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(aoex/メフィ燐)



此処は国内屈指の学園都市にある、正十字学園。


その学園での最高権力者である理事長、ヨハン・ファウストことメフィスト・フェレスは、今日も最上階にある自室にて机上に積まれた書類の束と格闘中だった。

しかし、彼の表情はけして疲れた様子ではなく、逆に楽しそうなモノで。

サインをするペンは軽やかに紙面を走り、印鑑はリズム良く朱を残していく。

いつもなら半分ほど片付けたところで自主的に終了するか、もしくは部下に押し付けるかをするのだが、今日だけは違った。




何故なら―――……




「なぁ、メフィスト。まだ終わんねぇの?」


すぐ側にあるソファに身体を横たえて脚と尻尾をパタパタさせている恋人がいるからだ。

同じ塾生に比べると白く華奢な身体、吊り上がり気味のアーモンド・アイ、幼さを残した仕草―――自分の弟であり、被後見人でもある少年・奥村燐が、休日の為この部屋に遊びに来たからである。

本来なら、可愛く愛おしい恋人が来訪した時点で仕事なぞ放り出そうものなのだが(良い子も悪い子もマネをしてはいけません)、唐突に現れたその恋人は書類に向き合うメフィストに「仕事がデキる男って……カッコいぃ!」とあまりにもキラキラとした瞳を向けたものだから、普段、燐や一部の部下に蔑ろにされている感のある彼としては、それはもう俄然として張り切っているワケなのだ。

「もう少し待って下さいね。あと一つ案件を片付けたら終わりますから☆」

上機嫌で答えるメフィストに、燐はこっくりと頷くと、壁際にあるテレビへと視線を戻した。

そこには、メフィスト自身もよく通っているという、秋葉原の様子が画面一杯に映し出されていた。

燐自体は、秋葉原には特に興味は持っていなかったのだが、マニアックな趣味の持ち主―――つまり『オタク』のメフィストが、時折熱演する所謂『聖地』。

遊戯と称する舞台を愛し、甘味や美味なモノに殆どの情熱を費やする恋人のお気に入り。

それがどんな場所なのか、気になったのだ。

何とは無しにテレビの画面を眺めていると、そこには奇抜な格好をした若者の集団がインタビューを受けている。

「?」

色とりどりの髪、ペイントなのか腕や顔にはタトゥーのような模様。

楽しそうな笑顔を浮かべ、はしゃぐ彼らに視線が釘付けになる燐。

(なんなんだ?)

「あぁ、コスプレですか」

「?」

耳元のすぐ側で響く甘いテノールに振り向けば、ようやく仕事を終えたらしいメフィストが、唇に笑みを浮かべながら燐の柔らかな髪を撫でた。

「自分の好きなキャラクターの衣装を着て楽しむんですよ。例えば、ホラ。あの右側の赤い髪の眼鏡の人はSQの血○戦×の…」

「…ぁあ、クラウスさんか!」

ポン、と手を打って納得する燐に、更に指先で促す。

「正解。では、真ん中のオレンジのジャージの人と、その隣の顔がほぼ覆面になっている銀髪の人は」

「ナルトにカカシ! すっげぇ、クオリティー高ぇ!」

思わず身を乗り出して、他に知っているマンガのキャラクターを捜そうとする燐を見下ろし、「ふむ」と整えた髭を撫でる。

「もしかして、興味がおありですか?」

「んぁ? や、そーゆーのじゃなくて」

「?」

「おまえもオタクなんだろ? あぁいうの、詳しいみたいだけど、やってたりするのか?」
首を傾げながらとんでもない爆弾発言を投下する燐に、タラリ、と頬に一筋の汗が流れた。

「燐君…オタクを皆一緒くたにしてはいけませんよ? 私は見るのは好きですが、自分でしようとは全く思いませんよ」

首を振りながら自分の美学を語るメフィストだが。

「どう違うんだ?」

喧嘩しかしてこなかった燐に、その独特のこだわりは解るはずもなく、メフィストは苦笑して答えた。

「言うなれば、萌えの問題ですかね?」

「……ワリ。よくわかんねぇわ」

「でしょうねぇ。……やってみたいのですか?」

「へ」

「ですから、コスプレですよ」



自分の言葉に、ポカン、と口を開けたままの燐と視線を合わせるように身を膝を着いて屈めた。

「私は見てみたいですねぇ、貴方のコスプレ姿…」

にんまりと笑うメフィストの顔をじっ、と眺め、

「だったらさ、オペラ座法廷の時に、おまえが着てたヤツ!」

と満面の笑みをみせる。

「……は……?」

今度はメフィストが、ポカン、と口を開けたまま固まった。

「だってさ、あん時別人みてぇだったし」

「……」

「なんか、いけ好かねぇアイツらに堂々としててムカつくロン毛よりもカッコよかったから!」

太陽のように明るく無邪気に笑う燐に、メフィストの身体がワナワナと震え出した。

「ん? どーしたんだ、メフィスト?」

「…いえ、今目の前にいる、この天然小悪魔をどうしてくれようかと、本気で悩んでいるだけですので、ご心配なく」

衝動に堪えながら、眉間に皺をよせながらも紳士的に笑うメフィスト。

だが燐はそんなメフィストに気づくことなく

「俺が悪魔なのは前から知ってるじゃねぇか。ヘンな奴」

あっけらかんとした態度だった。

(そうじゃなくて…)

がくり、と肩を落としながら

「残念ながら、今あの服は私の手元にないんですよ」

「え、なんで?」

「クリーニングに出してまして」

「…いつもみたいに指パッチンして「その言い方はダメ絶対。カッコ悪いですから!」

「ケーチ…」

言葉を遮ったメフィストに、艶っぽい唇を尖らせる燐。

可愛らしく拗ねる恋人に悶えながら、

「では、私の正装をお貸しいたしましょう!」

にこやかに提案した。

(…なぁんか……イヤな予感がする)

走る悪寒に、ぶるり、と背中を震わせた燐だった。









「………軽く死ねる…」

「なんと可愛らしい!」

ぼそり、と呟く燐に、はしゃぐようなメフィストの声が重なる。

「このような所に妖精が……!!」

「ファンタジーなのはおまえの頭だろっ!! コレっておまえがいつも着てるピエロ服じゃねぇか!!」

「そうですがそれが何か?」

「言い切った!」

「それにしても、燐君には『少し』大きかったようですね?」

「うっせぇ、人のコンプリート刺激すんなっ」

「それを言うならコンプレックスですよ。相変わらずですねプククス」

「笑ってんじゃねぇぞ愉快犯!」

怒りに震える燐の服は、いつもメフィストが着ている道化のような奇抜なスーツだった。

しかし、燐にはサイズが大きすぎたらしく、そのぶかぶかのスーツの袖からは指の先しか出ていない。

ピンクのドットや白に埋もれるような燐に何やら身体の奥に熱を感じるメフィスト。

実際、一回りサイズが違う自分のスーツに着られている燐は極上に可愛らしい。

怒りに紅潮した頬、ピンと立てられた尻尾。

「そして何より……」

「あ?」

「私に包まれた燐君萌え!!」

感極まったかのように声を張り上げるメフィストに、だぁああ! と叫ぶ燐。

「寄るな変態っ」

「おや、そんな『変態』に愛されてウットリしているのはどなたですかな?」

頬を引き攣らせる燐ににじり寄りながら、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべるメフィスト。

意地の悪い恋人に、しかし燐は

「俺だよ悪りぃか! 好きなんだから仕方ねぇだろ!!」

と胸を張る。

どこかズレて、それでいて堂々とした燐の告白に

(はぅあ…! これぞ胸キュン!!)

悶え転がった。

表情では紳士を装い、鼻血が出そうになるのを精神力で堪えるメフィスト。

(耐えろ、耐えるんだメフィスト・フェレス! ここで鼻血を出すワケにはいかないのだ、私の、正十字学園理事長兼正十字騎士団名誉騎士兼燐君の恋人としての面子にかけて―――!!!)

今ここで鼻血を出せばイロイロなモノを失う可能性もある。

そんなことを考えながら顔面に神経を注ぐメフィスト。

メフィストの内心をしる由もない燐は、黙ったまま自分を見下ろすその視線から逃れるように顔を背ける。

すると、ふわ、と服から立ち上る、嗅ぎ慣れたその香り。

(あ……)

それは、いつも自分を優しく強く包み込んでくれた、大好きな匂い。

「……メフィスト、の、匂い…」

「りっ、りりり燐君!? 私臭いですか!? その服はきちんとクリーニング済みってまさか加齢「俺の好きな、おまえの匂いがする」

着せられた服をスンスンと嗅ぎながら、

「なんか、ギュッてされてるみたいで、落ち着く…」

ふにゃり、と小さく笑う燐。

その幸せそうな笑顔は、メフィストの胸に激しい音を立てて衝撃を与える。

(ああああああああああああああああああもう本当にこの子はどれだけこの私を翻弄すれば………!!)

嬉しさのあまり朱くなった顔を、隠すように掌で覆い隠すが

「それに」

「燐君それいじょ「ピエロだけど、ガタイはイイし、オトナだし、結局カッコイイんだ、よなぁ」

不意に零されたその呟きに、メフィストは





ブチリ。





自分の中のナニかがキレる音を確かに聴いた。

足音も荒く燐に歩み寄ると、その両肩をガシリと掴む。

驚いて顔を上げた燐の頤に手をかけ、顔を近づけた。

「全く貴方は……私を誘っているんですか!?」

「え? だってホントの事だし」

「もう黙りなさい―――」

小さく開いた唇が塞がれる。

重ねられた熱に、目眩を覚えながら自分を抱きしめる男の服にしがみついた。

「……燐」

「…んぁっ……いき、なり、なにすん―――」

離されたメフィストの唇を恨めしげに見るが、

「可愛い恋人にあんなこと言われたら、男なら誰だって狼になりますよ」

肩をすくめるだけで効果はなかった。

「特に燐は魅力的すぎる。仕方ありませんな」

「――!?」

耳元で囁かれた台詞に顔を更に赤くする。

「おやおや。可愛らしい顔が更に可愛く「もうおまえが黙れっ!」


バチンッ!


聞くに堪えず思わず両手でメフィストの口を覆うが、勢いがよすぎたのか、かなりイイ音が部屋に響いた。

「………燐。かなり、痛いのですが」

「……………ワリ、ぃ」

「…く、ゥフフハハ」

すぐに手を離し、謝る燐の頭上で、可笑しそうな笑い声。

「メ、メフィ、スト…?」

「いけない子だ……是非責任をとってもらわなければ」

「はぁ!?」

「ホラ、今燐が叩いた唇と頬……かなりジンジンして痛いんですが」

「だっ…だから、悪かったって…!」

「赤くなっているでしょうねぇ、きっと」

「……!」

ニヤニヤと笑うメフィストに、しかし事実だけに何も言えずに視線をさ迷わせる燐。

「まあ私も鬼ではありませんから? 燐からのキスで手を打ちましょう☆」

「あぁ!!?」

「痛めたトコロ、ちゃんと癒してくださいね?」

バチリ、とキザにウィンクしてみせる大人気ないオトナをしばらく睨みつけていたが。

「〜〜〜目ぇ、閉じてろ!!」

メフィストが両目を閉じたのを確認すると、爪先立ち、スカーフごと胸倉を掴んでメフィストを引き寄せ、頬と唇に、自分の唇を押し当てた。


そして素早く離れようとするが、それよりも早くメフィストに後頭部を押さえ込まれ、深く口づけられる。

「―――…!!」

呼吸ごと激しく貪られて苦しさのあまり、意外と厚い胸を叩く。

そして、ようやく解放され、荒い息を整えようとする燐を抱きしめながらメフィストは囁いた。

「秋葉原にあるグッズより、世界中の甘味より、燐、貴方は私を夢中にさせる……」

赤く染まった耳朶に舌を這わせると

「おまえだって……俺を、離れなく、させるくせに……っ」

とぎれとぎれに訴える、甘える声。

この世の何よりも愛おしい恋人を抱きしめる腕に力を込め、ウットリと囁いた。





「続きはベッドでよろしいでしょう?」





(日本の文化は、本当に素晴らしい。恋人との逢瀬のスパイスにも使えるとは……新しい発見に、乾杯!)




END



『ROTTEN PRIEST』の砂川さんにいただきました!
ウワアアア相互記念なんてはじめてです本当にありがとうございます…! 燐デレの威力すさまじいですね…のっけから落ち着いて読めなくなるという事態に陥りました。理事長の新しいお楽しみも増えたしいいことづくめですね! 砂川さん、これからもよろしくお願いします! 私もがんばらねば…。





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