かみさま、きいて | ナノ

例えば小さな花だとか

 



懐かしい、大きな手に乱雑に。だけど優しく励まされる夢を見た。白い世界にぽつんといるのはちっぽけな、あれから少し成長したボクだけ。聖杯に長躯を願えと言われてから、その力なくとも3cmぽっきりだが確か伸びた身長。すこし昔よりは落ち着いたと思ったけど、その仮面も咲によって崩された。


「ライダー、居るのか…?」


久しぶりに発するその音にかつての高揚感が込み上げる。そこに期待が入り混じって、どうしようもない焦燥感に駆られてそのどことも知らぬ世界を懸命に駆ける。一人で居るのに、太陽の日差し一つないというのに妙に体は温かくて安心感も存在した。



「ライダー!おい、ライダー!」


景色はいつの間にか変わって、草原。空は一気に青く染まって穏やかな風も吹いている。けれどそんな変化に心奪われる余裕も無く青年は必死にその男の名前を呼び続ける。自然と疲れは無い。


「ライ…」


ダー。出かけた言葉が喉の奥に引っ込んで、その代わりにじわりと双眸を濡らすもの。居た。懐かしい背中がどこまでも広がる草原の中心に確かに在った。気が付けば無我夢中でその背中を追い求めて駆け出した青年に、振り返ったのは変わらない最期の時に見た笑顔を浮かべた我が唯一の王の姿。


「ライダー!!」


あれ以来初めての再開。夢にすら出てきてくれなくて、だけど確かにその存在は胸に焼き付いていて。魂の隅々まで染み渡ったその偉大な存在が今正に自分の目の前にいる。



「のう、坊主」

変わらない低くて野太い声。


「余は思う」

「なっ…なにが、だよ…」

「いや、なあ?たとえばだ。目鼻の先の変動に囚われて、自分の眼中から削げ落ちたものの在り様といったらそれは存外に痛いものやもしれぬ」

「…は?」

「たとえばこの小さな花だとか、当然のように流れる雲に至るまで生涯で抱えた大望があるはずだとは思わんか?」



ちょこん、とライダーの正面に座ったウェイバーに小さな花を差し出して歯を見せて笑ったライダー。彼の言う言葉の意味が理解できなくて、眉を寄せた。景色は変わる。それはかつて夢で見たライダーの目指した景色。最果ての海がそこにはあった。



「この景色を追い求めていたことを余は誉れと思う。生涯を賭して尚、この海はさぞ美しいだろうと夢を抱くことができる」

「…うん」

「何か一つだけでいいんだ。己の命の追い求める何かを見つければ、貴様はもっと高みへ行ける」


「ライダー…?」

「坊主。余の臣下として恥じぬ行いをしろ。最期に胸を張って昇天しろ。悔いを残すな」

「おい、ライダー!!」



「貴様の覇道を、しかと極めろ。ウェイバー・ベルベッドよ」



最後に見果てぬ海の彼方を一望し、ライダーは幻影の如く光の泡沫となり海へと消えた。溶け始めた世界に、ウェイバーが何度もライダーの名前を呼ぶ。散り際に感じた温もりが懐かしくて、だけどもう二度と感じることはできないのかと思うと涙が溢れた。ライダーが敗れたあのときよりも声を張り上げて泣いたかもしれない。自分の名前を呼んでくれた分厚い声が聞きたくて、居ないと分かっているのに何度も何度も名前を呼んで。頭がすっかり熱くなったときに、薄らと目が覚めた。




「……夢、なのか」



まだ夜明け前なのか薄暗い部屋。やけに温かいと思えば自身に腕を巻いたまま熟睡する咲の姿。――一体、どうしろっていうんだ。だけどその温度があの男の掌(てのひら)の暖かさに重なって、不快感はなかったのでそのままもう一度目を閉じた。