「随分古い造りの船に乗った奴らでなァ。大した実力はねェと踏んでいたんだが、なかなか落ちねェ。様子を見に行けば、一人しぶとい野郎が居るらしい。人数で畳を掛けりゃあ何てことはねェが、無駄に戦わせる気もなかったんでな。それで俺の能力で、少し脅しをかける気でいたんだが。」

「消えちゃった、と?」

「そうだ。消えちまった。目の前から、跡形も無く。」

「……。」



…どういうことですか、それは。話を聞き終えてすぐに頭をよぎったのは、海外の有名な海難スポット。でもあれは確か、白い霧だかモヤだかが現れて…ってやつではなかっただろうか。

ていうかそんな怪しい場所にUターンさせてしまってごめんなさい!船員さん達、それについては一切文句言ってなかったよ!なんて男らしい人達…!!



「島ってのは不思議な力がある。俺達人間が知り得ねェ力だ。分かるな?」

「…はい。」

「だが俺の能力は、その島自体を物理的に揺らす力がある。厄介なことにな。」

「揺、らす?」

「今までも何度かあったんだ。根っこが揺れればどこかが歪むように、見えない部分にも隙間ができるのか、それは俺には分からねェ。」

「エドワードさん、それって、」

「百聞は一見にしかずだ。あの海賊船がいきなり現れていきなり消えたように、トモエも突然現れた。振動ってのは、遅れて響いてくるもんだ。多少の時間差をそれで理由付けるとするなら─おめェは此処から帰れるだろう。」

「っエドワードさ…!」



あたしの体を支えるように左手を添えて、エドワードさんは空いた右手を持ち上げる。手のひらを向けた先はあの岩々。ほんの微かに彼の眉根が顰められたその時、差し出した手がブレたように見えた。


揺らす、歪む、振動──ああそうか、エドワードさんがずっとあたしに黙っていた能力って。





「っ…エドワードさん!あたしは、エドワードさんの能力を恐いとは思いませんからね!だってエドワードさんが使うなら無闇やたらに使うわけないですし!寧ろエドワードさんが持ってて安心の能力です!あと!お世話になりました!またお世話になりに来ます!エドワードさんも白ひげ海賊団の皆さんも、みんな大好きですよ!!」



震える空気と視界に、急速な別れの予感を感じてあたしは叫ぶ。ああ、狡いですよエドワードさん。何も言わせずに帰す気だったんじゃないか。いくらまた来ると約束したからって、冗談でも妻と呼んだ女に対してそれはないでしょう。これだから海賊の男の人は!そういうとこ勝手過ぎますよ!

と、霞んでいく視界を凝らして見上げれば、エドワードさんは今までで一番驚いた顔をしていた。さっきの旦那様にしたい発言よりもっと、そして、あたしには分からない他の驚愕の色も含ませて。




「あァ…そうか、おめェは…」

「え?」

「忘れちまってて、悪かったな。まァ、それだけ俺もショックだったんだぜ。グラララ…」

「?エド、」




ワードさん、と続く言葉は、突然の浮遊感に飲み込まれる。─あ、違う、これは浮かんでいるんじゃない、落ちてるんだ。

そう気付いて、反射的に体勢を整えると、間髪入れずに足の裏に感じた着地点。そのまま固まること数秒、どこも打たずに済んだことを頭が理解すると、背中にドッと冷たい汗が流れた。あっぶな…!!エドワードさんに支えてもらってた筈なのに、何で落ちて──



「おい!女がいるぞ!ワノ国の女だ!」

「えっ…?」

「あぁ?さっき消えた敵船の奴か?幽霊じゃねえのか?」

「いいや、幽霊じゃねェ!掴めるじゃねェか!」

「った!?、っ─!!」

「ぐおっ!?」

「ぎゃははっ!コイツやりやがったぜ!」



何てことだ。この人達は誰。ここはどこ。

着地の硬直が解けた途端、目に入ったのは変わらぬ快晴と知らない男の人達。いくらエドワードさんの船に膨大な人数が乗ってるとは言え、その中にはこんな風にいきなり女の髪を乱暴に引っ掴む人はいない。一人としていない。何せエドワードさんが紳士だから。そんなことをしたらオヤジ直々に怒られることは目に見えている。

だからあたしも遠慮無く反撃したのだ。イゾウさんにもやられたら全力でやり返せと言われていたし。そうして力一杯蹴り上げてから、顔を上げたその先─空の色は変わらないものの、そこには明らかにモビー・ディックさん達鯨船の造りとは違う甲板と、全く知らない男の人達がいたのだからこれ如何に。



「よく見りゃガキじゃねえか。何ガキに吹っ飛ばされてんだ、情けねえ!」

「しかし恐いもの知らずだなあ、お嬢ちゃん。もうアンタの乗ってた船は消えちまったぜ。」

「こんだけやられて戦利品がガキ一人じゃ割に合わねェが、何も無いよりマシだな。」

「おい、全員に回せよォ。」



…ヤバい。一体何がどうなってここにいるのか知らないけれど、多分これ色んな意味で危険な状態だ。そしてエドワードさんの船とまではいかないけれど、人数が多い。そしてあたし今着物で動きづらい。って言ってる場合じゃないけどね!何がなんだか分からないけど兎に角、自分の身は自分で守らなきゃ…!!

覚悟を決めて、着物の裾を襦袢ごと払って構える。…できれば着物も守れますように!

と、叶わなそうな、しかし高い着物だから切実な願いを強く胸に灯らせた、その時。




「オイ、てめェら。ガキ一人に寄ってたかって恥ずかしくねェのかアホンダラ。」




重低音の声が響いて、ざわざわと男の人達が後ろを振り返る。つられて同じ方向に目をやれば、頭一つ以上を軽く飛び出した人間がすぐに確認できた。あれ。




「ちっ、ニューゲートォ、邪魔するんじゃねェよ。俺達ァさっきの海戦でむしゃくしゃしてんだからよォ。何なんだアイツら、あんなふざけた海賊船、見たこともねェ。」

「そんなんはてめェの不甲斐なさを反省しろ。オイ、そこの嬢ちゃん。船に引き上げ逃したのか?戦闘中に姿を見た気がしねェが。」

「……………、」

「どうした、喋れねェのか。」



この最悪の事態を止めてくれる人がいらっしゃった!救世主!

と、お礼を言おうと開いた口が、そのままの形で止まった。声が出ない。辛うじて何度か瞬きをするけれど、不思議そうな顔で近付いてくるその人は、体格は兎も角としても、どう見ても青年程度の歳の男の人だ。でも、何度見ても見間違いじゃない。


周りの男の人達と、どこか根本的に雰囲気が違うその人は、筋骨逞しい胸板と腹筋を晒しながら申し訳程度にベストを羽織り、頭には黒いバンダナをしている。その下ではウェーブのかかった長い髪が潮風に揺れていて、その横には体と同じく逞しく長い顎。既視感に視線を上げてみるけれど、そこに特徴的な髭はなく、あるのは若さに溢れた皺の無い肌と、この場にそぐわない穏やかな目だけ。


ああ、あたしはこの目を知っている。毎日お茶をする時に、自慢の息子達の話をする時に、いつもいつも、見ていたから。





「エドワード、さん。」





語尾に疑問系を付けることもなく名前を呼べば、その人は一瞬前に見た、白髭を蓄えたエドワードさんと同じように目を見開いた。つるりと綺麗な額に皺が寄ったのを見て、ああ同じだなあと無意識に頬が緩む。





「おめェ、俺を知ってんのか?」







拝啓、ツナ、リボーン、そして小先生の奥さん。どうやらうちに帰るには、もう少し時間がかかりそうです。


…着物、無傷で返せるかなあ…。




【はじまりのおわり】





リクエスト「白ひげトリップ逆ハーからのオヤジ」

単行本のみの知識で好き勝手にお送りいたしました。リクエスト有難う御座いました。





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