「ティーチさんって運命論者なんですか?」

「仲間の受け売りだ。この世の全ては天任せよ、そう思うだろ?」

「さあ…助かったことに対して天に感謝はしますが、どうでしょうね。責任転嫁はしないように気をつけてはいますが。」

「フフフ、トモエは自分に厳しいな。だが偽善者ともよく言われるだろう。」

「お察しの通りです。でも、ティーチさんにとっての善って何でしょうか。」

「んん?」

「ああ、そっか…ティーチさんには、善も悪もあんまり隔たりがないんでしょうかね。人間、まず自分が気持ち良く感じることが基本になるわけですから、それを元に善悪が分かれていくと考えると、色々大変だったんですね。」

「おめェは理屈っぽくて頂けねェなあ。だがまあ、善悪の隔たりについては否定はしねェぜ。あってねェもんだろう。所詮、意見の相違ってだけよ。」

「どうしようもないとこですよね。ティーチさんのそういうさっぱりしたところは好きですよ。」

「ゼハハハ!おれもおめェの喰えねェところが好きだぜ!」

「でも、できる限り今が長く続くように願っています。」

「今?」

「今が。」




物事が変わらないでいくことは難しい。きっと何もかも変わっていくのは、あたしのいるべきあの場所でも此処でも同じ事。それでも、こうやって誰もが笑っている今が、少しでも長く続いて欲しい。

意見の相違、かあ…。何だかんだ、善悪と言ってしまうより難しい事だよなあ。意見を合わせれば仲良くできると分かっていても、できないから諍いは尽きない。─六道さんにしろ、ザンザスさんにしろ、ティーチさんにしろ。

彼は聡いから、あたしの含んだ言葉の意味も解っただろう。けど、理解はしても、同調はしてくれない。




「ティーチさんは、この船から出て行かれるんですね。」




ぽろりと口から零れるように出た言葉は、暗い海に吸い込まれた。

何だろうなあ、そんな話をしているつもりはなかったんだけど、何となくそう思ってしまった。気付いてしまった。

当たるのはいつも悪い予感だ。この人が船から出ていくのと、あたしがこの船からいなくなるのとは、きっと意味が違う。




「…やっぱり、おめェは悪くねェ。」




ああ、こちらの気も知らずに悪い笑顔だこと。彼の言葉も何かを含んでいるようだけれど、知らないふりをさせて頂く。あたしはこの人の生き様に干渉する権利なんて微塵もない。ないけど、



「また来る予定ですから、せめてその時は顔くらい見せて下さいよね。」

「ゼハハ、ああ、分かった分かった。」

「約束ですよ。」

「おう、約束だ。」

「約束です。」



一つくらい、繋いでおいたっていいじゃないか。

エースさんとは違う意味で、あたしはティーチさんが放っておけない。こんなに豪快なのに、いい加減で陽気なのに、どこかにぽっかり空いている穴に、引き寄せられるように目が離せない。

仕方ないと表情で言ってしまっている彼に、差し出した小指を無理矢理絡めさせて、子どもの時のようにガンガン振った。嘘吐いたら針千本飲ます…



「執念深さがイゾウに似てきたんじゃないか?」

「元からです。あたしに心配させたのが運の尽きですよ。」

「おお、怖ェ。」



そう言う割には何か機嫌良さそうですね…色々呆れてるんですか。まあ、ティーチさんは機嫌が悪い時の方が珍しいか。引っかかるけど、もうこれ以上突っかかるのは止めておこう。約束はできたし。



「それは兎も角、ちょっと相談があります。」

「ん?」

「帰る前に皆さんにお礼したいんですけど、何したら喜んでもらえますかね?お金も無いし、やれることが限られますが…。」

「ああ、なんだそんなことか。」

「そんなことですみませんね。ティーチさんが一番遠慮無さそうなので参考になりそうだと思ったんですが。」

「ゼハハハ!おめェは俺を何だと思ってんだ!」

「…男のロマンの体現ですかねえ。」

「嬉しいこと言ってくれるじゃねェか。いいぜ、アドバイスくれてやる。」

「お願いします。」

「じゃあ、今おれとしたみてえに指切りして回れ。」

「…はい?」

「指切りだ。」

「…あの、指切りは約束であって、お礼にはならないと思うんですが。」

「おめェがまた来るだけで喜ぶ奴らばっかりだからな、それで充分だろ。」

「ええー…いや、でも…。」

「少なくとも、おれの気分は良くなったぜ。」



意外な台詞に改めて顔を上げるとそこには、誰もが嫌がるクセのありまくりな果実を使ったパイをご機嫌で食べている時のティーチさんの笑顔があった。…例えを加味すると複雑だけれど、兎に角、あたしにこんな笑顔を向けてくれたのは初めてで、思わずつられて笑う。



「おお、おれにそんな顔向けたのは初めてだな。」

「奇遇ですね、あたしも今同じことをティーチさんに対して思いました。」

「ゼハハハ!可愛げのねェ!!」

「それはお互いさ、ま…くしゅっ!!」



う、しまった。ずぶ濡れのままぼんやりしてたから冷えてきたかな。同じくずぶ濡れだったエースさんは…うん、大丈夫だろうな、火の人だし。走り回ってるだろうし。それよりくしゃみと同時に背中がゾクゾクしてきた。これは早いとこお風呂に入らないと…



「巴……今すぐ風呂に入れ。今すぐだ…分かったな……?」

「今すぐ入りますごめんなさいイゾウさん。」



悪寒は冷えだけではなかったようですハイ。すみません今すぐ行きますから背後で銃をガチャガチャ言わせるの止めて下さい!ていうかいつの間に戻ってきてたんですかエースさんは果たして無事なんですか!?



「いいじゃねェかイゾウ。色気のねェトモエが珍しくイイ格好してんだからよ。ゼハハ!」

「ティーチイイイィィ!!!てめえも鉛弾の錆びになるか!?アァ!?」

「えっ、ちょ、ティーチさん“も”ってなんですか!?エースさん無事なんですか!?」

「巴はさっさと風呂入れっつってんだ!!!」

「すみませんでした!!」





しかし結局その後、こっそりエースさん(ボロボロ)を探しに行って、お風呂に入るのが大分遅れてしまったせいか、次の日には軽く熱を出してしまった。
まあそこはナースさんだらけのお部屋にお邪魔しているから、微熱程度問題ない筈だったのだけれど、薬を飲んで救急室で眠って目を覚ましたらイゾウさんの部屋とはこれ如何に。



「ああ、目ェ覚めたか。安心しろ、救急室にいると見舞いの野郎共が溢れて休めねえからな。熱が下がるまでここでゆっくり寝てけ。一人で部屋から出るんじゃねえぞ?一歩もだ。分かったな?」

「…はい…。」



般若顔じゃなくて優しい笑顔なのが逆に恐いです、イゾウさん…。


というわけで、指切り巡りは延期になってしまったけど、イゾウさんの目を盗んで会いに来てくれたエースさん(まだボロボロ)とは一足先に指切りをできた。ついでにティーチさんの安否を訊ねると、流石は図太い彼、ピンピンしている挙げ句、イゾウさんに監禁生活は楽しいかなどと言ってイゾウさんを荒ぶらせているらしい。め、迷惑な…。



「…ほんとにごめんな、トモエ。」

「汐らしく謝るエースさんって不思議です。」

「てめっ…!」

「もう気にしなくていいって意味ですよ。手を振り払われたのは根に持ってますけど。」

「あっあれは…!また火に触って火傷されたら面倒だろ!!」

「面倒?へえ、面倒…。」

「っ…し、心配するっつってんだ!!」

「はい、ありがとうございます。やっぱりエースさんは優しいですね。」

「なっ…ばっ…!!」

「そんな優しいエースさんに一つお願いがあるんですけど。」

「あ?…ここから出せってのは無理だからな。」

「ええそれは解ってます。ので、イゾウさんの好きなお酒持ってきてくれませんか。」




そういうわけで、イゾウさんとの晩酌の約束を果たして漸く、あたしはショート監禁ステイを終了することができた。勿論指切りもしましたとも。エースさんに引き続き、意外にもティーチさんの言う通り喜んで頂けたのでよかったよかった。ティーチさんの進言であることは伏せておきましたけどね、当然。





「ってことがあったんです。エドワードさんも指切りしましょう。」

「構わねえが、お前の小指を折っちまいそうだなあ。」

「あいた!」





一緒に居れるのは、あと少し。





.



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -