「……いかんなぁ。これはいかん」

暫くの沈黙を破ってライダーさんは心底困ったように、低い声でそう唸った。すかさずウェイバーさんがその悩みを問う。

「ランサーの奴め、決め技に訴えおった。早々に勝負を決める気だ」

「え、それって何か悪いんですか?」

「……そうだよ、好都合じゃんか」

「馬鹿者。何を言っとるか」


ガン、とまるで象でも落ちたんじゃないかと疑いたくなるような音と揺れに慌てて鉄骨に掴まった。
…ちょっ。ウェイバーさんが悲鳴を堪えてピヨピヨした顔になっているわよ春子!ええそうねこれはチャンスそのものよね!!


――パシャリ。


「は、」

「ライダーさんそれで何が困るんですか?」

「おいオマエ今写真」

「もう何人か出揃うまで様子を見たかったのだが」

「遮るなライ」

「あのままではセイバーが脱落しかねん。そうなってからでは遅い」

「おいライダー!!………は?お、お、遅いって――奴らが潰し合うのを待ってから襲う計画だったんじゃないか!」

「……あのなぁ坊主、何を勘違いしておったのか知らんが」


ライダーさんはウェイバーさんを侮蔑するような冷え切った眼差しで言葉を口にした。

あたしにこの空気に入る勇気は、――無い。


とかカッコつけてみただけでただのチキンなんですって話だけどね!


「たしかに余はサーヴァントがランサーの挑発に乗って出てこないものかと期待しておった。当然であろう?一人ずつ捜し出すよりも、まとめて相手をした方が手っ取り早いではないか」

「……」


呆然とした顔のウェイバーさんにきゅっと心臓を持ってかれそうになりながら、ライダーさんに今度は私が問うた。
チキンが、今、静かに進化を遂げる……!!


「ライダーさんライダーさん」

「む、何だ小娘」

「さっきから気になっていたんですけど、ランサーって誰ですか?英語?英語ですかランサーという単語なんですか!日本語でお願いしますうああああ」



「まとめて……相手?」


無かったことにした。
ウェイバーさんは今あたしのフリを無かったことにした。

困った顔をしたライダーさんは瞬時にシリアスな顔に戻って再び話が戻された。
え、なんで。ランサーってなに。


「応とも。異なる時代の英雄豪傑と矛を交える機会など滅多にない。それが六人も揃うとなれば、一人たりとも逃がす手はあるまい?」

「ごもっともですね!で、ランサーってなんですか?」

「現に、セイバーとランサー。あの二人にしてからが、ともに胸の熱くなるような益荒男どもだ。気に入ったぞ。死なすには惜しい」

「死なさないでどーすんのさッ!?聖杯戦争は殺し合いだってばギャフッ」

「ぎゃあああウェイバーさあああん!!」


デコピンとはなんとも恐ろしいものか。
親指と人差し指がまさかこんな凶器であったとは…!


「ウェイバーさんのことはあたし忘れません!墓場まできちんとパンツを手入れして持っていきます、ぐすっ」

「勝手に殺すな馬鹿ァ!」

「勝利してなお滅ぼさぬ。制覇してなお辱めぬ。それこそが真の"征服"である!」


鳥肌が立った。あたしはまだチキンのままであったらしい。
ライダーさんのその一点の曇りの無い堂々とした眼光は正に征服王。カッコいいと純粋に思った。

ぽかんとするウェイバーさんをよそに、ライダーさんは腰の剣を抜き払い闇夜を一閃させて断じた。
そこに空いた大穴からは轟音と共に黒い戦車が現れた。

ものすごい突風にウェイバーさんが必死に鉄骨にしがみつき、あたしも同じようにライダーさんにしがみつく。


「見物はここまでだ。我らも参じるぞ、坊主、小娘」

マントを翻してライダーさんは戦車に乗った。これより戦場に行くと言うのに、あたしの胸は正に遠足に行く小学生のようにわくわくうずうずしている。
そして続いてあたしも戦車に飛び乗った。


「馬鹿馬鹿馬鹿!オマエやってること出鱈目だ!」

「ふむ?気に食わぬなら、この場所に残って見ているか?のう小娘」

「あいあいさあああー!!」



「行きます!連れて行け馬鹿!」

ひっくり返しながらウェイバーさんが泣きそうな声で叫ぶ。
ライダーさんは満足そうに笑った。


「ぃ良し。それでこそ我がマスター」


ひょいとウェイバーさんの襟首を掴みあたしの隣に乗せると、涙目のウェイバーさんに睨まれた。
といっても生気が抜けかけている。

「大丈夫です!ウェイバーさんはこのあたしが守ってあげますから!」

「…これほど不安になる大丈夫ってあるのか……」

「もう照れ屋さんですね!パンツも腹チラも勿論守りますからね、ってか死守します」

「誰もそんな心配なんかしてないわ馬鹿!!」

「いざ駆けろ、神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)!」



声を高らかに、黒い戦車は冬木の暗闇を駆け抜けた。


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