『いったい何を血迷って私の聖遺物を盗み出したのかと思ってみれば――よりにもよって、君みずからが聖杯戦争に参加する腹だったとはねぇ。ウェイバー・ベルベット君』


その瞬間、ウェイバーが小刻みに震えだした。その憎悪の対象は紛れも無くこの場の誰でもなく、ウェイバー・ベルベットだと気がついて。そしてその声の主への恐怖に。


「あ……う……」


言葉が喉を詰まってでてこない。ただぐるぐるとウェイバーの中に廻る感情は、鮮烈な馴染み深い恐怖。春子もウェイバーのあまりの変容ぶりに、その震える体を抱き締めて声の主の方向をきっと睨んだ。


『残念だ。実に残念だなぁ。可愛い教え子には幸せになってもらいたかったんだがね。ウェイバー、君のような凡才は、凡才なりに凡庸で平和な人生を手に入れられたはずだったのにねぇ』


なに、こいつ。ふつふつと春子の中にいいようのない怒りがわきおこる。凡才だの盆用だの、人をそんな目でしか見ることができないのかこの人物は。それにウェイバーさんは決して凡才なんかじゃない、以前誇らしげに話していた。三代と魔術師において血統は浅いが、名門の時計塔に入学したんだと。こんな努力家に対して、誰が咎める権利があるというのだ。声の主は更に追い討ちをかけるように続ける。殺気は止む事が無い。


『致し方ないなぁウェイバー君。君については私が課外授業を受け持ってあげようではないか。魔術師同士が殺し合うという本当の意味――その恐怖と苦痛とを、余すことなく教えてあげるよ。光栄に思いたまえ』


恐怖に震えるウェイバーに施す死の宣告。その瞬間春子の中で何かが切れた。心から愛しい人をこうも蔑んで、嘲笑い、馬鹿にしたことへの怒りが止め処なく溢れかえる。ウェイバーからそっと体を離し、その声の主へと高らかに告げる。



「何様のつもり?」


静まり返ったこの場に春子の声はよく響く。

「こそこそと隠れ潜んで、堂々とこの場に立つウェイバーさんをよく馬鹿にできるね。あたしからしたらそんなアンタが笑っちゃうくらい小さいわ。ウェイバーさんを笑う刺客なんてとてもじゃないけど無いね」



初めて聴く春子の低く冷たい声にライダーも、ウェイバーも、その場に居た者達も豹変ぶりに息を呑んで聞き入る。この場において彼女の言葉を邪魔しようというものは居なかった。


『……ほう。面白い、そこの凡才よりも私の方が劣ると?――殺されたいのか、貴様』

「殺せるもんならどうぞ。ただ貴方は笑い者になるね、たかが小娘の戯言ごときで怒り狂ってその命を摘んだっていうなら。高いところが好きなナルシストからしたらすごい屈辱だろうね」

『フン。貴様一人を葬ったところで私を咎める者は居ない、それほどまでにどうでもいい命なのだよ小娘が』


小さくて汚い心だ。初めて誰かに殺意を覚えた。その瞬間ゆらりと春子の周りに異様なオーラが立ち込める。闘気や殺気なんかではない、そんな言葉では足りない恐ろしいその何かにセイバーやランサーを始め誰もが息を呑む。――本当に人間なのか、そんな疑問さえ浮かびはじめた時に、少女の肩と少年の肩に優しく力強い手のひらが乗せられた。


「おう魔術師よ。察するに、貴様はこの坊主に成り代わって余のマスターとなる腹だったらしいな。

だとしたら片腹居たいのぅ。余のマスターたるべき男は、余と共に戦場を馳せる勇者でなければならぬ。姿を晒す度胸もない臆病者など、役者不足も甚だしいぞ」

『……』


「おいこら!他にもおるだろうが。闇に紛れて覗き見しておる連中は!」




ライダー厳つく唸るような声が轟いた。

 


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