものだ。


だけど泣こうが笑おうが結果は変わらない。



「……よし」


足をその中心へと運べば、猛烈な旋風が巻き起こる。淡い青に光る魔法陣は、いつだかイスカンダルを召喚したときに重なって目頭が熱くなった。


――今、遠い昔の約束を果たそう。

君が私を忘れない限り、この道が通ずるとしんじて。






「今日でこの家ともおさらばかぁ」


あれから15年、時間が経つのは随分と早い。まだ未成年だった私も、立派に成人したしなんだかんだ会社にも就職できて充実してる。

ただ、足りないとすればそれは一人の男のせいだろう。

だが生憎あたしは純粋なヒロイン体質ではないようで最初は気が狂いそうなくらい悲しみに暮れたのに、今はもう泣くこともないし夢にでることもない。
なんとなく心の一部が空いたような、そんな感覚だけだ。


まあ率直に言えば、あれです。気持ちは前ほどありません。

あくまで前ほどだから好きではあるんだけどね。おかげで今まで彼氏できなかったし。好きな人も出来なかったし。



「どう責任取ってくれよう…」




いつか時間が経てば消えると思ったのに、消えてくれない。
声も忘れてしまったけれど何故だかあの優しい体温と匂いは覚えている。

所詮人の記憶力なんて調子の良いものだ。



――何年掛かってでも、オマエに会いにいくから


本人が居ないのに、声だけは届いた。都合の良い空耳かもしれないけど、なんやかんやこの言葉のせいで期待しちゃってる私も居る。もしかしたら特別なんじゃないかって思ってたりもする。


結果なにもなかったけどね。


業者に最後の荷物を渡したところで車の鍵を取りにリビングに向かう。ドアを開けて中に足を踏み入れて、前を向いて。…そう、例えるなら


世界が、一瞬で色づいたような



「うぇい…ばー……?」


「っ!咲」



ねえ、ねえウェイバー、私変わったでしょ


お化粧も覚えたんだよ

背も前よりすこしだけ伸びて

髪も少し伸ばして


料理なんか、ウェイバーと食べたハンバーグが忘れられなくてそればっか上達して



「いつだかの、逆だな」

「っウ、ウェイバーっ!!」


でも貴方に関わると、すぐに感情が揺さぶられるところだけは変わってないみたいだね。

だってほら、もう好きじゃないって言い聞かせてた心がこんなにも満たされて

愛しいって貴方を求めてる。




「ウェイバー、ウェイバーっ!」

「…私はお前の泣き顔を見にきたんじゃないぞ」

「う、ぐず…」


「会いたかった。


ウェイバー。私は、咲が好きだ」

「だ、誰だよオマエ!」

「会いたかった!」

「だから誰なんだって!」

「咲!私、ウェイバーが好き!」





「私も一緒に帰る!」




「やっぱり、私の帰る場所はお前の隣だ」


 
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