『…もしもし。』
「………何だ。」
『あ、すみません。もしかして寝てましたか。』
「……何だ。」
『いやあの…えー…っと、です、ね…。』
「……さっさと要件を言え。」
『よ……要件は特にない、って言ったら、怒りますか。』
「…あ?」
『……えー…と、……声が、聞きたかった、だけとか、言ったら、怒りますか、ね…。』
プツン。
機械的な音を立てて通話が途切れた。切ったのは他でもない、この自分の指。
ただそれは、寝入り端に叩き起こすように鳴ったコールに苛立ったわけではなく、わざわざ取ってやったのに内容の無い中身が癇に障ったわけではなく、声が聞きたかっただけならもういいだろうと思ったわけではなく。
まず根本的に、今のはアイツだったのか。
まさか自分が寝ぼけたわけじゃないなと液晶を見れば、着信履歴に沢田巴の文字。…確かに、あの声はアイツだった。
が、あれはあんな風に、女らしく声が聞きたいだのと吐く奴だったか。…アイツが通常の女の思考を持っていると仮定して、普段そういった女らしいくだらない欲求を持っていたとしても、頑固で素直じゃない変なところで我慢強いあれなら、そんな素振りも見せずに押し消す筈だ。
…じゃあ、今のは一体なんだ。あれは誰だ。
「………。」
答えの出ない疑問に、身を起こして再度液晶を見つめてアドレスを開く。沢田巴の文字。
『……も、もしもし…。』
「……今電話したか。」
『し、しましたよ。ザンザスさんが切ったんじゃないですか。』
「……お前の名前は。」
『へ?は…?さ、沢田巴ですけど…。』
「好物は。」
『プリンです。』
「前に俺に会ったのはいつだ。」
『先々月の22日です、けど…あの、ザンザスさん?』
「…別れ際に俺はお前に何をした。」
『なっ…!?な、に、変なこと言わそうとしてるんですか!!』
「答えられないならてめえは沢田巴じゃない。」
『はい!?何か妙な質問責めだと思ったらそこから疑ってたんですか!?』
「さっさと答えろ。」
『っ…!………く、首に、キ、スマーク、つけられ、ましたよ…!!三つも…!!あれなかなか消えなくて困ったんですからね!!』
「………本当にお前なのか?」
『何でそんなに疑ってるんですか…!!』
どうやら電話越しの相手は、何故俺がこんなにも疑うかさっぱり解っていないらしい。
自分の普段の俺への対応を振り返ってみろ。色気も無ければ可愛げもねえ。物質は勿論、女らしい欲求を俺に求めることがまるでない。一言で言えば淡泊だ。日本人だと言うことを抜かしても。
そんなコイツが、用も作らずに声が聞きたいと言った。大事と言っても大差ない。
電話越しの相手が本当に沢田巴であるのなら、今俺が考えるべきは、コイツの身に何かあったのかということだ。
「…何かあったのか。」
『え?何かって…何ですか?』
「…体調でも悪いのか。」
『あ、いえ、全然元気です。』
「…周りの奴らに何かあったのか。」
『えーっと…?例えば…。』
「……てめえの兄貴でも死んだか。」
『物騒なこと言わないで下さいよ元気です!!』
何もないなら何で電話なんざ。
問いかければようやく相手は何か感づいたように一瞬黙る。そうして沈黙が流れた後、恐る恐るといった様子で控え目な声が聞こえた。
『……な、にもないのに電話するのはやっぱり駄目ですか。』
「…てめえらしくはない。」
『…すみませんでした切ります。』
プツン。
今度通話を切ったのは、俺ではなく向こう。
向こうから電話してきて、わざわざこちらから再度かけてやったのにいい度胸だ。次に会ったら一発殴る。
という密かな決意を胸に、改めて電話をかけ直す。…取らない。かけ直す。取らない。
「…………。」
あの頑固野郎が。
画面を切り替えて文字を打ち込み送り込む。『とれ』の一言だけ。それから数十秒間を空けてから、再度ダイアルを鳴らす。
『…………はい。』
「さっさと出ろカスが。」
『あたしらしくないって言ったのはザンザスさんじゃないですか。』
「別に癇に障ったとは言ってない。」
『…あたしは目的は果たしたのでもういいです。我が儘ですみませんおやすみなさい。』
「切るな。」
次にお前から切ったら掻っ消す。
そう脅せば受話器越しにグッと詰まる気配。切羽詰まっているわけでもないのに、コイツが俺に逆らえるわけもない。馬鹿が。
「………。」
『………。』
「………。」
『………何もないなら切りましょうよ。通話代が勿体無いです。』
「知るか。てめえが先にかけてきたんだろ。」
『そうですねすみません無理に付き合わなくてもいいですよ。大体声が寝起きですし、多分寝入り端でしたよね。』
それが分かって、何でここまでして俺が電話を繋ぐ理由が解らないのか。カスが。
それを俺の口から言わせたいが為に誤魔化しているとは思えない。恐らくは、自身でもらしくないと思っていた行動をつっこまれて、羞恥と後悔にかられている。コイツが声で俺が寝起きだと判ったように、俺だってそれくらいは判る。
本当に我が儘が下手な日本人だ、コイツは。中途半端な我が儘程面倒なものはない。
お前だって電話をする前に少しは思ったのだろうし、覚悟をしていたんだろうが。我が儘を言うならそれを貫け。一度通話を切られたことを根に持っているなら、お前も切ったんだからお互い様だ。
さっさと察しろ。ボンゴレの名に泥を塗るような鈍感なカスが。俺は今一度だって、お前の行動を否定しちゃいない。
普段淡泊そのもののお前が、何が切欠だったのか俺だけに向かって心の隙を見せた。
もう俺から切る気は、さらさらない。
「俺が寝るまで切るな。」
それだけ呟いて、ちっぽけな機械を耳に当てたまま横になる。目を瞑る。
視覚を遮って一層鋭くなった聴覚は、機械越しでも困惑した気配を感じ取った。だが、それは胸糞悪いものじゃない。
戸惑う沈黙はやがてそっと音を紡いで、相も変わらず堅い言葉で「喋っててもいいですか。」と尋ねる。
「好きにしろ。」
『ザンザスさん。』
「…何だ。」
『好きです。』
眠りという拘束はもう飽きるほど味わった。自身の声のみが響く静寂ももういい。
今、粟立てられた脳内は更なる聴覚への刺激を求める。目はとうに冴えた。
冷え切った退屈は、全てお前が溶かせ。
『…らしくないあたしも認めて下さって、ありがとうございます。』
その声が震えるのは、とんだお門違いだろう。阿呆が。
【ラブコール】