海賊船の食事というのは非常に賑やかだ。特に夕飯なんかは、それはもう毎晩宴会のように。
が、そんな毎日でも、改めて宴会をすることがあるらしい。何でも、何番かの隊の方達が、新しい同盟を結んできたとかの祝杯で。勿論あたしには直接関係のない話なので、全員参加のお達しが出ているとは言え、何食わぬ顔で参加するのも申し訳ない。
というわけで、今日は暫くコックさん達のお手伝いをしてせっせと給仕に励んでいた。
「トモエちゃん、お疲れ様。もうそろそろご飯食べてきていいよ。」
「え、大丈夫ですか?まだ皆さんお酒とか…」
「いい、いい。これからどんどん酔っ払いが出てくるからなあ。絡まれると大変だ。」
「ああ、巴。オヤジの傍はごった返すから今日は近付くなよ。」
「イゾウさん。お疲れ様です。どうしました?」
「いいから飯持ってあっちの端に行ってろ。いいか、絶対こっちに来るなよ。」
「え、イゾウさんと一緒に食べちゃ駄目ですか?お酌させて下さい。」
「……………いや、駄目だ。」
「間が長かったなあ、イゾウさん。」
「あー…邪魔になりますかね。」
「いや、サッチがそろそろ脱ぐ。」
「把握しました行きません。」
「…今度晩酌付き合ってくれるか?」
「はい喜んでー。」
「何で棒読みなんだ…。」
「いや、居酒屋のノリ真似なので俯かないで下さい。イゾウさん意外と打たれ弱いですね。」
「おっ、トモエ〜!一緒に飲もうぜ〜!!ヒュ〜!!」
「サッチさんも居酒屋の客の方のノリですね。服を着て下さい。」
「来るんじゃねえサッチイイィイ!!!その汚えブツを巴に見せたら跡形もなく吹っ飛ばしてやる!!!」
「何だよう、俺だってトモエに酌して欲しいもん!ゲフウッ!!?」
「うわタックル早っ!?ってジョズさん!?」
「マルコ。」
「任せろよい。」
「何かあれ以来マルコさんはあたしの顔をホールドする係りなんですか?見慣れてるから大丈夫ですよ。」
「!?」
「見慣れてるってどういうことだ巴エェ!!!」
「爆弾落としていくんじゃねえよい。」
と、一騒ぎ起こしてから、マルコさんにホールドされたままよちよち運ばれたのはビスタさんの横だった。ああ、確かにここなら静かにご飯食べられますね。
「見慣れてるってどういうことだ?」
「ビスタさんって地獄耳なんですか?」
やけにそこをしつこく突っ込まれつつ、ご飯を終えて宴会の輪から抜け出る。賑やかな食事は楽しいけれど、ちょっとこの人数だと賑やかの域を超えているし、既にもう眠い。
うう…でもお風呂入らなきゃ…。でも入ったところでこのままじゃ多分お風呂の中で寝る…。これはちょっと風に当たって目を覚ましてからの方がいいかもしれない。
「…ここは春の気候かな。」
船の外に出てもそれほど寒くないな、と、船の縁─手すりにもたれながら、風の中の季節を見るのは何度目だろう。今日は気温も相俟って、遠くから聞こえる微かな喧騒が何だか夜のお花見みたいな気分にさせる。
それが何となく物悲しく感じるのは、この船とのお別れが迫っているからだろう。
「…無事に帰れるといいんだけど。」
そう、あたしは帰るのだ。エドワードさんが言っていた、『以前海戦した場所』にもうすぐ着く。その場所に戻って何があるのか、エドワードさんは多くは語らなかったけれど、「後数日で目的の場所に着く。」とだけしか言われなかったにも関わらず、ああ帰れるんだな、とあたしの体が確信したのだから、きっと帰れるんだろう。
まあ、何となく不安げに呟いてみたものの、帰れるのかはあまり心配していない。エドワードさんは必ず帰してくれると言ってくれていたし、それはきっと大丈夫。
問題は、お世話になったこの船へのお礼なのだ。
何せ人数が人数だからなあ…。肉体労働をするにしろ、何かを作るにしろ、全員に行き渡らせるには無理がある。…ああ、改めて考えると、何て言うか…分かりきっていたけど、あたしって、
「無力だなあ…。」
「独り言が多いんだよ。」
「ぅ、わ!!?」
「、っおい!!」
突然間近で聞こえた声に、思わず振り返りざまに回し蹴りを放ってしまえば、聞こえたのは空気を切る音。そしてツッコミ。
あれ、と思う間もなく、どうやら飛び上がって蹴りを回避したらしい影が、上から近距離─目の前に着地する。一度瞬きをした後、まじまじと見つめればそれはご立腹のエースさんだった。げ。
「てめェ!!声かけただけで回し蹴りって何だ!!!」
「あああすみません!!あんまりいきなりで近かったのでビックリしての防衛本能です!!」
「ったく…。」
勢い任せに言い訳を連ねれば、エースさんはブツブツ言いながらも片手に持った樽グラスを傾ける。…って、あれ、エースさんが宴会騒ぎから一人抜け出すとか珍しい。何だかんだみんなから慕われてるし可愛がられてるし、本人も賑やかなの好きそうなのに。
そう思って、ちょっと首を傾げて、尋ねかけて止まる。え、あれっ。
「何だよ。お前も飲むか?」
「あ、いえ、あたし、お酒は飲めないの、で。」
「そうか?飯は食ったのか?お前いつまで経ってもガリガリだな。」
「ガリガリってほど痩せてない筈なんですけど…って言うか…エースさん?」
「ん?」
「酔ってます?」
いや、疑問形で訊いたけど酔ってる。明らかにこれ酔ってるよ!だって、他の人に対しては見せるのに、あたしの前ではいっつも顔をしかめていて決して見せない笑顔が今ここに!
何だろうこの嬉しいような悔しいような気持ちは…!酔っ払わなきゃ笑いかけてくれないんですかエースさん…!!
「酔ってねェよ。」
「酔ってます。お酒臭いです。火の体にアルコール注ぐって大丈夫なんですか?爆発とかしませんか?」
「お前はおれの体を爆発物か何かだと思ってんのか。」
「う、」
ごつ、と、冗談混じりで頭に乗せられた樽グラスが重い。が、しかし、下から覗くエースさんの口角はやっぱり上機嫌につり上がっていて、絡み酒か…と自然に諦めの溜め息が零れた。いいですよもう。ええ、父さんで慣れてますんで。
「もうすぐ帰るんだろ。」
そう思って身構えていたのに、意外や意外。エースさんはいつになく穏やかな顔つきで、あたしがさっきまで考えていた言葉を投げかけてきた。
ああ、他人の口から「帰る」と聞くと、一気に現実味が増すなあ。
「…もうすぐ目的の場所に着くって、エドワードさんから聞いてます。」
「ああ。」
「あの、お世話になりました。」
「今すぐ消えるようなこと言うな、紛らわしい。」
イゾウが泣くぞ、とエースさんは笑う。意外と表情豊かなイゾウさんなら冗談とも言いきれない。思わず苦笑が零れるけれど、何気なく言われた次の言葉に失礼な考えは全て消えた。
「兄貴に会えるな。よかったな。」
「……。」
「お、おい!なっ泣くな!!」
いやこれ泣いてはいないんです紛らわしくてごめんなさい。突然ガバッと両手で顔を覆って俯くなんて、確かに泣き出した様に見えても仕方がない行動なのだけれど、これは完全にあれです。こう、あああ恥ずかしいとしか言えないいぃ!!!
だって、だって…!“家族に会えるな”、じゃなくて、わざわざ“兄貴に会えるな”って言われたんだもの…!!気付かれてないとは思わなかったけど…!思わなかったけど…っ!!
「ブラコンではないんですブラコンではないんですブラコンではないんです!!」
「ぶ、ぶらこん?」
「知らないならいいんです…。」
忘れて下さい…と呟いて、熱を吐き出すように溜め息。いや、プラスに考えよう。エースさんもお兄ちゃんだもの、そういう意味だよ。ね!
「……あー…近親、」
「何言おうとしてるか分かりませんけど何となく止めさせて頂きますよその後は!!あと違います!!!」
マルコさんがあたしの顔をホールドする係なら、あたしはエースさんの顔を塞ぐ係なのか。食事の時やら色々と、何度となく押さえてきたエースさんの顔面を口中心にがっつり塞げば、当然いつも通り怒られると思っていたのだけれど、意外にもエースさんは黙ったままだった。
その違和感に恐る恐る手を放そうとするとより早く、エースさんの片手があたしの右手首を掴む。
「……。」
「え、エースさん?」
「…帰るのか。」
掴まれた手首が、エースさんの導きで彼の両目を覆う。溜め息みたいに零れた言葉が、じんわり胸に染み込んだ。
「帰りますよ。」
「…ああ。」
「また来ますよ。」
「気休めの嘘なんか吐くな。」
「嘘じゃないです。」
「親父が言ってた。トモエが帰るのは、ワノ国よりも遠くて、船でも行けない場所だって。」
「ああ…流石エドワードさん。分かり易い表現ですねえ。」
「お前一人でまた来れるわけねェ。」
「でもあたし、元々一人で来ましたよ。どうやって来たか分からないですけど。」
「分からねェくせにどうして嘘じゃないなんて言えるんだ。」
「あたしはこの船で海の男のロマンを学びましたからね。」
「…は?」
「結んだ約束は必ず守ります。もう二度と会えないなんて理屈、この非常識な海が守ってくれる保証なんてないですよ。大体、一度出来た縁は早々切れるものじゃないんですから。」
「……。」
「だから、また来ますね。」
屁理屈を並べて、身に余る希望を口にして、カナヅチで海賊をするようなこの海の男の人達に影響されて、随分大きなことを言っちゃったなあ。この人達と比べたら、あたしなんて度胸も腕っ節も劣りに劣ると言うのに。
…でも、
「…仕方ねェから、待っててやる。」
「はい。」
待ってる人がいてくれれば、あたしはきっと頑張りますからね。
だからそんな、泣きそうな顔しないで下さいね。
…と言った瞬間、お酒効果で今までナリを潜めていたエースさんのツンの部分が、元気良くご起床されてしまった。
「っ、泣いてねェ!!!」
「あーいや、泣きそうな、ですって。」
「してねェ!!!」
「はいはい分かりましたから、とりあえずそのお酒飲み干しちゃって下さい。」
さっきからグラグラする度に微妙に零れてて勿体ないですよ、と促せば、まだ物言いたげながらも一気に煽る。うーん、男の人に“泣く”はNGだったか…。ランボ君がいつも泣いてたからそこのお気遣い忘れてたよ…まあ酔ってるし、許してくれ…
「…って、エースさん?ちょ、足元フラフラですよ?」
「んなこと、ねェ。」
「いや、所々火が漏れてますし…!どんだけ飲んでたんですか!?それともお酒弱いんですか!?」
「弱くねェ!!」
「どっちでもいいですけど足取りやばいですよ!肩貸しますから掴まって下さい!ほら!」
「、っ!触るな!!」
あっまたそうやって傷付く感じの拒絶を…!いくら慣れたとは言え、傷付くものは傷付くんですからね!
と、振り払われた腕を無理矢理掴もうと手を伸ばす。が、何故が手応えがない。あれ?
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