「…あ!?ランチアさん!?」

「ああ、久しぶりだな。」

「お久しぶりです!荷物持ってるってことは今こっちに来られたばっかりですか?」

「ああ、今からお前の家に顔を出しに行こうと思ってな。お前の兄貴達はもう帰ったのか?」

「はい、あ、ちょっと待っててもらえますか?あたしも一緒に帰ります。」

「いや、お前は後からゆっくり帰ってこい。取り込み中だっただろう。」

「ああ、あれは球技大会の自主練で…少林寺が休みだったから、帰ろうとした時に捕まっちゃったんですよ。大丈夫です、すぐ抜けられますから!」

「気を遣うな。楽しんでるところを邪魔するのは、俺も忍びないからな。気にしないで練習して来い。」

「え、や、でも、」

「今の話だと、少林寺の方優先であまりこっちの練習は出ていないんだろう。」

「お、仰有る通りですけど…」

「俺ならどうせチビ達に捕まって、お前が帰ってくる頃まではいるだろう。じゃあな。」








と、いうのが今、学校のグラウンドと校外を分けるフェンス越しに行われた会話だ。
来日したばかりらしいランチアさんが当然校外で、あたしはグラウンド。あっさりと背中を向けて去っていく姿を見送るその図は、なんとまあ空しいことか。


ツナ達はとっくに帰った放課後のグラウンドで何をしてたかと言えば、先程言った通り、近々ある球技大会の自主練に巻き込まれたわけで。



「巴ちゃーん!早く戻って来てー!次やるよー!」

「あ、はーい…。」



はいはい今行きますよーランチアさんもちゃんと練習して来いって言ってましたしねーいい暫く会ってなくてかなり久々に会えたにも関わらずフェンス越しに結構サラッと冷たくゆっくりしてこいって言われましたもんねー…ねー…。




「……うわあ、これはやばい…。」

「え?パンツならさっきから見えてるよ?巴ちゃん面倒くさがって制服のまんまするからー。」

「いやいやそれじゃなくて…っていうか帰ろうとしたとこで思いっきり試合最中に引き込んできたから着替える暇なかったよね。しかもこれパンツじゃなくて短パンだからね。あと見えてたなら早く教えて!」

「巴ちゃんさっきの人知り合い?帰らなくて大丈夫?」

「……うん大丈夫大丈夫寧ろちょっと体操着装着して本気出しますからよろしく。」

「わーやったー!巴ちゃんが本気出すよ!見てろA組!主に男子!」

「えー!?なんで男子のみ!?ていうか山本達どこだよ呼んでこいよー!」

「残念あの三人組は一足先に帰りましたー!」

「よーしやるぞー。」



今日は練習休みだから体力温存デーにするつもりだったけど状況が変わってしまった。今無駄に体力が有り余ってると余計なことを考え出しそうだし、さっきふと胸によぎった感覚は、この感覚が湧く傾向は、よくない。

ランチアさんを見た時は何が何でも一緒に帰るつもりだったけど、今このままじゃ絶対に帰れない。帰りたくない。だけど家に帰らないわけにも行かないから、余計なこと考えられないくらいに体力削るしかない。



…っていう気概で結構頑張ったけれど、毎日朝晩と練習に勤しんでいる体は伊達ではないのか、日がとっぷりと暮れて、みんなくたくたになりながら帰る頃になっても、あたしの頭と体はまるっきり平常だった。うん、普段の練習がどんだけハードなのかよく分かりましたよ。

で、疲れてないことにはやはりと言いますか、思考はスタート地点のままで。





「…帰りたくない…。」

「何だ反抗期か?」

「、っ!!ち、い先生…!!?」

「よー。」



帰る方向が同じ友達達を遅くなったからという理由で家まで送って時間を稼いでみたものの、さてこれから真っ直ぐ帰るべきか否か。と考えていたところで、わしっと後ろから肩を掴まれて一瞬手を出しかけた、そこにいたのは何と小先生。

え、ちょ、何してるんですかこんなところで。



「家出少女に言われたくねえなあ。」

「家出なんてしてませんから!見るからに学校帰りでしょうほら!」

「ん?なんか妙に砂だらけじゃねえか?ケンカか?」

「しませんてば…小先生の学生時代と重ねないで下さい。で、小先生はこんな時間に何してるんですか。」

「夕飯なかったから実家に飯たかりに。」

「…先生なら毎日自分の食べきる分しか買わないし作らないですから、多分練習ないこの時間に行っても何もないですよ。」

「実の息子より把握してるとかお前はほんとあそこんちの娘になった方がいいんじゃねえかな。まーそういうことなら飯食いに行くか。何食いたい?」

「…はい!?あたしも行くんですか!?」

「だって今帰りたくないっつってたじゃねーか。どうせ今帰りなら飯まだなんだろ?行くぞー。」

「う、ちょ…!」



た、確かにそうなんですが…帰りの時間が伸びるのは有り難い気もするんですが!な、何か良心が痛むような…悪いことをしている気分になるのは、ええと…。

と、そこまで考えて、ふとランチアさんの顔が浮かんで、さっきのお言葉がよみがえる。


…………。




「そういう小先生は何が食べたい気分ですか。」

「お、今日は聞き分けいいな。若干目が据わってんのが引っかかるけど。」

「気のせいです。さあ行きましょう。」



引っ張られる形を引っ張る形に変えて、まだ店も決めていないのにずんずん進む道、やっぱり小先生は鋭いなあとぼんやり思う。

自分でも分かってますけどね、半分くらいヤケクソな気分で動いちゃってることは。でも別にやましいことをしてるわけじゃない。ゆっくりしてこいと言ったのはランチアさんだし、今断ったところで一度決めてしまった小先生を振り切れるわけもない。

そんな感じに言い訳の防御を固めて身構える自分を、卑屈な奴だと笑いたくなる。これじゃ冷たくされても当たり前だな。嫌われたとしても仕方がない。あたしの自棄はあたしの責任。どうなろうとも受け止めましょう。仕方がない。仕方がない。






「……でも、」「ん?」

「いえ。」









でもあたしは、本当に。













「うー食った食った。元は取れたなー。」

「まさか悩んだ挙げ句にバイキング行くとは思いませんでしたよ…。毎度ご馳走様です。この借りはまた何かお菓子で。」

「おう、楽しみにしてるわ。えーっと、こっからだとお前んちはどっちから行けばいいんだ?」

「あ、送らなくていいですよ、まだ八時ですし。練習終わった時間と変わらないですから。」

「まあお前なら大丈夫だと思うけど、お前んちの母さんに電話した手前送る義務があるからな。折角今日は聞き分けいいんだから、ついでに大人しく送られろ。」

「…それじゃあお言葉に甘えまして。」



確かに、何かあった時に小先生の責任にされても困るから、ここは大人しく送られることにしよう。

それにしても、小先生と二人でご飯を食べに行くなんてどれくらい振りだろうか…小学生以来?いつもなら少なくともユキが一緒で三人だし、大抵少林寺のみんなでワイワイというのが普段だ。まあ二人であってもお互いテンションは変わらないんだけど。

…昔の自分なら、こんな風に二人で夕飯なんて絶対断っただろうなあ。このフットワークの軽さからはそうは見えないけれど、小先生は一応所帯持ち。それなのに奥さん抜きで一緒にご飯とか、何か悪いと思ってた。

そう思っていたのは、引け目を感じていたのは、自分自身が女として小先生を好きだったから。実際小先生から見たらただの少林寺の生徒なんだけれども、それは解っていたけれど、そこはいっちょ前に負い目を感じても仕方がないことだと思う。

それが今はこうやって、何でもなく行くことができた。大して意識もしなかった。それは偉大な時の流れのお陰であり、動き出せなかったあたしの心の中の時計が動き出した結果。

こんなにも緩やかに、穏やかに、あたしは前に進み出した。この人を好きだった過去を過去として受け入れて、誰を憎むことなく過ごしていられる。

長い間止まっていた時間を動かしたのは、他でもないたった一人。それに感謝して、幸せだと今一度噛み締めて、謙虚でありたい。我が儘を押し付けて、嫌われたくはない。


…うん。あの放課後から数時間経ってようやく頭が冷えてきた。これなら家に帰れる。まだうちにいらっしゃっていても、顔を合わせても、大丈夫。大丈夫。




「おい。」

「はい?」



おっと…考えて過ぎて無言になってたかな。まずいまずい。仮にも送ってもらってるんだから、上の空っていうのは失礼だろ自分。

と、声と共に会った時同じく鷲掴みにされた肩を振り返りかけて気付く。

あれ?小先生が歩いてたのって、逆、




「………。」

「………ら、」

「………。」

「……ラン、チア、さん。」

「お?誰だ巴?知り合いか?」



夜道、いきなり背後から現れた見知らぬ長身の外国人、それも割と強面であるというのに、普通に尋ねてくるところが小先生らしいっちゃらしい。あたしなんて知り合いでも、いきなり夜道の電灯の影から現れた時は逃げ出したというのに。いや、今はそんな失礼な話は兎も角。え?


なん、で、ランチアさんが、ここに。






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