温かい。


額と頬、顔の側面。首から鎖骨、肩の一部。そこを中心に、じんわり体が温かい。

目が覚めたのが勿体無い。もっと眠っていたい。電気の熱とは違う、この温かさの中で。

柔らかくて、絶え間なく傍にあっても鬱陶しいとも思わない。寧ろ離れがたいとすら思う、この熱は何。






「目、開けないで下さい。」






─巴さん。


そう言おうとした瞬間、咳き込んでようやく思い出した。僕は風邪をひいていた。

いつ眠ったのか、いつ彼女がここに来たのか、それすら曖昧だ。ただ酷い寒気に襲われて、朦朧と暖を求めていたのだけは覚えている。結局今温かいのは、彼女が湯たんぽか何かを用意してくれたのか、それとも、





「…だから目開けないで下さいってば。」




状況を把握しようと開きかけた視界を、彼女の手によって遮られる。温かい、柔らかい。…それはいいとして、彼女は何故そうも頑なに僕に目を開けさせないようにしているのか。

答えはすぐ傍にある気がする。視界は塞がれているけれども、ゆっくり頭を動かせば、覚えのある肌触りを頬に感じた。…ああ。




「…一肌、脱いでくれたんだ。」

「…言葉の通り一肌脱ぎましたね、ええ。」

「道理、で…。」




温かいわけだ。熱すぎないわけだ。皮膚と皮膚で直接感じる人肌の熱は、人間が暖を取る最終手段。たかが体温とは言え侮りがたいそれは、穏やかな速度で寒気を逃がしていく。




「雲雀さんもちょっと上着はだけさせましたけど、寒くないですか。」

「…ない。」

「そろそろ横になります?この体勢も苦しいでしょう。」



言われて、塞がれたままの視覚以外で改めて状況を把握すれば、自分達はぺたりと布団の上に座り、毛布をぐるぐる巻きにして、もたれかかっている状態のようだ。別に苦しくはないけれど。

だと言うのに、彼女は勝手に離れようと動き出すので、力を抜いていた腕を背中に回して捕まえた。

ぎゃあ、という彼女の兄を彷彿とさせる悲鳴と共に、手のひらに触れたのは素肌の感触。その肌触りに何となく手を滑らせてみれば、自分を支える彼女の腕に力が入る。



「くすぐったいので止めてくれませんか雲雀さん…!!しまいには怒りますよ!!」

「…本当に脱いでたんだね。」

「悪かったですね言っておきますけど全部は脱いでないですしもう服着たいです。湯たんぽ持ってきても電気毛布持ってきても寒い寒いって言うから…!」

「そう。」

「というわけで布団で寝て下さい。」

「やだ。」



確かにさっきよりは随分マシにはなったとは思うけれど、今離れたらまた寒気が襲ってくるだろうし、彼女は基本的に病人に甘い。

思った通り、彼女は羞恥からか何なのか知らないけれど、はあ、と浅い溜め息を吐いて、腕の力を緩める。



「…せめてちょっと離れて何か食べて薬飲みましょう。雲雀さんは滅多に体壊さない分、一回風邪ひくと長いんですから、人に移すだけじゃ治りませんよ。」

「うん、もう少し。」

「…早く治さないで、あたしに移してもいいんですかー。」

「君に移った試しがない。」

「そりゃ雲雀さんより健康的な生活してますから。…っ!?いたっ…!!ちょっと肉掴まないでくれません!?」

「…プリンばっかり食べてる人に言われたくないと思って。」



そしてそろそろ目を開けさせて欲しいと思って。

しかし彼女の手はこれでもかとしっかり視界を塞いでいる。今更見られたところでどうという関係でもないのに、こういうところで彼女は初心を全く忘れない。

まあそれは良いこともあるから、特に咎めるつもりはないんだ、けど。




「大体ですね、手のかかるやんちゃな人が傍にいると、そうそう風邪もひいてられないんですよ。」

「…まるで母親みたいな言い分だね。」

「そう変わりませんよ。違うとこと言えば、お互い様ってだけで。」

「僕は君の子どもじゃないよ。なんなら解らせてあ」

「止めて下さいすみません。」

「…冗談だよ。心配しなくても、そんな体力ないから。熱も引かないし……これじゃたち」

「勘違いかもしれませんけど何か不穏な言葉が出そうな気がしたので遮らせて頂きますよ!!!雲雀さん、本当に頭沸騰しちゃってるんですね…!」




どうかな、どうだろう。今目を開いたら、目眩を起こす自信はあるけど。


それでも、僕はまだ思っている。目を開けたい。それは視覚で状況を把握できない状態に慣れていないということが大きいけれど、理由はもっと他にある。まともな体調の時の自分であれば、認めたくもない感情。その対象がいくら彼女であっても。

けれど、今僕は風邪をひいている。寒気も酷いし熱もある。だからいいんだ。好きにする。誰も咎める人はいない。


そう、唯一傍にいる、彼女だって。






「巴さん。」

「はい。……って何でしょうかねその手は…!どっからそんな力、がっ…!!」

「…さあ。」




目の周りに添えられた手に手をかけて、爪を立てないように今ある渾身の力を指にこめる。

いくら防御に長ける彼女であれ、純粋な力比べじゃその差は歴然だ。徐々に下がっていく手に先駆けて、瞼を押し上げる。光が見える。白い肌。

せめて何か着てからにして下さいだの何だのと、彼女は往生際も悪く叫ぶけれど、もう遅い。

開いた視界に彼女が見える。困った顔で眉を顰めて、ほんのり赤い丸い頬。いつもの、変わらぬ彼女そのまま。





ただ、それだけに安堵するなんて、



やっぱり僕は、弱ってるんだ。










「…ありがとう。」








呟いた後、すぐにまた首に腕を回して温もりに埋もれる。

さっきよりも温かくなっているような気がするその体。彼女はやっぱり羞恥なのか何なのか分からない溜め息を吐いて、ずり落ちた布団を引き上げた。







「…素直にお礼を言う雲雀さんはとても怖いので、早く良くなって下さい。」










僕はやっぱり一人が好きだけれど、偶にはこういうのも、悪くないよ。











【人の子】


(…で、草壁さん。すみませんホントすみません。)

(…いや、俺は何も見ていない。大丈夫だ。)

(はい、あの、ずっと後ろにいたの分かってたんですけど、雲雀さんが気付かないものではい、すみません。)

(俺は何も見ていない。)

(すみませんどうもすみませんあと何も見えないついでにこの人ひっぺがして下さいませんか…。)

(俺は何も見ていない。)

(ほんとすみません…!!!)






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