「いい子だねえ、巴ちゃん。竜の旦那の身分分かってるんでしょ?なのに俺様にも対応変わらないし。」

「アイツはさして身分なんざ気にしねえ。元々そういう奴だ。」

「でも変わった子で俄然気になっちゃうなー俺様。最初の質問も突飛だったけど、南蛮語まで喋れちゃうんだもん、俺様びっくり。竜の旦那が仕込んだの?」

「そう言われてみれば…」



佐助がぷりん大福を食べてしまったことにすっかり気を取られていたが確かに、先程二人は異国語で話していた。

政宗殿が南蛮語を交えて話すのは以前からなので些か慣れてはきたが、返す言葉までも異国語なのは初めて聞いたかもしれない。佐助ではないが、この親しさからすると、やはり政宗殿が…?



「No,アイツは本場仕込みだ。」

「え?ってことはまさか?」

「彼女は南蛮の出身だったのでござるか!?」

「そうじゃねえ。生まれは日の本で、海を渡って数年向こうの国で暮らした後に、また戻ってきたんだ。」

「何と…!」

「へえ〜。」



成る程、海の向こうの国々まで渡り歩いて回ったというのなら、あの落ち着きに合点がいく。まだ若いというのに、随分貴重な経験を積んでいるようだ。もしや、あのぷりん大福というものも、南蛮の食べ物なのであろうか。

思った途端、微かに口に残っていた、あの柔らかい舌触りとまろやかな甘みが鮮明に蘇る。くっ…!あれがもう暫くは食べられないとは…!!改めて怨み直すぞ佐助…!!

じとりと横目で睨む俺の視線に気付かぬ振りで、佐助は更に政宗殿に問うた。



「じゃあ、あの最初の質問は一体何なの?自分と似た顔をした少年知りませんかってやつ。」

「生き別れた兄を探してんだとよ。会う奴全員に聞いて回ってる。」

「そのような事情が…。」

「ふーん、成る程ねえ。」

「てめえも仕事柄、そこら中飛び回ってんだろ。心当たりがあれば教えてやれ。」

「はいはい、分かりましたよっと。今のとこ特に見覚えないけどね。」

「…そうか。」

「……?」



政宗殿らしくなく、ぽつりと打った相槌は、店の中に新たに入ったおなごの客達のざわめきにかき消されていく。横顔を見れば、真剣みを帯びた表情が遠くを見つめていた。

政宗殿が今、何を考えておられるのかは全く分からないが、ただそれは、時々菓子を売りに現れる流れ者の、私的な事情に対して見せる表情としては、あまりに感情移入をしているように思えた。…否、俺が薄情過ぎるだけなのだろうか…。南蛮語を使える者は珍しいから、貴重な友人と思っておられるのだろうか。



「でもさ、」



と、また口を開いたのは佐助。はっと我に返った俺の隣で、政宗殿は視線をこちらに直し、続く言葉を待つ。


そう、これは、当然の疑問。




「流れ者で菓子職人で双子の兄を探してる、ってだけの女の子がさ、屋根の上で気配消してる忍に気付くと思う?あんな驚きもせずに、疑うことすらしないでさ。」

「親切に答えてやってたが、てめえの質問責めにはもう飽きたなあ。」

「あれ〜これははぐらかすんだ?」

「佐助。」

「巴のことは巴に聞きゃいい話だ。忍なら忍らしく、知りてえことは自分で調べろ。一つ言っておくなら、アイツは前にうちの城に暫く留まったことがあるからな。忍に慣れもするだろう。」

「じゃあとりあえず、そういうことにしとこうかな。巴ちゃん後で来てくれるって言ってたし、お話させてもらおっと。」

「政宗殿、部下の無礼お詫び申す。」

「Ha!今更だろ。」



言って気にする風もなく笑い捨てる政宗殿も、忍の隊を使われる者。忍の詮索の性はよくお分かりになられているのだろう、きっと。

言われることも尤もだ。敵なら兎も角、そうではなく、ただ気配に敏感なだけなのかもしれないし、声も届く近さにいる者への疑問を、何も周りの者へ全てぶつけるのはおかしい。

そういうことでその後、我々は巴殿のご好意に賜り、暫しそこで彼女がくるのを待っていたが、何故か店にはおなごの客が絶えず、結局茶を淹れ直しはしてもらったものの、再び話をする機会はなかった。混み合う店にも悪かろうと、仕方なく今日は退散することにする。相変わらず彼女は忙しそうに廚と客との間を行き来していたので、近くに来ていた女将に声をかけ、我々は店を出た。



「そういえば、さっき巴ちゃんに言ってたのは本気?」

「Ah?どの話だ。」

「あとで城に寄れってやつ。一応うちの旦那がいるんですけど。」

「別に同じ部屋に泊まれっつってるわけじゃねえんだ。構いやしねえだろ。」

「まっ政宗殿っ!!!破廉恥でござるぞ!!!」

「pudding大福の材料はもうねえが、アイツのことだ、城にあるもんで何かしら作っていくかもしれないぜ?」

「某に異論はないでござる!是非お呼びいたしましょうぞ!!」

「うちの旦那を甘味で釣るの止めてくれない?」



呆れ顔で佐助が何か呟いているが、なに、気にすることでもない。それに本当に招いて下さると言うのなら、我々の巴殿に対する疑問も解消されるのだ。一石二鳥ではないか。しかしあのように美味なる大福を作るのだから、他のものでもさぞ旨かろう…!



「もー…ま、別にいいけどね。右目の旦那が怒っても知らないよ。」

「Don't worry.」

「だから南蛮語で答えられても分かんないって…まあいいや、俺様先行くから。旦那、くれぐれもその辺で喧嘩してないでよ。」

「うむ!心配するな!」



城下から城までの短い道のりの間に心配することなどないというのに、佐助はくれぐれも、のところに力を入れて繰り返し、ふっと姿を消した。

再び二人になった空間で、活気のある町並を眺める。いつ来ても、政宗殿が堂々と案内するこの城下は明るい雰囲気に溢れていた。

彼はこうしてしょっちゅう、身分を隠して町を見回っているのだろう。某も見習って、佐助に課している団子の買い出しを自分で行くことにしようか。…ううむ…常日頃、身分を隠しきれてないと注意されていることを考えると、佐助に反対されそうだ。政宗殿も忍んで町中に出る度に、片倉殿に小言を貰っていると言うし…。そうだ、片倉殿と言えば。



「佐助も言っておりましたが、突然巴殿をお招きして片倉殿は何か仰らないでしょうか?」

「城主は俺だ。文句は言わせねえ。」

「はあ…。」

「猿は職業柄疑わずにはいられねえだろうが、巴ほど疑う気が削がれる奴もなかなかいねえよ。それは小十郎も解ってる。巴はまた逃げるだろうけどな。」

「逃げる…!?な、何故また…。」

「人に頼らなけりゃ生きていけねえと分かってるのに、頼ると迷惑をかけるのlineが引けねえ奴だからな。まあ…うちに関しては、俺達も悪いんだが。」

「…?」

「Don't let it get to you!店が混んでる間はアイツは発てねえ。さっさと戻って、逃げようがねえとびきりの迎えを送ってやろうじゃねえか。」



宵の美味いつまみの為にな、と、政宗殿は悪戯にニヤリと笑ってそう言われたが、やはりどこか…巴殿に対して、特別な感情を感じるのは…。

そう思った瞬間、不意に先刻佐助がふざけて言った《大事な人》という言葉が蘇って、かあっと顔に熱が昇る。まままさか…!!そんなことは…!!



「オイ、何一人で百面相してんだ?」

「ななななんでもないでござる!!!!」

「そういやあ真田、お前初なのも程々にしとかねえと世継ぎ作れねえぞ?大丈夫か?」

「いっいきなりなんの話でござるか破廉恥な!!!」

「あのなあ、男は破廉恥ぐらいが丁度いいんだよ。お前も興味あるんなら、いっそガツガツいっちまえばな…」

「政宗殿っ!!!公衆の面前でそのようなっ…!!」

「Ah?そのようなってどのようなだ?詳しく言ってみろ。」

「っっ…!!!破廉恥でござるうぅああああ!!!!!」

「…ったく…戦の時の冷静さはどこにflyしちまってんだ?」



堪えきれずに逃げ出した後ろで、政宗殿が何か呟いていたが、聞けばまた破廉恥な戯言であろうと判断して、失礼を承知で無視をさせて頂いた。

今思えば、そんな風にして巧くはぐらかされたと言えよう。また彼女の話題を出せばぶり返される気がして、その後は城に戻ってからは、当たり障りのない話ばかりをしていた気がする。



そして夕刻、政宗殿と手合わせをさせて頂いて、すっかり昼間の件を忘れた頃、彼女は現れた。片倉殿の背後から顔を見せた巴殿の姿は殊更小さく見え、客の立場に代わったせいか、かなり遠慮がちにこちらに会釈をする。




「さっきはありがとうございました。結局お邪魔してしまってすみません。」




その申し訳なさそうな硬い表情よりも、先刻のように気楽に笑っていた方が可愛らしいのに。

と、思ってしまったことをうっかり口にすれば、やはり政宗殿に何か言われかねないので、未熟な某は何とか飲み込み、赤くなりかける顔を、気付かれぬようそっと振った。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -