「本当に行くのかい?巴ちゃん。政宗様にお呼ばれされたんだろう?」

「いやいや、お客様いらっしゃってるみたいですし、とてもお邪魔しに行けないですよ。それに何か嫌な予感がしますし、迎えの方が来る前に発とうと思います。それじゃあ、お世話になりました。またよろしくお願いしま」

「相変わらずいい勘してるじゃねえか、巴。」

「………ご無沙汰してました、片倉さん……。」



政宗様に言われた通り、すぐに迎えに出たのは正解だったな。

久しぶりに見た巴はすっかり旅の支度を終え、前と同じでかい瓶を背負って、店の前で店主達に別れを告げている真っ最中だった。

声で気が付いたのか、アイツは諦めたように振り返り、驚きもせずに挨拶をする。ったく…また逃げるつもりだったか。



「ていうか迎えに自分の右目をよこすとか、どんだけ豪華なお迎えですか…!!」

「お前が二度も逃げてるからだろう。政宗様が直々に首根っこ引っ張って来なかっただけ有り難いと思え。」

「いやほんと…あたしただの流れ者なのに…。」

「いいからさっさと来い。迷惑かけてると思ってんなら、かわりにまた菓子でも作ってけばいい。」
「…ありがとうございます。」



諦め顔から複雑そうな笑みに変わった表情を確認してから、店主に断って城へと戻る道に足を進める。ここで逃げ出すほど、コイツの往生際は悪くない。小さな足音は、斜め後ろから続いた。



「オイ、その瓶貸せ。」

「え?ああ、大丈夫ですよ。今材料が少ないので軽いですし。」

「女にでかい荷物持たせたまま隣歩けってんのか。いいから貸せ。」

「な、何かすみません…。気を遣って頂いて…。」



気を遣ってんのはてめえの方だろう。そう言ってやりたかったが、それはコイツの性格だから直そうにも直せないだろうことは分かっているので止めた。

受け取った瓶はやはりそれなりの重さで、必需品が詰まっているとは言え、あの小さい肩でこれを持って日ノ本中を歩いてるんだから正気を疑う。

そんなことを考えて、一瞬間が空いた後、巴は気を取り直したように言葉を紡ぐ。



「そういえば、藤次郎さんと一緒にいらっしゃった、あのお客様は何ていう方なんですか?」

「あ?真田のことか?」

「真田さんっていうんですか?いい食べっぷりな方で、橙色の髪の従者さんが一緒だった…。」

「甲斐の武田信玄の弟子で、上田の城主の真田幸村だ。なんだ、あの忍も姿見せたのか。」

「あ、やっぱり忍の方なんですね。屋根の上にいたんですけど、藤次郎さんと真田さんが店先で勝負始めようとしたんで、降りてきてくれましたよ。」

「またか…政宗様が迷惑をかけるな。」

「いえいえ、色男が三人も並んでいてくれたので、お陰様で商売繁盛でした。まあそう思って下さるなら、今見逃して欲しいんですけどね。」

「それとこれとは話が別だ。」



僅かに後ろを歩く巴の顔は見えないが、苦笑いは気配で分かる。この話を続けていると、城に着くまでにコイツ十八番の屁理屈で論破されて逃げられそうな気がするので、何か別の話題はないかと考えて、ああ、と言うべきことを思い出した。



「お前から貰った《とまと》ってやつの種だがな、今年の夏の暑さの中で随分威勢良く伸びて、今丁度真っ赤に実っているぞ。」

「本当ですか!じゃあ今が食べごろですね!もう収穫されましたか?」

「いや、食べ方が分からないもんだからな。お前が来るのを待ってたんだ。」

「え?あたし食べ方教えてませんでしたっけ?すみません。もうそのまま丸かじりしていいんですよ。四つ切りにして彩りに出したり…でも折角ですから、今回は西洋風に調理してみましょうか。」

「ああ、楽しみにしている。」



しかしコイツが南蛮の料理を作るとなると、政宗様が客を放って見学に来かねないな…。着いて暫くは無事連れてきたことは黙っておくか。

それに、真田の忍がこいつに会ったということは、少なくとも身元を調べるくらいのことはするだろう。調べて分かるものなら巴にとっても有り難いことだろうが、恐らく無駄足に終わる。そう言い切るのは、希望を断ち切る行為なのだろうが、既にうちの忍達を総動員して調査済みなのだから、言い切るしかない。

兎に角、真田が城にいる間は、猿飛は巴に警戒を飛ばすだろう。こいつがそれでまた、余計なことを考えなければいいんだが…。




「片倉さん。」




妙にはっきりと紡がれた呼びかけに、思考が途切れて振り返る。気が付けば巴はかなり後ろに立ち止まっていて、静かな笑顔を浮かべていた。


ああ、またこいつは。





「藤次郎さん共々、沢山心配して頂いて、本当にありがとうございます。それだけで、大抵のことは大丈夫なんですよ。」





南蛮語を話せる、珍しく美味い料理や菓子が作れる。それらは政宗様が興味を持つに充分な特技だったが、政宗様が、俺が、この城を巻き込んでまで巴を気にかけるのは、そんな浅い好奇心からじゃあない。

見目は変哲もないただの少女のくせに、突然見せる深い深い、人を見抜く視線と、その裏にある危うさ。その異様とも言える釣り合いの無さが、存在の現実味を霞ませて、不安になる。

─政宗様は恐らく、その不安定さを、自身に重ねたのだ。身分も立場も境遇も違う、けれど、幼い頃の政宗様と同じものを必死に求めて足掻く、巴を。





「…早く来い。」

「はい。」



小走りに駆け寄る巴は、また僅かに後ろにつき、付かず離れずの距離を歩む。…これがこいつの距離だ。

政宗様が初めて城にこいつを連れてきてから、分かっているだけで二度ほど巴は城下に訪れているが、そのどちらも政宗様の誘いを断り、甘味処で数日路銀稼いでいつの間にか発っている。それが、距離。

どうすればその距離を縮められるか。簡単な話だ。巴が探している生き別れの兄と再会できればいい。分かっているが容易じゃない。政宗様はそれを分かって、結局は強引な手段に出るのだ。そうすることしかできない。


だから、その為に遣わされた俺ならば、少しくらい強引にやってもいいだろう。



「わっ…!?え、……あの、片倉さん?」

「なんだ。」

「いやなんだじゃなくて。え?この繋いだ手はなんですか?逃げませんって。」

「前例があれだけあるんだ、信用できねえなあ。うっかり逃げられでもしたら、俺が政宗様に大目玉を喰らっちまう。」

「だ、大丈夫ですって!荷物持たないまま出られませんよ!」

「いいから大人しくついてこい。転ぶぞ。」

「〜…はあ…。」



溜め息にも聞こえる相槌を肯定と取って、もう後ろを気にせず足を動かす。巴の言った繋ぐ、なんて可愛らしいもんでもなく、無骨に掴んだ手の平に触れる感触は、本当に小さく、頼りない女の手だった。

しかしこの手は、およそ菓子には向かない野菜達を誰もが唸る菓子に変え、まるでガキにやるように政宗様の頭を不躾に撫でる。それはそれは貴重な手だ。



だからそう、出来る限り最大限で、守ってやらないとな。





「……お父さんだ。」




おいコラてめえ。







「あ、そうだ。ゴボウって少し分けてもらえます?」

「ゴボウ?ああ、別に構わねえが。」

「よかった。プリンの材料はもうないんですけど、粉はまだあるんで、ゴボウのケーキ作りますね。」

「何だと…。」






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