「ああやって心のぶつかり合いを繰り返して、人は成長していくんですね…。」

「恋人が元カノと修羅場ってるのにその感想はないわあ。」



と、即座にツッコミを入れられて、それもそうかもしれないとぼんやり思うは建物の物陰。まるでドラマの尾行シーンかのように、あたしとルッスーリアさんはトーンも低めにぼそりぼそりと言葉を交わす。

お互いの視線の先には、見慣れた銀髪の男性と見慣れない黒髪の女性。スラリとスタイルの良い二人の姿はお似合いの四文字以外浮かばないのだけれども、十数メートルの距離から見ても明らかに分かるのは良くない雰囲気。修羅場の匂い。

イタリア語でまくし立てているから解らないけれど、何か思いをぶつけているらしい黒髪の女性と、黙ってそれを聞いている銀髪の男性。…まあその男性の方は何を隠そうスクアーロさんなんだけれど、スクアーロさんが黙って怒鳴られているなんて珍しいも珍しすぎる。きっと今日雪降るなあ。



「で、ルッスーリアさんはあの方知ってるんですか?」

「ん〜一、二回見た気がするようなしないような?スクアーロも気がつけば恋人変わってたりするから。」

「まあでもあれは知らなくても言葉解らなくても恋人同士だって分かりますよね。」

「あら、元恋人同士でしょ?現恋人サン♪」

「うーん…果たしてあたしは恋人なんでしょうか。」

「えええ?今更そこぉ?」



確かに今更と言えば今更な疑問を呟いた途端、ずっこける勢いで頭に体重をかけられたけれど、いやほんとどうなんだろう。別にそういう約束事をした覚えがないし…。

あたしはただ好きで傍にいて、向こうは向こうで何だか世話を焼いてくれている。あたし達の関係を言い表せばこれが一番的を得ているのだ。

ザンザスさんに対しても然り、スクアーロさんはかなりの世話焼きで、何だかんだ面倒見がいい。あたしのような、一人である程度何でもこなしているように見えて、実は所々致命的な穴が空いている人間は放っておけなかったんだろう。そのよく分からない利害の一致で、あたし達は隣にいる。


…それは果たして、恋人と呼ぶのだろうか。




「…まあそれは割とどうでもいい話なんで、とりあえず戻りましょうか。このままじゃここから出れなそうなんで。」

「今出たら確かに気まずいどころの話じゃないけど、いいの?お菓子の材料買いに行くんじゃなかったの?」

「あ、材料はあるんで大丈夫です。マカロンの着色用に色々買いに行こうと思ってたんですけど、なくても作れますし…それに考えが変わりました。」

「考えって?」

「マカロンだから、カラフルな方がいいかなと思ってたんですけど、」




おっと、そろそろ退散しないと気付かれるかもしれない。

話の途中ながら、失礼して踵を返すその一瞬、目の端に引っかかったのは白と黒。重なるコントラスト。

それはまるで一枚の絵画か、はたまた古い白黒映画のワンシーンのようで。




…とても、綺麗で。








「モノトーンって、素敵だなって。」











「あ、お帰りなさいスクアーロさん。」

「…お゛う。…う゛ぉい、何だこの甘ったるい匂いはあ。」

「ああ、マカロン作ったんです。はいこれスクアーロさんの分。ホワイトデーのプレゼントです。」

「ほわいとでーだあ?」

「日本ではバレンタインのお返しする日が一ヶ月後の3月14日に設けられてるんですよ。一ヶ月前に律儀にお花くれたの覚えてますから。」

「ぶっは!スクアーロが花贈るとか想像できない。」

「う゛おぉい!!俺だって想像されたくもねえぞお!!!つーかなんでてめえまで食ってんだベル!!」

「あ、皆さんにあげましたよ。」

「頂いてるよ。」

「頂いてるわあ。」

「ふん、甘過ぎる。」

「……。」

「てめえらあぁあ゛!!!」



さてさて、一通りスクアーロさんが怒鳴りきったところでもう一杯珈琲淹れましょうか。レヴィさんの感想通り、男の人には甘ったるいだろうし、濃いめの苦い珈琲を。見た目は割れずに綺麗に焼けたから上出来なんだけどなあ。



「はい、どうぞ。苦い珈琲カッときめてガッと食べちゃって下さい。」

「なんかの罰ゲームかあ!!葬式みてえな配色しやがって…景気悪ぃぞお。」

「常に葬式みたいな配色してる人が何言ってるんですか。」

「要らないなら僕が貰うよ。」

「てめえは今皿で大盛食ってたろうがあマーモン!!」

「いやあ食べてもらい甲斐がありますよね。思わずマーモン君の分にだけ金粉振るっちゃうってもんです。」

「てめえもてめえでメインをはっきりさせやがれえ!!!ホワイトデーってのはとどのつまりが恋人に返すもんなんだろうがあ!!!」

「あらっ、スクアーロはちゃんと恋人意識持ってみたいよ?」

「みたいですね。」

「あ゛ぁ?」

「いえねえ、私達昼間の修羅場をうっかり目撃しちゃって〜。その時にこのコが自分とスクアーロって恋人なのかどうか?って疑問に思ってたから♪」

「え?なになに、何の話それ。面白そう。」

「食いつかなくていいですよベルさん。」



っていうか包み隠さず全部言っちゃいましたねルッスーリアさん。前半の修羅場目撃の件は聞かれたらで良かった気がするんですが。

とは言え、今の説明に間違いは一切ないし、変な脚色も個人的な解釈もない。ただの事実そのままの話なので、つっこむ理由も弱々しい。

ただ一つ気になっているのは、ベルさんまで食い付いてワイワイ言っているその横で、全く言葉を発せずにこちらを見る話題の中の張本人。んん、やっぱり今日は雪が降る。

と、思っているその間に、徐々に据わってくる目にそんなこと考えてる場合じゃなかったかなと一瞬身構えたけれど、もう遅い。




「ぐえ、」

「あ、スクアーロ逃げるぜ。」

「スクアーロお得意の連れ込みだわあ〜。」

「ちょっと君、そのマカロンは置いていきなよ。」

「マーモン君、ヒビ入っちゃったのでよければ冷蔵庫にまだあるので食べていいですよ。」




だからこれはスクアーロさんの分で。

と、言っている間に扉を閉められてしまったけれど、ちゃんと最後まで聞こえただろうか。まあマーモン君的には最初の言葉だけ聞こえていれば良かったかな。

なんて呑気に考えてはいるけど、急に片腕で小脇に抱えられたせいでお腹が締まって結構に痛い。まあ若干予想はしてたからこそこうやってスクアーロさんの分のマカロンも連れて来れたわけですが。




「あいた。ちょっと抱えてみたり投げてみたり乱暴ですよ。」

「…てめえも見てたのか。」

「すみませんがタイミング悪く。あ、でも話の内容はさっぱりです。スクアーロさんが気付かないくらいは離れてましたし、イタリア語で早口でしたし。」

「話が聞こえてようがなかろうが、そんなことてめえの血には関係ねえんだろうがあ。」

「…血がなくても大体の関係は察しが付いたと思いますけどね。」



何せ本当にお似合いのルックス、お似合いの配色だったから。修羅場の最中であってもそんな風に見える二人だから、仲睦まじく並んでいたら相当素敵なカップルに違いない。

一体どちらから告白して付き合い出したのだろう。暗殺者の恋人だからやはりそれなりのご職業の人なんだろうか。それとも何も知らない一般人?出会いは何だったんだろう。どの位付き合ったんだろう。

普段ハルちゃんが恋バナに異様に食い付いて質問責めするのを、いやあ女の子だなあと思って聞いていたけれど、今ならその気持ちがよく解る。好きな人のことなら、尚更。


恋の経路は物語のようにドラマチックで、その人そのものだ。今のこの人を作り上げた要素の一つ。知りたいと思っても悪いことじゃあない。


でもそれと同時に、これは聞く必要のないものだということも、分かっている。





「…言っとくがなあ、もうあれとはなんでもねえぞお。」

「そうなんですか、勿体無い。とりあえずマカロンどうぞ。」

「勿体無いってう゛おぉいっ…むがっ!!?」

「勿体無いですよ。白髪と黒髪がすごくお似合いでしたから。」

「っ…!っ…!…いきなり人の口に菓子突っ込んでくるんじゃねえ゛!!それにこれは白髪じゃなくて銀髪だあ!!つーかまさかこの菓子の色も当てつけのつもりかあ!?もっと素直に嫉妬できねえのかてめえはあ゛!!!」

「それが嫉妬はしてないんですよね。自分でも吃驚するほど心が凪いでるんです。あたしも、少しくらいは動揺すると思ってたんですけど、っと。」

「がっ…!!っ…だから人の口を的にして遊ぶんじゃねえっつってんだろうがあぁあ゛っ!!!」



うーん、わあわあ言う割には放り込まれたマカロンはちゃんと噛んで飲みきってから怒鳴るスクアーロさんが可笑しい。

残りはあと黒の一粒だけなのだけれど、指に摘んだ時点で手首を取られて連投は諦める。折角顔が近付いたのに。






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