キャバッローネアジトもといディーノさんのご実家では、割と発言には注意である。

ボスであるディーノさんを筆頭に、あたしはこの人達のツボがまだよく分かっていないのだ。







「あ、そうだディーノさん。」

「ん?」

「今回部屋に荷物少し置いていってもいいですか?」




と、尋ねたのはディーノさん宅に遊びに来た昼下がりの午後。珍しく二人きりでまったり、中庭でお茶を飲んでいた時だった。

ディーノさん宅に泊まりがけで遊びに来るのはもう既に両手に入る回数。今や自分用の部屋まで常時セッティング…どころか衣類全般もきっちりクローゼットに収まっているような、随分と図々しくも勝手知ったる客になってしまっている。うーん…歓迎してくれるからって、お言葉に甘えすぎたかもしれない。

しかしまあ、折角のご厚意だし、ロマーリオさんもメイドさん達も来る度に、「必需品を置いておけば荷物を少なくして来れますよ。」と言って下さって、ともすればそこまで揃えかねない勢いだったので、今回は色々と置いていくつもりで持ってきたのだ。で、一応家主の(家のこと全般はメイド長さん達に権限があるようだけど…)ディーノさんにも許可を頂こうと思って今お話をしたんだけど…あれ、何か反応がない。

もしかして何の話してたか分からなかっただろうか。ぼーっとしてていきなり話振ったし…。

と、並んで座っていたベンチの横を見れば、正にポカンと言う表現がぴったりのディーノさんのお顔。あ、やっぱり話分かってなかったかも。



「あのですね、ロマーリオさん達もメイドさん達も、部屋に必需品置いていけば移動が楽ですよって言って下さって。」

「……。」

「えっと、ほんと細かしいものだけ何ですけど、歯ブラシとか洗顔とか…」

「……。」

「…だ、」




駄目ですかね。


と、余りに無反応で固まっているディーノさんに聞こうとした瞬間、いきなり目の前の姿が立ち上がって、驚くより先に嫌な予感が走って無意識に体が動く。




「お前ら!!今日は宴かっ…!むぐっ!!?」

「ちょっとちょっとちょっとディーノさん!!!また急に何言い出すんですか!!?」



中庭の背中側、立派なお屋敷に振り返って突然大声を出しかけたディーノさんに後ろからしがみつく形で口を塞げば、何とか言い切る前に間に合った。

ちらりとお屋敷の方を見れば、流石にボス命のキャバッローネの皆さん、窓から見える姿はみんな何事かとこちらを窺っている。

それに向かって、何でもないです気にしないで下さいという意味をふんだんに込めて片手をぶんぶん振れば、察して下さったようでそれぞれまた動き出す様子に一息吐く。あ、焦った…!!ていうかディーノさん!



「今度は何がキッカケか知りませんけど、また思いつきで宴会始めるのやめましょうよ!!皆さん忙しいんですから!そういうとこばっかりリボーンに似るのはよくないですよ!」

「もがもが。」

「あ、すみません…って、わああ!!?今舐めましたね!?」

「何のことだ?」

「ディーノさん…!!」



その無邪気な笑顔ですっとぼけるのは反則ですってば…!!ていうか問題はそこではありません。その前です。

と、自分に言い聞かせながら、舐められた手をさり気なくディーノさんの服に拭い拭いじとりと見上げる。て、…なん…何ですかその眩しい笑顔は…。



「ディーノさん、あたしが今注意したこと解ってますか。」

「それは解ってるぜ。急に宴会すんなって言いたいんだろ?なら明日だな!」

「いやいやだから何が宴会に繋がるキッカケだったんですか。それが分かりません。」

「お前が部屋に物置かせてくれって言ったからに決まってるじゃないか。」

「それは全くめでたいことでも何でもないでしょう…!!」

「何言ってんだめでたいだろ!泊まった後に形跡も残してかないくらい綺麗にして帰ってくお前が物置いてくっつったんだぜ!」

「な、え?それはお世話になってるんだから当たり前ですよ。使わせてもらったら使う前以上に綺麗にしていけっていうのが日本の体育会系の教えでですね…」

「だから、私物置いてこうって気になったのは、それだけうちが使わせてもらってる他人の家って感覚がなくなってきたってことだろ?」

「あー…。」



成る程、そこですか。そういうことですか…。

めでたいって言う以外なんかあるのか?と言わんばかりの笑顔で頭をわしわしされながら、納得しつつ思い出すのは何度か前に遊びに来た時のこと。今思えば、あの時も似たようなことがあった。

話は少し変わるけれど、今だからこそ呼ばれ慣れたキャバッローネの皆さんの嬢呼び。もう何を言っても改善の兆しが見えないロマーリオさん達は良いとしても、まさかメイドさん達にまで巴嬢巴嬢呼ばれるとは思っていなかった。

せめて女の人からの嬢呼びは避けたい。そんな切実な思いで説得してみたのだ。嬢呼びなんていいですよと。そしたら数時間後には予定のなかった宴会が始まりました。意味が分からない。

あの時は出てきたプリンの美味しさに流されるがままだったけど、後々我に返って話を聞いてみれば、嬢呼び方はいいですよと言っている時にあたしが「もう家族みたいなものじゃないですか。」と言ったことに、何故かディーノさん達が痛く感激してしまったらしく…。今みたいにディーノさんが「宴会だ!」と言い出して始まったと言う…。あ、ちなみに嬢呼びは直りませんでした。諦めました。




「…うーん…。」



ディーノさんになすがままにぐしゃぐしゃにされた髪を今度は整えられながら、思わず唸り声が零れる。

自分の挙動がディーノさんにとって嬉しいのはあたしも嬉しいけれど、何か…何かなあ…。

大袈裟だと言ってしまえば怒られてしまいそうだし、喜ぶツボが大味なのは国の差だ。大人しくカルチャーショックと思えばいいのだろうけど、それ以上に引っかかるものがあるのは…多分、



「どうした?唸り声出しっ…、」

「うーん、あのですね、あたしはあんまりディーノさんを信用させてあげられてないのかなあと。」

「なっ、おい!?それよりお前、え!?抱っ…!?え!?」

「ちょっと驚き過ぎじゃないですか。ハグとかこっちの人すごい普通にしてくるじゃないですか。」

「おまっ、巴からは滅多にしないだろ!!」

「いや、そういうことをあんまりしないから、こんな小さいことでいちいち喜ばせちゃうのかなと。」

「う、うん?」

「あたしとしては、まあそういう仲なので、どちらかと言えば当たり前にしてることですし、言ってることなんですよ。今日みたいなことは。」

「…そうなのか?」

「そうですよ。ディーノさんが言う気を許すってことなら、もうとっくに許してます。少なくともあたし自身は驚く程許してますけど、」

「……。」

「それを上手く表現できないのは困ったことにそういう性格なので。だから時々、心配になったら直接聞いて下さい。」

「……巴。」

「ちゃんと好きって、思い知らせますから。」






こちとら、会ってる間中愛されてるなあと思わせられてるんですから、


ほんのそれっぽっちでここまで喜ばせちゃあ、罰が当たるってものでしょう。








「…………い、」

「はい?」

「いい。」

「え。」



いいって。え、いい?結構ですの意の、いい?

え、もしかしたらもしかしなくても退いたってやつですか。うわ、やってしまっ…



「って、苦しい苦しい!!!ディーノさっ…締、めす、ぎでっ…!」

「いいもういい今でこんななのに思い知らされたら俺どうなるんだ。」

「先にあたしがどうにかなると思います、けどっ…!!ディーノさんほんと自分の腕力考え、てっ…下さっ…!!」

「やっぱ今日宴会しようぜ。そうしないと巴このままバキバキになる気がする。」

「それはなんの脅しでっ…!!っ…ふ、ふふ…甘いですよディーノさ、んっ…!伊達に恋人やっ、てませんよ…!!」

「、っ!!だあっ!!?お前っ…なんで俺が首の後ろ駄目なの知ってるんだ!?」

「はー…ほんとにバキバキになるとこだった…!!あ、首の後ろ弱いのはロマーリオさんに頼まれて何回か朝起こしに行ってた時に見つけました。色々試しましたけど、一番ソフト且つ強力に起こせる刺激だったみたいなので。」

「……。」

「?…ディーノさん?」

「お前ら!!宴っ…!むぐっ!!」

「だからディーノさん!!!学んで下さいってばーっ!!!」









「…で?ロマーリオ。宴会は明日にするか?今日にするか?」

「まあ今日だろう。巴嬢もそこまで気にしなくていいのにな。」

「女の苦労を解って下さってるんですよ。」

「あとは気恥ずかしいんだろうな。」

「ボスの報告癖は坊ちゃんの頃からだから俺達は慣れてるんだけどなあ。」

「嬉しいことをファミリー全員で噛み締めようと思うことはいいことですからね。先代の躾の賜物です。」

「って巴嬢に教えてやればあんなにあわあわしなくて済むんじゃねーか?」

「いやいや、あわあわくらいしないといちゃつけないだろ、あの人は。」

「初だなあ。癒しだなあ。」

「なあ。いいなあボス。」

「偶に羨ましいを越えて腹立ってくるよなあ。」

「そうだなあ。……よし、ボスの分の飯はちょっと減らそう。」

「まあそれは可哀想です。どうせならワサビを入れましょう。頼んでいたワサビを巴嬢から頂いたんです。」

「…こういうの日本語でなんつったかな…オニニカナボウだっけか?」

「しっくりきた。巴嬢もとんだ兵器をメイド長に渡してくれたもんだぜ…。」

「さあ、全員で協力しませんと無差別爆撃いたしますよ。」

「脅されなくても巴嬢の為なら俺達は動くぜー。」

「だからワサビはボスのだけで頼むな。」

「いやーそれにしてもあのボスの締まりのねー顔。」

「ま、偶にはいいだろ。偶にはな。」

「結婚したらこれが毎日続くぜ、多分。」

「それならそれで俺達も幸せだろ。」

「だな、巴嬢が笑ってんならな。」

「なー。」

「貴方がたも十分締まりのない顔ですよ。」











そんな風に皆さんに一部始終を微笑ましく見守られていたと知らされるのは、


ライスシャワーと三三九度が終わった、本当の宴会の席のことである。








【幸福感染】





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