かみさま、きいて | ナノ

言葉に出してしまえば

 


「ボクは今日一日いないから、オマエはあんまぶらぶらするなよ」

「え?どっか行くの?」


朝食を食べ終えたときウェイバーが唐突にそんなことを言ってきた。え、なにそれ!



「ちょちょちょどっか行くなら私も行くよ!」

「馬鹿。バイトだって」

「なるほど。お店だよね?行きます」


お客さんならいいんでしょ!と誇らしげに言った咲。だって悪い虫が付いちゃうものね!あれ私も悪い虫かしら。



「……邪魔するなよ」

「もちのろんさ!」



なんだそれは。と呆れた顔をしてみせたウェイバー。そう聞かれても困ります。







「…マジか」


最初はグレンさんの紹介に預かった場所でバイトしていたらしいけれど、今は日本語も話せるようになったのでその他にコンビニのバイトを始めたらしい。――は、いいんだけどね。


「きゃーっ!ベルベットさん今日シフト入ってたんだー!超ラッキー!!」

「ねえねえ今日この後暇?良かったらお茶しない!?」

「彼女の募集とかは!?」

「馬鹿ねそんなのしてるわけないじゃん!あ、私も立候補ー」

「なにいってんのよー!」



悪い虫、ABCDが取り付いている。なにこれ。雑誌の並び替えが思い通りにできなくてウェイバーが不快そうに眉を寄せる。何言っても聞かないならいっそ何も言わないぜ的な戦法なんですね。言いようの無いイライラが込み上げてきてそのまま殺気を飛ばしていると、ふとウェイバーと目が合った。



「ねえベルベット君、彼女にしてよー!あたし超尽くすよホント!」

「えーあんた絶対浮気すんじゃん!ってか彼氏いるじゃん浮気者ーっ」

「ベルベット君のがカッコいいもーん、今の彼氏あんまカッコよくないしぃ」



苛々苛々。今にも殴りかかりそうな右手をなんとか制して、何か言ってやろうと足を踏み出した。その取り巻きの目前になったときウェイバーの口角が一瞬上がるのをみた。…やばい、きゅんとした今。慌てて心臓を落ち着かせていると、その取り巻きの壁の隙間から白い腕が伸びてきて私の腕をぐっと掴んで引き寄せた。



「いつも来て頂いて申し訳ありませんが、私には彼女が居ます」

「え、ちょ、ウェイバー?」

「(いいから話を合わせろ)」



耳元でそう囁いたウェイバーに顔を真っ赤にしながら頷く。鬼の形相で睨む取り巻き軍団に更に追い討ちをかけるよう、ウェイバーは続ける。

「女性のタイプに当てはまらないんで、すみません」


にやりと厭味ったらしい笑みを浮かべて私の髪に口付けを落としたウェイバー。心臓の爆発する音が聴こえた。取り巻きは私に罵声を浴びせながら去っていき、コンビニ内は一気に静かになる。…どうしてくれよう、この鼓動を。自分のことを好きな奴にこんなことして、本当に残酷な人だ。諦めることが目的なのに。




「……離して、」


一刻も早くこの腕から抜け出さなければとそう呟いた。こんなんじゃ帰った時にいつまでも会えない苦しみを味わいながら過ごすことになる。絶対に無理。けれど聴こえたのか聴こえてないのか、ウェイバーは更に腕に力を込めた。



「オマエは、」

「ウェイバーここコンビニだから、本当に離して」


人が居ないから良かったもののこんなのは公開処刑だ。今度こそ解放された私はマッケンジー家に戻ると伝えてコンビニを出た。そうだ、離れよう。今みたいに距離を置けばきっとすぐ忘れられる。そしてウェイバーが冷たくしてくれればもう未練なく行ける。嫌われればいい。そうすればきっと後悔なんて残らない。






――認めるのは、簡単だった。
(温もりが無くなったこの腕と)(胸に掛かる靄の関係性)