『誰も知らない』の続き
えんじドイツフラグ解消後
(前サイトのリサイクル)



緑の多い部屋だと思った。ベッドカバーも、カーテンも、カーペットも緑で統一されている。天気が悪いためかカーテンは閉めきられており、余計に部屋全体が緑色に見えた。静かな心地になるが、円堂に似合う色彩かと言われれば少々疑問を抱かざるを得ない。いつもの騒がしさはどちらかと言えば暖色が似合うだろう。せんのないことを考えながら、砂木沼はサッカー雑誌を開いた。部屋の主である円堂は、ベッドにうつ伏せになったまま動かない。時折ぴく、ぴく、と身体を震わせるだけだ。鼻がつまっているのか、苦しそうな呼吸の音がはっきりと砂木沼の元まで届く。そんな状態が何時間か続いた。
今の円堂になら緑も合うのかもしれない。砂木沼はふと思った。どうでもいいその考えを頭の隅に追いやる。そろそろ行かねばならない。しかし、床に座りベッドにもたれかかっている砂木沼は、ここから離れられない。読みかけのサッカー雑誌が興味深いのもある。しかしそれ以上に、弱々しくつかまれている己の髪が気になって仕方がない。伝わるはずのない体温が、砂木沼の集中力を少しずつ少しずつ、乱していく。ぐっと、力強くつかまれたなら振りほどくことも出来よう。我ながら実に陳腐な表現だが、と、誰に聞こえるでもない前置きをして砂木沼はそっと、屍のような円堂を見やった。まるで縋るようにされてはどうしようもない。対処の仕方がわからない。
「ひゃん」
「まだ泣くのか」
「…しゃっくり」
「そうか」
「砂木沼、びっくりさせて」
「却下だ」
「さぎぬま」
「駄目だ」
「おさむー」
「断る」
「砂木沼せんぱい」
「断固拒否」
「治にいちゃん」
「どこで覚えた」
「マキュアが、」
「…あいつめ」
雑誌をめくる手は止めないことにする。ノンブルだけが駆け足で過ぎてゆく。あいつ、行かなくってもよくなったんだ、と、泣き笑いの表情で告げてから黙りこくってしまった円堂を彼の家に引きずっていく。並々ならぬ既視感を覚えながら、あたたかな手首をひいた。抵抗しないのをいいことに円堂をベッドに放り投げ、そのまま帰ればよかったものを、と砂木沼は思う。後の祭りだ。ついサッカー雑誌に目が行ってしまい、腰をおろしてしまった。そして髪をつかまれ、今に至る。ごうえんじ、日本で、おれたちと、一緒にサッカー出来るんだって、砂木沼。安心したら力抜けちゃった。
「そんなことでどうする。しっかりしろ」
「おれ兄ちゃんほしいなあ」
「無茶を言うな」
「ひゃん」
「それをやめろ」
「止まんないんだ」
「何としてでも自力で止めろ」
「砂木沼、助けてー」
こんな問答を続けて何になる。砂木沼は立ち上がる。円堂の手が髪から滑り落ちた。円堂が砂木沼を見る。バンダナがずれて、片目が隠れている。更にずり下げ、あらわになった額に手刀を見舞った。

「…私は帰るぞ」
「砂木沼」
「何だ」
「助けてくれて、ありがとう」

しゃっくり止まった、と笑う。多分、笑っていた。バンダナの下の目は、はて何色だったかと考えながら砂木沼は帰路に就いた。


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