「巴御前…巴御前んんん…!!!」

「…父さん。」

「ん?巴も飲むか?」

「飲みません。…もういいや…。」



改めて聞いたところであたしの予想は覆されることはないだろう。分かりきってはいるけれど、僅かな救いを求めたあたしは間違ってはいない筈だ。

何てったって今の目の前に広がるのは、いつも通りパンツ一丁の父さん、その横に並べられていく日本酒やらビールやらの空き瓶、止めどないアルコール臭、酔い潰れた数人の屍等々…カオスなんだもの。もう知らなかったことにして二階に上がって寝てしまいたい。っていうか出来ることならさっさと行動に移していた。

それが出来ずに今こうしてカオスの場に留まっているのは、何よりあたしが参っている原因のせいである。



「巴御前、巴御前っ…!」

「うん、バジル君、そろそろ落ち着こうか。」

「申し訳ございません…申し訳ございません…。」

「丁寧な謝罪の言葉を知ってるねえ。」

「おー、俺が教えたからなあ。ほらバジル、土下座も教えただろ?」



いや、なに悪乗りしてんですか父さん。土下座は確かに日本名物かもしれないけれど、それは最大級の謝罪のモーションですから。男が簡単に頭を下げるな…とは言わないけれど、あたしにする必要はありません。

と思いつつも口に出さなかったのは、これでバジル君との距離が取ることができれば結果オーライだからだ。この体勢になってから早20分、何かもう腰が痛い。


さて、今の状況をざっくり説明すれば、早い話父さんが魔法の水を与えたツナ、獄寺君、山本君、バジル君が酔い潰れている、そういうことである。何がきっかけだったのか、どうしてこうなったのか、健全に練習に行っていたあたしには知る由もない。知る由もないが、恐らく父さんがふっかけて出来上がったのだろう。この大惨事の張本人の娘として、赤い顔をして爆睡しているツナは兎も角、同じ状態の獄寺君と山本君は放ってはおけない。せめて風邪だけはひかないようにとブランケットをかけて回っていたところに、酔いに任せて奇行に走ったのが、残念ながらの西洋人、未成年だけれどお酒への耐性はあたし達日本人よりあるらしく、意識を保っていたバジル君だったのだ。

日本人のあたしにはこれを奇行と言ってしまっていいのか分かりかねるが、ここは日本で、沢田家である。声を大にして突っ込みましょう。力一杯抱きついて泣き上戸をかますのは勘弁して下さい。後、わざわざ下に下がって胸を枕にするのは止めて下さい。



「巴御前…巴御前…、」

「バジル君、バジル君。何がそんなに悲しいんですか。」



何度か同じ問いかけをしているけれど、返ってくるのは弱々しく首を横に振る動作のみ。まあ、酔ってるから思考回路が支離滅裂なんだよね。何してるか本人にもよく分かってないんだろうな…。

しかし酔ってタガが外れた状態でここまで泣くなんて、日頃の生活でストレス溜まってるんじゃあ…だとしたら、原因に心当たりがある。



「ちょっと父さん。さっきから我関せずみたいだけど、これ父さんのせいでストレス溜まった結果じゃないんですか。普段無茶ぶりとかしまくってるんでしょう。」

「バジルはあれくらいじゃ音もあげねえさ。」

「やっぱり父さんか…。」

「違う違う。ほら、バジルも違うって首振ってるぞ。」

「バジル君…酔ってまで気を遣わなくていいんだよ。」

「第一、何も泣くのは悲しいからってだけじゃあないだろう?」



父さんの意味深な呟きに、しがみついたままのバジル君の体がピクリと揺れた。あれ?あ、あー…。



「…嬉し泣き、悔し泣き、男泣き、笑い泣き、貰い泣き。」

「、…。」

「え?悔し泣きなの?何で?」



父さんの言葉に対して体が反応したのを見て、じゃあ誘導尋問かなと思い当たる涙の理由を並べてみれば、やはりバジル君(の体)は素直に反応してくれた。何故か悔し泣きに。えー…みんなが寝落ちる前に些細な勝負事でもしてたんだろうか。

考えながら彼のサラサラヘアーの頭頂部を見つめていたその時、今まで意地でも離れなかった頭がぐわっと持ち上がった。って危なっ!!?避けてなかったら顎にクリティカルヒットするところだったよ!?



「拙者っはっ!!」

「は、はいっ!!」

「拙者はっ!巴御前のことを全然知りませんっ!!」

「…はい?」

「拙者はっ…沢田殿達と違ってっ…巴御前が普段、どう、生活されているかも、知りませんっ…!!」

「うん…?まあそうだよね。」



そりゃそうだ。あたし達は友達だけれど、バジル君はイタリアで、あたしは日本で暮らしてるんだし。

と、思って普通に肯定したのだけれど、どうやら返答を間違えたようです。またバジル君は俯いてしがみつきを開始してしまった。しかもさっきより強いよ!い…いったたたた!!



「バジル君…!息っ、止まるっ…!!」

「沢田殿は勿論…!山本殿もっ、獄寺殿も!巴御前のことを沢山知っていますっ…!!」

「うんうんそうだねまず放して!!」

「授業中に教師の目をかいくぐって睡眠を取る術が優れていることも、上級生の不良達に妙に知り合いが多いことも、一週間に一度は制服の下に短パンを履いてくるのを忘れていることも…!!」

「ちょっと待った最後の一つは誰情報!!?」



いや、前半二つも引っかかるけど!!それツナ情報じゃなかったら色々と疑心暗鬼になりそうですから!!いやツナだったとしても気持ち悪いけど!!!

というツッコミの勢いでベリッとバジル君を引き剥がすことに成功。ツッコミの力って偉大だ。

兎に角、再度抱きつかれないようにバジル君の両の二の腕辺りを掴んで一定の距離を保つ。彼はあたしの手に手を添えながら、やっぱりさめざめと呟いた。



「知らないのは拙者だけです…!それが悔しい…!!」

「いやあ…そう悔しがる話じゃないと思うけどな…。バジル君、酔ってるからそんな風に思うんだよ。ちょっと寝よう?目が覚めたら忘れるよ。」

「う、ううっ…!」

「あー!泣かないで泣かないで!!」



ぼたぼたっと音がしたと思えば、畳を濡らしたのは大粒の涙。あああもうお酒って本当に質が悪いな!父さん然りシャマルさん然り!!



「バジル君!あのね、確かにバジル君もあたしも住んでる場所が違うし、知ってることも少ないけど、あたしはバジル君のことを好きって言えるところはちゃんと知ってるよ。バジル君は違う?」

「……せ、拙者も、し、知って…、知っています!!」

「それじゃ駄目なのかな?その人の全部を知ってなきゃ、好きでいちゃ駄目?近くにいることにはならない?」



ランボ君を諭す時のようにゆっくりそう言って、問いかけて、返事を待つ。

バジル君は否定も肯定も返さなかった。ただ、添えた手にぎゅっと力を込める。畳はそれ以上濡れることは無い。




「……拙者は何も知りませんが、巴殿が、好きです。」




あれ、珍しく御前呼びが外れた。代わりに殿って付けちゃったけど。呼び捨てでいいのになあ。

そんなことを思っている隙を狙ってか、素早くバジル君が元の位置に戻る。元の位置っていうのはまあ、またしがみつかれたわけで…。



「…父さん、ギブ。」

「寝ちまったから苦しくはないだろ。」

「同年代のイケメンにしがみつかれたまま眠られる状況にギブアップしてるんですけど…。」

「安心したんだろうなあ。」

「はあ…。」

「あとバジルはいくら飲んでも酔わないぞ。」

「え?」

「父さんも寝るなー奈々〜。」




父さん、爆弾放置してかないで。バジル君、だからわざわざ下がって胸を枕にして眠らないで。




「……母さん、助けて。」





【素面の悪魔】



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -