かみさま、きいて | ナノ
帰り支度
今日のバイトはやけに長く感じた。レジ番したり、裏で商品の整理をしたり。空が暗くなりかけて漸く終わった頃は挨拶もろくにできず一目散にマッケンジー家に向かっていた。…朝、咲が離れた時の顔が頭にこびりついて離れない。初めて見た悲しむような泣き出しそうな顔に嫌な予感が纏わり付く。杞憂に過ぎればいい、とどこか否定的な気持ちのままでマッケンジー家に到着した。
「ただいま」
ガチャリとドアを開けると真っ先に飛び込んでくる咲の姿は、無い。嫌な予感が増す。リビングにはマーサさんもグレンさんも不在らしく、夕飯とラップが掛かった冷えたご飯が置いてあった。けれどそれには手を付けずに、もう一箇所。ボクの部屋へと上がると、ドアは開きっぱなしで布団に眠る咲の姿が在った。ほっと胸をなでおろすのもつかの間で、その傍らに来た時の服と持ち物が置いてあった。何故それを出したのか、それも直ぐに持ち出せるように。
「…おい、咲」
――出会ってから三日目。随分と長く感じるが、まだ時間にしてみれば48時間と数時間。もうすぐ三日目という短い時間。なのにもう溶け込んで日々の一部になりかけてるこの少女の順応力というか何というか。すっかり毒されそうな自分を叱咤すると同時に、この少女に対しての思いも何度も考えさせられた。やっぱり友達だ。ただの友達。今日の朝まではそう思っていたのに、突然の心境の変化に驚いてるのは紛れも無いボク自身。
「起きろって」
ゆさゆさ、自分より少しだけ小さい体をゆするとくぐもったような声が漏れた。次第に開かれる瞳がやけに冷たく見えて一瞬だけ言葉を失う。あの人懐っこい笑顔が無い、
「帰ってきてたんですね、お帰りなさいベルベットさん」
余所行きの笑顔を浮かべて夕飯は要りません、と頭を振った咲。違和感だ。予感は見事的中したらしく態度の豹変した咲に焦燥感が込み上げる。なんで、何かしたのかボク…?考えるもやはり浮かぶのはコンビニでの一件だ。けれどそのどこに不快にさせる要素が在ったのか。あの女子等の罵声が気に障ったのか?分からない、人間付き合いはどうも苦手だから尚更。
「オマエ、そんな話し方じゃなかっただろ」
「別に私の恣意だと思いますが」
「なんだよそれ。…散々好きだなんだ言っておいて、随分勝手だな」
「勝手なのはウェイバーだよ」
「何が、」
「その気もないのに期待させるような事して、もう苦しむのは嫌だ。元の世界に帰った時にウェイバーに会えないのにいつまでも片思いするのも嫌だ…っ」
「……」
「だからいっそ嫌われようと思って」
ぼろぼろと大粒の涙を流す咲に、その頬を撫でようと上がった腕を制止する。ここでもし彼女の涙を拭ったらまた期待させると、優しさこそが残酷なのだと叱咤して手を下ろそうと力を緩める。…けれど苦しげに闘うこの少女を見ていたら、咲を見ていたら、
「うぇい、ばー…」
下ろされかけた手は額に付く髪の毛を上げて、困惑したように見つめる咲の額にキスを落とす。そしてそのまま唇に唇を押し付ける。それは叱咤した心が蓋を開けた刹那 の出来事。涙に双眸を濡らしながらこれでもかと目を見開く咲にもう一度唇を落とした。
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