「……い、です。」
「は?」
「ロメオさんは、幽霊、です。」
「……。」
だ、黙られてしまった…。
ほんとは目を瞑ってしまおうとしたけど、せめてもの誠心誠意でぐっと向かい合った視線が気まずい。ああ、やっぱり言わなきゃよかっただろうか。上手く誤魔化してしまえば何とかなったような。でも、この人なりに真面目に向かってきてるのにそれは無しなような。兎にも角にも言ってしまった。一瞬後には刺されるかもしれない。母さん父さん、親より先に逝く娘を許して下さい。そしてロメオさん、絶対シバく。
「ふーん。道理で。」
「………。」
なんと、今度はあたしが黙る番だった。
呆気ない返事と共にナイフが離れて、ベルさんが身を起こす。離れる。
体の圧迫感がなくなって深呼吸をするより早く、あたしも半身を起こしてベルさんを目で追えば、既にその手にナイフはない。それどころか、机の上に置いておいた作り置きのマフィンを代わりに両手にひっ掴んでまた戻ってきた。あ、ちょっとベッドの上で物食べないで下さい…っていやいやそうじゃなくて。
「何その顔。別にプリンじゃないからいいじゃん。」
「え、や、食べてもいいです、けど。」
「あー腹減った。」
「お、お疲れ様です。……それで、あの、」
「あ?」
「…ロメオさんが幽霊だって、信じてくれるんですか…?」
「だってそうなんだろ。」
「そう、です。」
「なら信じるも信じないもないじゃん。ただの事実だろ。」
「………。」
未だかつて、これほどまでにベルさんが大きく見えたことがあっただろうか。いや、ない。
こんな小さい子みたいに両手にお菓子持ってベッドの上でもさもさ食べてるというのに。いつからあたしの上にいたのか、一部寝癖で髪跳ねてるのに。ああ、
今のあたしに、この人ほど頼りに見える人はいない。
寝起きのせいかうまく言葉が出ない代わりに、そんな気持ちだけはふんだんに籠めて、背中を向けているベルさんのシャツの裾を掴む。
「あたし、幽霊見えるんです。」
「ふーん。」
「殆ど生きてる人と区別つかないくらいにはっきりしてるんですよ。」
「しししっ、ならうちの城とか来たら喧しくて寝れねーんじゃねーの。歴代の奴らがうるさいって見えない奴ですら言ってるから。」
「それは怖いですね。遭遇したら金縛り程度じゃ済まない気がします。」
「へえ、じゃあ幽霊に孕ませられないようにしといてやるよ。」
「またそうやって有り得ないことを…って、ぅ、わ!?」
話の途中、突然ぐるりと振り返ったベルさんの手の中にもうマフィンがないことに、食べるの早いなあと思っていたその時だった。
ふっといきなり重心が変わる感覚は、寝起きだと限りなく貧血に近い。それに顔を歪めている間に、ベルさんの体勢は完全にマウントポジションだ。さっきの寝そべられてる状態よりマシと言えばマシなのかもしれないけれど、何せ手癖の悪いこの人、次に何をしたかと言うと、人の服の胸元を思いっきり開いて…ってコラコラコラ!!!
「ベルさん!!ちょっと何して…っ!」
「幽霊だろうが吸血鬼だろうが、これが一番だろ。」
「つっ…!?」
刹那、目の前で何かがキラリと閃いたかと思えば、開いた胸元を掠める感触。なぞられた二つの線。
それが空気に触れた途端、ちくりと痛んで理解した。見せつけるように顔の前で振られたナイフでも分かる。じわりと血が滲む感覚。今、胸元の皮膚を浅く切られて描かれたのは恐らく、
「…十字架ならペンダントとかで充分じゃなかったんですか…。」
「飾り気ないアンタが常に付けてられるとは思えないな。」
「だからってこれは逆に呪術的ですって…って、わあああ!?なっ、ちょ、舐めないで下さいよ!!痛い…!!」
「色気ねー声。わざわざ王子自ら守ってやってんじゃん。偶にはお姫様してみろよ。」
「無理言わないでくれませんか!!!それに自分の身は自分で守るので大丈夫です!!」
「可愛くねーの。さっきの顔は良かったのに。」
「は、…は?」
「ロメオが幽霊だっつった時。」
「…はい?」
え?その時の、顔?がどうかして…
と、言いたいことが分からずに、ふとベルさんの頭を抑える手の力が緩まったその一瞬、本当に油断も隙もありはしない、ていうか何が楽しいのか再度傷を舐めたベルさんの舌に、また傷跡がじくりと痛む。だからほんとに痛いって…
「あの、どうしても信じて欲しいって言いたそうな縋ってくるあーいう顔、偶にはしろよ。」
あれエロくてすげーそそる。
…との、最後の言葉は聞かなかったことにしよう。いや、ていうか前半の言葉だけでも相当いっぱいいっぱいだ。
確かに信じてほしいと思ってた。信じられなかったら悲しいと思ってた。けど、そんな、表情にまで出てたとか、わ、分かりやす過ぎる上に恥ずかしい…!!そりゃツナを見てれば感情が表情に出やすいのは分かってたつもりだけど…!よりによって外人さんにまで分かるほど顔に出してたとか穴があるなら入りたい…!!!
って思っているのに、不意に胸元に埋めていた顔を上げて至近距離でニヤリと笑ったベルさんは、追撃のようにこう言った。
「その顔も、イイ。」
セクハラ度ではロメオさんとどっこいどっこいの迷惑さでしたね、ええ。
【心を受けるで愛と呼ぶ】