卒業式前夜の秋(しゅう)くんと円堂さん 俺は君の背中をずっと見ていた。あの事故以来、自分の無力さに打ちのめされて、思いが歪んで、多分八つ当たりだったのだろうが、サッカーはもうするまいと決めていた。けれど俺よりも頭一つ分小さな君の背中に、前を見据える瞳に抗えなくて、俺は再びサッカーにかかわっている。選手ではなく、マネージャーという形。無理をしがちな君を支える重要な仕事。自分には合っている。君ばかり見ている俺にはぴったりなんだ。 「秋? 珍しいな、こんな時間に」 俺たちは明日、雷門中を卒業する。俺と君は同じ高校に行くことになったけれど、もちろんそうじゃない人もたくさんいるわけで、ずいぶんとたくさんのお別れを俺たちは明日経験することになる。エースストライカーは遠い海の向こうへ。知略に長けた司令塔は驚くほど頭の良い高校へ。彼の幼馴染であるDFは陸上の強豪校へ。つまるところ、円堂くんが心配だった。君がきちんと前を見ているかどうかをどうしても確かめたくなってしまった。 「まあとりあえず上がれよ。あ、分かった! 明日卒業式だから興奮して眠れないんだろー」 「まだ8時だよ。さすがにまだ寝ないって」 「え? …俺今から寝ようと思ってた」 「帰ろうか?」 「ううん、秋、ちょっと話そうぜ」 そして俺は、全てが杞憂であることを知っている。全ては言い訳だ。ただ、どうしても君に会いたかった。サッカー部のはじまりからマネージャーであり、選手として君の役に立つことができなかった、俺。それでも君は、いつでも俺を引っ張ってくれた。導いてくれた。この三年間、幾度君の背中の影で俺は無様に泣いたことだろうか。 「秋、ありがとうな」 「え?」 「一番最初から、はじまりのときから、俺のそばにいてくれてありがとう。俺のこと、みんなのこと支え続けてくれてありがとう。秋がいなきゃだめだった。秋がマネージャーでなきゃだめだったんだ」 「えん、どうくん」 「どんなに落ち込んだって、秋やみんながいてくれる! って思えばがんばれたんだ」 「…俺は、なにもしていないよ」 「しゅーうーさあーん」 「あれ? 寝ぼけてる?」 「秋さん、自信を持ちなされ…」 「誰だよー」 「秋は、自分が思っているより、ずーっとすごい!」 …高校では、サッカーをまたやってみようかと考えている。しかし、ブランクのある自分に何が出来るものかと不安でしかたがない。今までどおりマネージャーのままだったら今までどおり君の役に立てるのではないかと、また君に、頼りにしてもらえるのではないかという甘い期待が首をもたげている。自分の決意を飲み込もうとしている。何も言えなかった。喉からこぼれているのは、出来そこないの悲鳴。怖いんだ。変わるのが。変われないのが。俺が変わって、君も変わってしまうのが。だから今日は会いにきたんだよ。また君の、優しい影で泣きたくて来たんだ。君が言うようにすごくなんかない。俺は決意を固めると同時に逃げ道も作ろうとしている。ごめんね。ごめんね、円堂くん。ごめんなさい。何度も繰り返した。俺との身長差が縮まらずに三年間を終えた君が、俺を抱きしめる。あたたかくて強い腕が背中を締めつけた。 「俺は知ってるよ。秋がすっげーやつだっていうのを、知ってる。秋が知らなくても俺が知ってる。ていうか、秋以外の奴だったらみんな知ってる。けど、その中でも俺が一番知ってる! …秋の父ちゃんと母ちゃんは抜きにしてもさ」 しゅうは、だいじょうぶ。いつでもおれは、しゅうのみかた。しゅうがそうしてくれたように。ぽろろろ、と砂糖菓子のように崩れながら、俺の耳に駆け込んでくる言葉。抱きしめ返した。ただもう、本当、それしかできなかった。 |