「おお!そなたがこのぷりん大福とやらを作られた職人でござるか!大変美味にござる!!」
「有り難いお言葉恐縮です。不躾にすみませんが、あたしと似たような顔をした同じ年頃の少年を見たことはありませんか。」
「………はっ…?」
まるで挨拶の常套句を紡ぐかの如く、一寸の躊躇いもなく綺麗に返された返事─というか、恐縮の相槌とはまるで関係のない問いかけに、拙者は意味を理解するまでに暫し止まる。
すると横から拙者と同じようにぷりん大福を頬張っていた政宗殿はクツクツと笑い、「Hey,見たことあんのかないのか。」と彼女の問いを繰り返した。その時俺はようやっと止まっていた自分に気付き、慌てて返事を返す。ないでござる、と。
「そうですか。いきなり失礼しました。」
「いっいえ…。」
「気にすんな真田。これはコイツの挨拶代わりだ。」
政宗殿にそうは言われても気になる。挨拶代わり…にしては、妙に意味深な挨拶だ。しかしながら政宗殿は既に次のぷりん大福に手をつけており、皿の中で一段と数を減らしたそれに危機を感じた俺は、とりあえず新たな大福に口をつけることが先決だった。
『物を食べながら喋らない!』─どこからか佐助の幻聴が聞こえて、疑問を抱えながらも黙々と口の中の大福を味わう──さて、事の始まりはなんだったろう。
お館様のご用と政宗殿との手合わせを目的に、奥州の地に足を踏み入れたのは昨夜のことだった。
政宗殿はあの時やけに上機嫌で、「Welcome!よく来たな真田幸村!てめえは運がいい。」と開口一番そう言うと、礼を述べ、運が良いとはなんのことでござろう?と尋ねる俺にニヤニヤしながらこう続けられた。
『明日はさっさと仕事を済ますぞ。てめえはうちの団子を大層気に入ってたようだが、それと同じくらい美味くて珍しい甘味を食わせてやる。』
『今すぐに用を済ませましょうぞ!!!』
『Nice ideaだ真田。』
まあ流石に佐助、そして片倉殿にそれは止められ、要件は次の日の朝─つまり今朝済ませた。昼前には政宗殿の案内で城下に下り、いつもの大変美味な団子屋に立ち寄る。すると、団子とはまた違う甘い香りが──その正体こそが、この何とも言えない柔らかさと味を秘めたるぷりん大福というものだったのだ。
「しかしながら、この大福は奥州の新たな名物になりましょうぞ!某はこのような食感の大福は食べたことがありませぬ!」
「だそうだぜ?そろそろ腰を据えたらどうだ。」
「いやいやそうもいきませんよ。」
「と申しますと…。」
「あたしは流れ者なんですよ。」
こちらには路銀稼ぎに、お店の方に廚をお借りして出させて頂いています。
と話すのは、先程この大福の作り手に是非感想を!と我が儘を言った俺に、政宗殿が店の奥から呼び出して下さった職人─と言うよりは、正直外見はどちらかと言えば売り子と言って相応しい少女だった。
歳の頃は十三、四だろうか。紺の前掛けに頭には手拭い。この年頃の娘にしては地味な色合いの着物と袴に、流れ者、という言葉が染み込む。確かに、町娘という雰囲気ではない。
「だからてめえは運がいいと言ったんだ、真田。こいつは日ノ本中を練り歩いてるからな。呼んだところで来やしねえ。」
「日ノ本中を歩かれているということは、甲斐にも参られたことが?」
「そうですね、国外れを通らせて頂いたことはあります。」
「次は是非とも我が城下にもお越し下され!某の行き着けの甘味処がありまする!そちらに廚を借りれるよう言付けておくでござる!」
「ご親切にありがとうございます。」
「約束にございますぞ!」
「は、はあ。」
「ちっと見ねえ内に、随分女に積極的になったじゃねえか真田。」
「なっ…!ち、違いまする!!こ、これは職人として是非にという意味であって…っ!!!」
「お二人は仲がよろしいんですねえ。」
それじゃあ、あたしは仕事に戻りますね。と、彼女はあくまで落ち着いたまま、穏やかに笑うと、廚へ戻っていく。
じょ…冗談を真に受けた自分と比べて、何と冷静なおなごであろうか…!間違い無く俺よりも若くある筈なのに、頬さえ染めないこの落ち着き…!!み、見習わねば…!!
「巴。」
己の未熟さを悔やみ俯いていると、突然政宗殿が誰かの名を呼んだ。とても親しみのある響きで。
ふと顔を上げれば、政宗殿は大きく肩越しに後ろを向いていた。つられて同じ方を向くと、店の奥に入りかけていた彼女の姿が止まる。
…巴と、そう言うのか。
「はい、どうしました?藤次郎さん。」
「ここを発つ前に寄ってけ。小十郎にも顔出していけよ。」
「あ、すみません。あたしもう今日の夜発つんですけど。」
「Ah?随分急じゃねえか。ついこの間来たばかりだろ。また材料が底をついたって言い訳は認めねえぜ?」
「実際底をついちゃったんですよ。今大量にご注文頂いたので。」
「真田テメェ…。」
「某のせいでござるか!?」
「違います違います。藤次郎さん、八つ当たりは駄目ですよ。」
「いいから寄ってけ。」
「いやいや、お客様いらっしゃるじゃないですか。また近い内に来ますから」
「後で迎えを寄越す。」
「聞いてます!?」
政宗殿は言いたいことだけ言い切ると、体を正面に向き直して、また一つぷりん大福を口に付ける。これで話は終わりと言うように。
そんな涼しい顔の政宗殿と、困ったように眉を顰める…巴殿、の顔を見比べるしかできない某は、どうにもできずにまた隣に倣い大福を口に含むしかなかった。
しかし…旅の菓子売りを城に招くとは、懐の広い政宗殿だけある。
巴殿の気負いしない対応も、てっきり身分を隠したままの政宗殿しか知らないからだと思っていたが、先程の会話を聞く分に、どうにも以前に城に来たことがあるようで、しかも片倉殿とも面識があるとは。随分と親しいようだ。…もしや本当は、忍か何かなのだろうか。
俺がそう思うくらいなら、どこかで見張っているだろう佐助はとうに疑っていることだろう。こういう時に疑うのも探るのも、自分の仕事だとあやつは言った。第一印象で全てを決めることはできないが、少なくとも今、彼女自身に怪しいところは無い。佐助に任せることにしよう。
「ところで真田、お前いくつ食った。」
「今七つ目でございまするが。」
「俺も七つだ。」
「…残り一つでござるな。」
「ここは客に譲るのがbig heartedな奴だろうが、これは俺も滅多に食べれねえからなあ。譲る気は全くねえが、どうする?」
「無論!正々堂々勝負にございまする!!!」
「Ha!そうこなけりゃなあ!!」
「店で騒ぐのはご勘弁願いますよ。」
「安心しろ、巴。ここは一つ迷惑にならねえように、腕相撲で勝負といこうじゃねえか。」
「それは名案でござる!!うおぉお!!!やるからには負けませぬぞオォオ!!!」
「もうすでにかなり迷惑になってる気がしますよお二人様。大体残り一つなら、上にいる従者の方に差し上げればいいじゃないですか。」
「Ah?」
「え?」
「いきますよー。よいしょ。」
『ああっっ!!?』
政宗殿と俺が座っていた椅子を台代わりに、肘を付く間も無くのことだった。まだ廚に戻っていなかった巴殿は、唯一つ残っていたぷりん大福をおもむろに皿ごと布で包むと、無造作に放り投げたのだ。一歩店から外に出て、店の真上の屋根に向かって。
「ななな何故…っ!!!?某のぷりん大福を…!!」
「Damn you!いつの間にてめえの物になってんだよ!!それに巴!!食べ物粗末にするんじゃねえ!!」
「ちょ…む、胸倉掴まないで下さいって…!落ち着いて下さい!投げたのは行儀悪かったですけどほら落ちてきてないからちゃんと受け取ってもらえましたって…!!」
「…確かに落ちてこないでござる…!!」
「オイ…どういうことだ。」
「いやだから、屋根の上に従者さんが…」
「いるよー。」
言いかけた巴殿の言葉を、間延びした声が被さって続ける。それは間違い無く聞き覚えがあった。
そうしてようやく、巴殿の言っていたことを理解する。そう、彼女が残り一つのぷりん大福を与えた者とは、
「佐助ええぇえっっ!!!!!」
「ちょっと…町中でその声量止めてってば。」
「shit!!猿!!!」
「さる?」
「That's right.コイツのとこの猿だ。It's monkey.その辺でcome acrossした場合はすぐ逃げるか俺を呼べ。You see?」
「I cannot follow you.」
「そこは南蛮語で喋らないでくれるかなー?」
呑気な態度で飄々と、屋根から店先に降り立ったのは、どこかで見張っているのだろうと思っていた佐助。
町に馴染むようにであろう、装束こそいつもの忍の物ではなくごく普通の袴だが…ええいそんなことはどうでもいいのだ!!!あやつが今口にしているのは紛れもない、最後一つのぷりん大福!!!
「佐助!!!某のぷりん大福をよくも!!!」
「だからいつてめえのになったって言ってんだ。」
「この大福、面白い食感でおいしいねえ。はい、これお皿。ご馳走さま。」
「ありがとうございます、突然投げてしまってすみませんでした。」
「いーえ、こちらこそ旦那が営業妨害しちゃってごめんね。」
「妨害などしておらぬ!!」
「してたからわざわざこうやって巴ちゃんが阻止してくれたんでしょうが。ホラ、旦那も竜の旦那も、勝負なら戻ってからしてよね。」
「馴れ馴れしく巴の名前呼んでんじゃねえ、猿。」
「あれー?巴ちゃんってもしかして、竜の旦那の大事な人だったりして?」
「あ゛ぁ?」
「はっ破廉恥なっ!!!」
「いらっしゃいませー。」
!!くっ…!!相変わらず巴殿は気にした素振りもなく、佐助の後ろから来た新たな客に即座に対応しているというのに、俺はまた…!!
しかし当の巴殿は、己の未熟さに打ちひしがれ、ぎりりと拳を握る俺などには気にせず、客を案内しがてら振り返る。よく考えれば、屋根の上から現れた佐助を見ても、さして不審がることもなく、穏やかに。
「あちらのご注文が終わったら、お茶、淹れ直してきますね。従者さんもよかったらゆっくりしていって下さい。」
「お気遣いありがとー。」
「いいえ、それじゃあ。」
と、今度こそ廚に消えた巴殿を見送ってから、政宗殿はまたどかりと椅子に腰掛ける。そうして、いつの間にか冷めてしまった茶を一口で煽り、目の前で未だへらへらとしている佐助を見た。
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