星は遠いからこそ美しかった、なんて言ってみる。なんて言ってみた自分をヒロトはそっとあざ笑った。望遠鏡を通して散らばる星が見える。奥ゆかしい喪列、救いようのない最後のつめたい光が瞳の奥に届く。望遠鏡を片付け、明け方の道を恋した人のところ目指し、ヒロトは歩いていった。
君のことを低俗な気持ちで愛していたんだよ、だから、ごめんね、お別れしよう。第一声は思っていたほど震えなかった。寝ぼけ顔の彼が目を少し見開く。それってどういう意味だ、と問われ、ヒロトは甘やかな笑みをたたえながら言った。恋人どうしをやめようっていうことだよ。第二声は驚くほど柔らかな声が出た。どこかでこうなることは分かっていた、と、いまだに疑問符ばかりを瞳に映す彼と向かい合いながら、ヒロトは胸中で呟いた。ヒロトが恋した人は、円堂は、朝焼けに染まる公園のベンチで泣き出しそうな顔をしている。
「…嫌いに、なった、のか」
「まさか、違うよ」
「じゃあなんでだ」
「円堂くんがいい子だから俺には勿体ないな、って思ったんだ」
「ヒロトから好きって言ったじゃん、好き、は、だっていつも、お前からで」
眉を寄せ、かすれた声で必死に紡ぐ円堂をぼんやりとヒロトは見た。全て、自分の大好きなパーツだ。そして要因であり全体だ。俺の恋とは円堂くんそのものだったに違いない、と結論づけたヒロトはベンチから立ち上がり、静かに公園の出口に向かう。
別れてください、君は俺には眩しすぎます。これから先、耐えられるかどうか定かではありません。自信がないのです。だから円堂くん、お願いですから俺と別れてください。君はとても素敵です、俺は駄目だったけど、君の光に見合う人が世界のどこかには、あるいはその光に目を焼かれても心地よく感じる人がどこかには、いるはずです。もし出会えたなら、相手が誰であろうと俺は祝福します、精一杯、君とその誰かの幸せを祈る、だから、俺と別れてください。
「お前は何を見てたんだよ、自分ばっかり、みたいな顔して」
ひやりと風が頬に滞留する。手をやると濡れた。いつの間にか泣いていたようだ、さよならはつらい。刺のある声に振り向いて、そしてはじめて、じっとりと暗い炎が円堂の瞳にゆらめいているのを、ヒロトは認めた。今まで見たことがない深い色は、浮ついた九官鳥のようにお別れを繰り返すヒロトをきつく縛り上げるかのように重い。
「ヒロトは、お前のことが好きな俺のことを、自分がつらいからってやめちゃうのか、それっておかしいだろ。…おい、こっち見ろ、泣くな、ちゃんと立て、それから全部冗談だって言え」
いつの間にか円堂を見上げる格好になっていた。腕をつかまれて引っ張り起こされる。ゴールキーパーの大きな手が砂を払ってくれた。重い色がなりを潜め、代わりに明るい茶色が呆然としているヒロトをなだらかに包みこんだ。いつもの円堂だ。その落差が、自分が先程まで何を言っていたかまざまざとヒロトに思い知らせる。
「あ、あの」
「嘘です、別れません、ごめんなさいは?」
「…う、うそ、です、別れません……ごめん、円堂くん、どうかしてた」
「どうかしてるのはいつものことだろ」
「しんらつ…」
「一人で考えこむと変なことばっか思いつくからな、以後、俺に相談するように!」
「はい」
「ほら、行くぞ! 朝飯食べたらサッカーしようぜ!」
「うん」
「ヒロトはそうだな、その前に河川敷ダッシュで100往復な」
「しんらつ…」

(目と鼻の奥が痛い。いつから泣いていたのか、少し思い返してみたけれど、見当がつかない。どうせ夜から泣いていたに決まっているんだ、俺のことだから、円堂くんに会うまで泣いていたに決まっている。)

前を歩く背中を見る。肩甲骨が薄く揺れている。円堂くんというのは光という漠然としたものでなく、また俺の恋そのものなんて迷惑なものでなく、きちんとかたちを持った、自分と同じ人間なのだな、とヒロトは考えを改めた。もう二度とあのようなことは言うまい。しかし、彼の暗い目を、自分にだけ向けられたそれをもう一度見たいと思ってしまう。恋って厄介。呟いた声は朝もやにとろけて消え落ちた。





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