東の海のとある島の、とある入江の船付き場に、ちょこんと建っている灯台兼海軍派出所は、偉大なる航路の激しさなぞは我関せず、いつも平和な風が吹く。






「巴、海賊が来たよ。」

「あ、はい。」

「見たことのない海賊旗だな、君一人でも大丈夫だね。」

「はい。巴三等兵行って参ります。あ、三分経ったらそこの火止めて頂けますか。」

「今日のおやつプリンは何かね、いい香りだ。」

「おじいちゃんから向こうのいい抹茶が届いたので抹茶プリンですよ。冷まさないと熱いですから、つまみ食い止めて下さいね。じゃ、行ってきます。」



と、釘を刺してから外に出れば、今日も順風満帆の風。海兵キャップを被り直して、地平線に遠眼鏡を向ければ、確かに見たことのない海賊旗。甲板にはそこそこの人数。

うーん…真っ直ぐこっち来るなあ。いや、この辺りで食料補給云々ができるのがこの入江の奥にある町くらいしかないから、当たり前なんだけども。



「よいしょと。」



小高い崖になっている灯台の足場から飛び降りて、町に続く一本道に足をつく。船には追い風。あの海賊船もすぐにここに着くだろう。本当にいい風だ。

…でも、何だろう。風に混ざる微かなこの懐かしさ。落ち着くような感覚。

もう裸眼で確認できるほど近付いた海賊旗を再度見つめてみるけれど、何度見たってそれは見知らぬデザイン。よくある無法者の信念の象徴。

…何を期待してるんだかなあ、あたしは。




「やあやあ海兵、ご機嫌よう!一人ぼっちかい!」

「こんにちは海賊さん。遠路遥々航海お疲れ様です。こちらへいらしたご用件は?」

「ご丁寧に迎えてもらって恐縮千万!ここまでの航路はまともな島がなくてなあ。俺達ァ随分と土の上の飯はご無沙汰だ。勿論、略奪もな。」

「町の人に迷惑をかけずに、食料補給だけ済ますようでしたら、同伴で案内します。後半も目的の内なら、海兵として対応しましょう。」

「多勢に無勢っつー言葉を知ってるかい。見たとこ剣も銃も持ってねえだろ。とんだ間抜けな海兵とみた。空元気はよしな!略奪は海賊の立派な仕事だ!」

「そうですね、それも海賊です。」

「んん…?おいおいてめえら!しかもコイツは女だぜ!!こりゃいい、どうせ町にも海軍はいるんだろう。正義心溢れる乙女を人質に、一つ暴れてやろうじゃねえか!」

『おお!!!』

「その団結力だけは、いつも感心するんですけど…。」



如何せん、団結力に心意気まで備えた最高の海賊団を知っているあたしとしては、彼らはただの略奪者にしか見えないわけで。


ああ、会いたいなあ。どうにもこうにも、あたしが会いたい人達は、悉く海が隔てて邪魔をする。故に海は、自由で残酷なんだなあ。


そんなことを考えながら、余裕綽々近付いてくる徒党に構える。プリンが程良く冷める頃には帰れるだろうか。船長だけは見失わないように、突入して来る船員の隙間からその存在を確認する。狙う相手はあの人一人だけ。

しかしながら、さあ頑張りますかと一人目に掌底が触れたその瞬間、狙いを定めた唯一人の姿が、力無くばたりと崩れ落ちるのを視界の端で見た。あれ。





「間抜けはこいつらだろう。なあ、巴。」





倒れた船長の辺りから、さざ波のように広がるざわめきはなかなかうるさいというのに、妙に響く声ははっきりとあたしの耳に届く。

名前を、呼ばれた。あたしの名前。よく通る懐かしい声。ああ、この声は。いやまさか。でも、


「…シャンクスさん?」

「おい巴!俺らを蔑ろにしてくれるなよ!」

「まあちょっと待ってろ。相変わらずお前は何かしらに巻き込まれてるな。」

「巴〜土産持ってきたぞー。」



呟いた一言に、次々と懐かしい声が返る。バタバタと倒れていく人波の向こうから、威圧感のある、でも心の底から嬉しくなる見覚えのある姿が覗く。ヤソップさん、ベンさん、ラッキーさん。

嘘、と口にしたら、また疑り深いと怒られるだろうか。怒られるだろうな。それすら懐かしくて、いっそわざと言ってしまおうかと思うあたしは悪い奴でしょうか。答える代わりに、青い空に赤い髪が揺れた。




「待たせたな巴!約束通り持ってきたぜ。最高の卵と牛乳を!」















「巴三等兵、ただいま帰りました。あ、火止めてもらえましたか?」

「ああお帰り。戦闘はここから見ていたよ。いやあ驚いた、逆方向から海賊達がバタバタ倒れていくと思えば、とんでもなく強い奴らが来たじゃないか。あの赤い髪の男達は知り合いなんだろう?似ていた気もするが、まさかあの赤髪じゃあないだろうな。はははは。」

「あ、すまん邪魔するな。」

「よよよよよ四皇ーっっっ!!!?」

「ちゅ、駐在さん!シャンクスさん達は何もしませんよ!というかあたしの昔馴染みで、今はただのお客さん…」

「それはそうと君達丁度いい。舌に塗れる火傷薬を持っていないかね?いやあ君達もできたてのプリンには気をつけた方がいい。はははは。」

「だからつまみ食い止めて下さいって言ったじゃないですか!話聞いてました!?」

「おい、巴。このじーさんも一応海兵だろ。」

「随分呑気な海兵だなあ。」

「ははは、こんな小さな駐在に配属されている我々職業海兵なんざ、海賊より呑気なもんさ。まあ、私は町に行っているよ。久し振りに会ったんだろう、ゆっくりもてなしなさい。」

「…はい、ありがとうございます。」



…とまあ、名もない海賊を海岸から追い払って、シャンクスさん達を招いて戻った灯台。気を効かせて席を外してくれた駐在さんを見送って、改めて懐かしい客人を見渡せば、何とも錚々たる顔触れに、自分の知り合いながら驚いてしまう。


今、あたしの目の前にいるのは、新世界の大海賊・赤髪海賊団の幹部、そして四皇の一人と謳われる船長・赤髪ことシャンクスさん。個人的にはそんな肩書きはどうだっていいんだけれど、これでも一応自分は海兵。職業柄そういう紹介もさせて頂こう。

四皇と言えば、遠く離れた我が双子の兄は知っているんだろうか。その昔、住んでいた村に何度も立ち寄っていた大好きな海賊達が、今や世界の海の均衡を保つ為の勢力の一角にまでなっていることを。
まあ…十中八九知らないだろうなあ。知ったところでその意味はよく解らないだろうし、正直元気でいるならどうだっていいんだろう。あたしだってそうだ。



「何だ?さっきからニヤニヤしたまんまじゃねえか巴!」

「そりゃヤソップもだろ。」

「嬉しいのが何よりですけど、人ってびっくりし過ぎると笑っちゃうものですよ。確かに昔、航海の時に伝説の卵と牛乳を見つけたら是非持ってきてほしいとは
お願いしてましたけど、まさか今、幹部が揃って来られるとは思ってなかったですもん。」

「いや、一応お前の立場考えて、品物送るだけにしてやろうって話だったんだぜ?そしたら土壇場で、お頭がやっぱ直線渡しに行くって言い出してよお。」

「シャンクスさん…。」

「いやほら!ルフィのめでたい話もあったし、折角じゃねえか!ほら見ろ!遂に出てきたんだぜ、ルフィ!」そう言って笑顔で見せつけられたのは、もう見慣れてしまったあの手配書。懸賞金三千万ベリー。その上に映る写真は今のシャンクスさんの顔に負けないくらいの笑顔で、思わずつられて笑う。横からは呆れたように、「海兵が知らないわけねえだろうよ。」とのベンさんのツッコミが入るけれど、そこは敢えて気にしないであげよう。

手配書に記されたその写真の人物の名前は、モンキー・D・ルフィ。それは十年以上前に、シャンクスさんの左手と引換に生き延びた少年の名前。そして、我が双子の兄の名前だ。

海を飛び出して早速好きなようにやり始めたようだけど、その内おじいちゃん─海軍の英雄・ガープの孫だと知られたら大騒ぎになるんだろうなあ。まあそれは、あの海に入って無事に生きていけたらの話。

兎にも角にも未来のことは置いておいて、我が兄の出世をまるで無邪気に喜んでくれるシャンクスさん達が、あたしは何より嬉しいわけだ。そうして昔と変わらず、陽気なシャンクスさん達の掛け合いは続く。



「分かってるけど祝いたいじゃねえか!それにコイツらだって会いたいっつって無理矢理ついてきたんだぞ?ヤソップなんてほんとしつこくてなあ。」

「違ェよ!巴に届けんなら俺が届けてやんのが一番喜ぶっつったのにお頭が張り合ってきたんだろうが!」

「どっから湧くんだよその自信!」

「─まあ、そんなこんなで四人で来たわけだ。」

「そういうこと。」

「あははは…!」



ああほんとに、まだお茶も出してないっていうのにどれだけ笑わせてくれるんだろう、この人達は。

笑って震える手で何とかお茶を淹れて、お茶請けに丁度よく冷えたプリンを差し出せば、ペロリと食べてしまうラッキーさんに、ちびりちびりと摘むベンさん。まだプリプリしているヤソップさんも口を塞ぐように黙々食べて、食べ始めるとさっきまで口論していたことなんてすっかり忘れてしまったらしいシャンクスさんは、美味いな、と笑う。いやいや、今持ってきて頂いたこの材料を使えばもっと断然に美味しい筈ですよ…!あたしのおやつがお茶請けですみません。



「それにしても、いつ東の海に来たんですか?海軍には特に情報流れてなかったですけど。」

「本船は向こうにいる。俺達は単独でこっちに来たからな。あとは向こうの仲間が上手くごまかしてくれてるさ。」

「本当に小娘一人との約束守る為にわざわざありがとうございます。素晴らしい材料ですよこれ…!今日は泊まって行って下さいね!お礼に腕によりをかけて夕飯作りますよ!」

「よっ!!待ってましたあ!!!」

「大丈夫なのか?お前も…さっきのじいさんも、一応は海兵だろう。」

「あ、駐在さんなら心配しないで下さいベンさん。間違いなく本部に連絡も入れてないでしょうから。さっきも言いましたけど、あたし達、職業海兵なんですよ。お役所仕事と言いますか…仕事はできるだけ少ない方がありがたいんです。」

「…ならいいが。」

「いやー昔からお前の作る飯はうめえからなあ!こんなとこで海兵なんかしてないで、マキノんとこで専属料理人にでもなりゃあよかったのによお。」

「あはは、マキノさんの料理には敵いませんよ。それに…おじいちゃんがあれだけ孫達を海兵にしたがってたのに、一人もならず終いじゃ可哀想じゃないですか。」

「その材料も、お前のじいさんにプレゼントする為だったなあ。」

「ほんとに巴はじいさん想いだなあ〜俺は将来おめえみたいな孫が欲しいぜ…。」

「やだヤソップさん、あたしは娘みたいなものじゃないんですか?」

「おおよ!!俺にはお前と同じくらいの息子がいてなあ…」



あ、懐かしいヤソップさんの十八番話。聞きすぎて出だしから終わりまですぐに思い出したけれど、ラッキーさん達に聞き飽きたから止めろと遮られて途中で止まる。懐かしいからちょっと聞きたかったのにな。でも夕飯でお酒が入ればまた聞けるだろうし、まあいいか。

さて、そうと決まれば早速料理の準備をするに限る。灯台だから当然縦には大きいけれど、横には小さいこの部屋は、キッチンにいても声は充分に聞こえる。というわけで、下拵えをしながら話をさせて頂くことにして、冷蔵庫を開けた。…よし、何とか大食らいに対応するだけはある。お酒はまあ、おじいちゃん用に漬けてる梅酒を拝借して…。

と確認していると、後ろからまだ愉しそうに笑っているシャンクスさんの声が飛んだ。ガサガサという紙の音から、まだあの手配書を見ているんだろうか。













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