知らない場所で過ぎる夜
(aoex/アマ燐)



雪男へ、おれはだいじょうぶです、さがさないでください。小さく声に出しながら、そんな文句をメモ帳に書きつける燐は、しかしそれがやばいから探せ早く助けに来いということと同義であることに気づいていないのだろうか。気づいていないだろう。だって満足げだ。これでオッケーだと、小さく頷いている。燐を連れ出そうとしているアマイモンもアマイモンで、ああそれならばという顔をしている。彼の場合、感情の動きが表情に表れにくいのでよくつかみとれないが、威勢よく燐を抱きかかえて窓の外へと飛び出す様子を見れば一目瞭然だ。二人はひょうんひょうんと風に揉まれながら、正十字学園旧男子寮から脱出した。
しばらく屋根を伝って街中に出れば、真夜中近い街の至る場所に灯るあかりが二人を包みこんだ。階段から飛び降りるような気軽さでもって、アマイモンが屋根から飛び降りる。横抱きにされたままの燐は、来たるべき衝撃に備えていたのだが、きっとそれなりに気を使ってくれたのだろう、大して揺れることはなかった。まばらに行きかう人の影。それを認めた途端、手足をじたばたさせて己の腕から逃れようとする燐を、さらに強く抱きすくめるアマイモン。抵抗されると燃えますだなんて、一体どこで覚えてきたのか、馬鹿げたことを宣っている。が、燃えます、という自分の言葉が真実味を持って迫ってきたことを感じ、燐を地面へと下ろした。ちりちり。顕現こそしないものの、確かな熱が発せられている。むくれた燐をなだめようと飴を渡してみた。たいてい、これでなんとかなってしまうのだから、自分達二人は単純だ。飴を舐めつつ、目的地へ向かう。

「えーと、あ、ハイここです」
「すげえー…」
「そうですか」
「いやよく分かんねえけど、俺ホテルとか泊まったことないし」

建物を見上げ、ぽかんと口を開ける燐。腕を引っ張る。全国に展開しているビジネスホテルのロビーに足を踏み入れる。淡いオレンジの照明が二人を迎えた。
何がどうしてそうなったのかはよく分からないが、アマイモンと燐はホテルに泊まることになった。もちろん雪男居ぬ間にと寮を訪れたアマイモンが言いだしっぺである。この計画が燐専属警報装置こと雪男に知られれば、銃火器を持ち出す騒ぎになっていたに違いない。
そもそも雪男は、兄である燐が悪魔であるアマイモンと関わること、それどころか所謂お付き合いをしている仲であることを心底苦々しく思っている。隙あらばアマイモンの頭にトンネルを開通させてやろうと考えているような男なのだ。もっとも、アマイモンにかかわらず、燐に変な下心を持つ輩の殆どにそのような思いを抱いているのだから、どうしようもない。物騒が眼鏡をかけて歩いているような男だと、常々アマイモンは思っている。
だがしかし、何と言っても置き手紙を残しているのだ。邪魔されることはないだろう。エレベーターが最上階に到着した。カーペットが二人分の足音を消す。カードキーを差し込み、扉を開けた。

「うひゃあ」
「燐、二人きりですね」
「おお、でっかいベッドがある」
「ムダンガイハクはしてはいけないとキミの生徒手帳に書いてありましたけど」
「うっわ、風呂、風呂ついてんぞここ」
「ルールを破るのはなかなかのものです」
「すげえ、椅子ふっかふか」
「…燐、二人きりなんですけど」
「んっ? ああ、そうだな」

言葉通り、どこにでもあるホテルの、ほんの少し料金を上乗せすることで宿泊できる、ほんの少し特別な部屋。それだけだというのに、隣室に慮りながらか小さく感嘆の声を漏らす燐はどうしようもないほど単純で簡単ないきものだ。うろちょろと部屋を歩き回る姿から目が離せない。日付が変わる。ムダンガイハクという覚えたての言葉に興味をそそられ、こうして燐を連れてきた。その結果、自分の存在も忘れるほど初めてのホテルに目を輝かせる様子を見られたのだからとほんわかするほど、アマイモンは殊勝な性格をしていない。半ば突き飛ばすように、ダブルベッドへと燐を放り込む。照明を落とした。ベッドサイドのランプがぼんやりと群青まじりの黒髪を透かす。それを撫でながら、アマイモンは、ムダンガイハクの醍醐味を味わおうと、燐の上に覆いかぶさった。濃い影が落ちる。

「重い」
「まあまあ」
「どけよー」
「いいことしませんか」
「しねえよ。寝る」
「もう少し起きていましょう」
「いやだっての」
「せっかくのムダンガイハクだというのに」
「ホテルは寝るとこだろ。一緒に寝ようぜ、アマイモン」

名前と共に伸ばされた両腕を拒めるわけもなく、結局、広いベッドの中心で寄り添って眠ることになった。燐はあたたかいな、お前爪当たんないようにしろよ、なんて、半分夢に片足を突っ込みつつ言葉を交わす。
…任務を終わらせ、手紙を見つけ、半狂乱になった雪男が、すさまじいスピードでホテルに突撃してくるまで、あとほんの数時間。そんなことを知る由もない二人は、平和な寝息を立て、ぬくぬくと眠り続けるのであった。



砂川さんの素敵メフィ燐のお礼にこんなものが出来上がってしまったんですけれどどうすればいいですかね…あの…すみません…特に若てんてーすみません久しぶりにお付き合いをしているアマ燐を書いた気がします。砂川さん、いつも本当にありがとうございます! これからも仲良くしてやってください!





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