「………う…、」



あ、これはヤバい。体が動かない。


目が覚めた瞬間にこんな冷静に判断できるとか、そんなに疲れるようなことしただろうかあたし。とりあえず寝返りを打とうとしても打てない体を諦めて、目を閉じたまま神経を巡らせる。

……あれ?別にどこも痛くないんだけど…筋肉痛でも打撲でもないし、第一動けなくなるほど体使った覚えは…ていうか息苦しい…。

……?息苦しい?いや、体が動かなくたって、どうして息まで苦しい?仰向けなのに。よく考えたら、今まで痛くて体が動かせないのはあっても、ここまで物理的に体が動かないことはあっただろうか。

…まさか、これ金縛り?えー…ロメオさんかな…それならそれで投げ…何とかどいてもらわないと。




「ロメオさん、投げますよ。」

「ロメオって誰。」




どや顔を見るのも癪なので、目を瞑ったまま言った文句に、瞬時に返ってきた言葉は、まるで耳に直線入る勢いで近い。

近すぎて一瞬気付かなかったけれど、あれ、これはロメオさんの声じゃないんじゃないか。ていうか今何時だっけ。…まさか、あれ、まさか。



「………ベルさん、お帰りなさい。…何で人の上に乗って…ていうか寝そべってるんですか…。」

「誰、ロメオって。」

「…あたし何か言いましたっけ。」

「へえ、しらばっくれんだ。裂く。」

「止めて下さいそのリアルな言い方。とりあえずちょっとどいてもらえませんか。苦しい…。」

「別に慣れてんだろ。ロメオって奴と。」

「ちょ…体重かけないで下さ…ぐっ…。」



し、しまった…まさか金縛りどころか実際の人間が乗ってるとは微塵も思わず…。

うっすら目を開けたそこには、金色の髪が顔半分を隠す、色の白い顔。目が見えない故、唯一表情を窺える口元は全く笑っていない。

…厄介な人の前で厄介な名前を口にしてしまった。もしこれが今現実に実在する人物の名前を言っていたとしても、それはそれで言うにはばかるけど、ロメオさんの場合は説明しようがない。まあ実体がない以上、理不尽な襲撃を受けることもないからそこは安心だけれども。

けれど、も。



「さっさと答えないとマジで裂く。」

「いやいやちょっとわさわさナイフ出して惨殺モード止めて下さいませんかナイフは一本でも充分殺せるでしょう!」

「ああ言うくらいなら死ぬってやつ?いい子ちゃんしてるアンタらしいじゃん。それならそれで別にいいけど。」

「勘弁して下さいって…。」



他の人に被害はなくとも、それを自分のこの身一つ、一身に受けなければいけないわけでありまして…。

あーほんともうどうしよう。まさかロメオさんのせいで死ぬなんてことにはなりたくないし、何より誤解されたまま殺されるのは一番困る。それこそあたしも幽霊になって出なくちゃいけないじゃないか。


そう、ロメオさんは幽霊だ。未だに時々嫌がらせをしては倍返しされて半泣きで逃げていく、何ともヘタレな幽霊。今思わず勘違いしたように、忘れた頃に金縛りなんかも仕掛けてくる困った人。

そんな腐れ縁のような人だから勿論、今ベルさんが懸念してるようなことは何一つないわけで、疑われて殺されるなんて心外もいいところ。できることならすぐにでも弁解したい。



…でも、なあ、





「なに、本気で言わないつもり?」

「言ったらベルさん襲撃しに行くじゃないですか。」

「別にしねーよめんどくさい。」

「この間行きつけのケーキ屋さんの店員のお兄さんを夜道で襲いかけたのは誰ですか。」

「あれはただの暇潰しだし。」

「今回も暇を作って行きそうなので言いたくありません。」

「じゃあそのロメオって奴とヤったのは認めんだ。」

「気持ち悪いこと言わないでもらえませんか有り得ません。」

「そこだけ完全否定が逆に怪しいな。ヤってなきゃセーフで許されるとか思ってんだろ。」

「じゃあベルさんはあたしに何て言って欲しいんですか。」

「ロメオって誰。」



あ、成る程。やっぱり説明されないのが嫌なわけですね。

まあベルさんの立場になれば分からなくもない。興味なさそうな顔して、意外と人のことをよく見ているのがこの人だ。ただの天上天下唯我独尊的な意味合いでの王子様ではなく、周りを把握する力に長けているのも王子様所以かなあと思うようになったのは、傍にいるようになってから。

何と言うか、それは情報収集力とかそういうことではなくて、他人が何を思って何を考えているか、知ろうと思って考える力。浅い付き合いなら恐らく、ベルさんには皆無の能力だと思うことだろう。だがしかし、これがあるのだ。じゃなきゃ、あたしが個人的に通っていたケーキ屋さんを突き止めようなんてするわけがないし、今こうやって問答を繰り返すこともない。

疑われていることは普通悲しいことなのに、なんでかなあ。ナイフをちらつかせながらも速攻刺さずに問い詰め続けるこの人を嬉しいと思うのは、ちょっと感覚が麻痺してきたのかもしれない。不憫な方向に。うん、あまりにもこの王子様やんちゃすぎて。



「言えよ。」

「あー痛い痛い、痛いですよ。先が刺さりかけてますよ。」



とは言え、いい加減だんまりじゃ限界か。何だかんだ今までこんな風に明確な理由なしで逃げようとしたことはないし、今度ばかりは命の危機かもしれない。

そうと思えどこの口が弁解を紡ぐのを躊躇うのは、やっぱり自分自身がそこそこそれを気にしてるんだなあ。物心ついた時からのこの妙な体質、人と違う余計な特技。お陰様で何度も怖い目にあったし、危ない目にもあったし、何より話した人には大体ひかれた。もしくは信じてもらえなかった。

小さい子の妄言と思われたからかもしれないけど、一般的に考えてそれが普通の反応だし、変に好奇心持たれても危ないからそれは別にそれでよかった。少林寺の先生とか、信じて欲しい人には信じてもらえたし。


だからこそ、今あたしは躊躇う。信じて欲しい人には信じてもらえてきた。でも今度は、目の前のこの人には、信じてもらえるだろうか。

頭イカレてんの?で一蹴される気もする。全く相手にされず尚更疑わせることになる気もする。どんな感想を持たれようと、それは個人の感覚だから咎める気にもならないけれど。






「言え。」







そうやって、脅すくせにいつまでも、あたしからの言葉を待つこの人に、信じられたいと思うあたしは果たして、危ない賭をする博打打ちと同じでしょうか。






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