「…お前は傷口下敷きにして寝て痛くねーのか?」

「……。」




とまあ、ぽつりと問いかけたところで伝わっているわけもない。何故ならこの可愛い小さな恋人は、あまりに眠りが深いからだ。

寝起きが良ければ寝つきもいい。糊の利きすぎたシーツに、固いパイプベッドという寝心地も悪かろうという簡素な保健室のベッドの上でも、巴は数分もせずに眠りについた。

まー寝るのはいい。全然いい。大人しく療養して、しかも傍にいるのなら大歓迎。ただしその、何度ひっくり返してやっても、傷口を下にして寝るのはどうにかならないもんなのか。


大体、普段は滅多やたらに保健室にも来ない巴がここで寝ているのは、またあのやんちゃな風紀委員長様にちょっかいを出されたからだ。あの物騒な玩具に何を仕込んでんのか、細い腕につけられたのは不規則な傷口。そこからダラダラと流れる血を止血しているところを捕獲、手当てして監き…もとい保護して今だが、真っ直ぐ俺のとこ来いよお前は…。



「…何のために恋人してんだか。」

「……。」

「とーもえー。」

「……。」



…まあ、爆睡するようになっただけマシか。前のあやふやな関係な時は、警戒してたのか緊張してたのか、呼べば起きる昼寝程度にしか寝なかったからな。寝込みを見計らってちゅーするのも一苦労だったぜホント。つーわけで、



「まー添い寝くらいしても罰は当たんねーよな。」



ていうかあれだけ持久戦させられたんだから、このくらいで罰が当たられちゃあ理不尽ってもんだ。

横向に眠っているからいい具合に隣が空いてるし、ほら、このまま寝せとくとずっと傷圧迫して悪いからなー。なー。



「よいせっと。」



あー…本当に軽いなあコイツは…。ちゃんと食ってんだろうが、少林寺で全部消費されると見た。

そんなことを考えながら、眠る体をころりと転がして、圧迫しない体勢を支えるように巴の背面に横になる。頬杖を付けば見下ろせる小さく薄い体は、相変わらず無反応の成すがままだ。ここまでくるとちょいと無防備過ぎる気もするが。



「…寝る子は育つかねえ…。」



まだまだ発展途上だもんなあ。育ってもらわねえと困るからいいけどよ。…いやーでも、今の発展途上状態でも、俺みたいな奴がこんな本気になっちまってるのに、これが熟したらどうなるんだ、主に俺。

熟すってのは当然体もそうだけれど、巴の場合気になるのは体より精神だ。体はしっかり成長する見込みがついてるからな。まー俺が恋人してんだから、そこは嫌でも成長して…って話が逸れた。

俺が懸念しているのは、巴の精神的な面の成熟だ。成熟ってのは、良い方向悪い方向、どちらにおいても起こり得ること。その良し悪しすら、見方を変えればどちらにでもなる観念だけれど、俺はやっぱり、心配なのだ。

まだまだ子どもらしいところがあるとは言え、今これだけ歳不相応の落ち着きがあるってのに、このままいくと悟りでも開いちまうんじゃねえかと人に思わせる巴。例えばそれを成したなら、巴の成熟はある意味崇高で、ある意味でどん底。

俺みたいな奴は、悟りなんざ開いても無意味だと考える。大体禁欲なんていう言葉は、がっつり欲を胸に抱いて使うべき言葉だからだ。あくまで個人的な価値観には違いねえが。

だが所詮世界も哲学も、個人的な価値観の積み重なり。深く考えるより、今目の前の一瞬で、自分の大切なものが幸せになる道を選ぶのが、俺が考える『良し』なんだろう。それなら、やっぱり俺が巴に開いて欲しいのは悟りじゃあなく他のもの。妥協すんなら他の奴にでもいい。俺がいつまでも傍にいられるとは、約束はできない。



「……いやだけどなあ…。」



こーんな手間がかかって、またかけてもらって、その癖全く飽きない可愛い奴を、どこぞの馬の骨に渡すなんてよお…。ん?何かこれ、娘を嫁に出したくない父親の気持ちに近いんじゃないのか?いやいや巴は恋人だっつーの。ここが学校じゃなきゃ普通に襲ってる体勢だしな、うん。


何て、この微妙な歳の差故の歯がゆさとストイック過ぎる関係に、密かに焦っては見るけれども、正直コイツが幸せであればもう何でもいいわけだ。これも父性と言われちゃそれまでだが、俺は男として、巴の女としての幸せを願わずにはいられない。

それを求める対象としてコイツが選んだのが、勘違いでも気の迷いでも今現在、俺であるのなら、巴自身の何かがストッパーをかけて冷たくあしらってこようと、離れていこうと、いくらでもしつこく愛してやろう。



巴の成熟を、俺が見ることができる可能性は限りなく低い。




だからせめて、誰かに手を伸ばすことは決して悪いことではないと、教えてやるのが俺の役目だろう。








「なあ、巴。」





見下ろす横顔を隠す茶色の髪をかき上げて、浮かぶ滑らかな頬を手のひらで撫でる。口づける。繰り返す。

触れているということだけで、溶けそうになる程幸せになる。欲なら腐るほどあるこの胸で、一見対照的なそれらが、穏やかに混ざり合う。


この気持ちをくれた巴、どうかお前も同じ気持ちになるようにと、祈るくらいはいいじゃないか。




「…祈るなんて柄でもねえけどなあ。」

「…………い、…」

「お?起きたか?」




まーこんだけ触ってれば起きちまうか。ここで慌てる巴を見るのもまた楽しいが、もうちょいこうしてたい気もするからなあ。

と、頭で考えるより先に、反射的に離した手は大分素早かった筈なんだが、これが意外なことに数センチ上がったか上がらないか程度で阻まれてしまった。何に阻まれたって、巴のその、小さい手に。

んん…?寝てたにしちゃー随分反応がいいな。つーか今何か、言って、








「……気持ちいい…。」

「……………。」

「もっと。」













「……う、あれ…え?もう夕方…?シャマルさん、あたしどれくらい寝て……って、どうしたんですかシャマルさん!?え!?起きてますか!?具合悪いんですか!?そんな机に突っ伏してないでベッドに…!!」

「巴。」

「は、はい!!」

「Prometto di esserti fedele sempre,nella gioia e nel dolore,nella salute e nella malattia,e di amarti e onorarti tutti i giorni della mia vita.」

「は…はい?」










神がいるならさっきの祈りは変更願う。どうせらしくもなく祈るなら、望みは大きい方がいい。



俺の残りの人生、生きている間、少しでも長くコイツを愛し、そして愛され続けますように。









巴がその手を、伸ばす限り。










【苦しみの時も喜びの時も、病める時も健やかなる時も、絶えず貴女に誠実であること、私の人生全てにわたって貴女を愛し、敬うことを誓います。】





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