日本人は四季を楽しむことに優れていると、以前親方様の話に聞いた。

清少納言の枕草子、その一段と同じように、一季一季を噛み締めて、過ぎ行く季節を名残惜しみ、独特の哀愁さえも息をするように飲み込む様は、正に神秘の島国日本。親方様が誇りに思い、拙者が憧れた日本人の精神は、今も遺伝子として受け継がれている。


そう、それは当然、彼女にも。







「…何かこう…バレンタインが過ぎると切なくなるね〜。」

「…えっ?それはどういう…?」

「あー何かそれ分かるかも。時期的にそういう気分になる頃だよな。」

「ええと…祭りの後の静けさ、というものでしょうか?でも日本にはまだ来月にホワイトデーがあるんですよね?」

「うん、まあバレンタインよりは盛り上がりに欠けるけどね。でもこの感じはバレンタインが終わったのが原因ってわけじゃなくて…う〜ん、何て言えばいいだろツナ。」

「ほらあれじゃん。卒業式とか近いし、年度終わるし、季節変わるし、そういうのだろ?」

「ああうんうん、そういうのそういうの。」

「???ええと…?」



そ、そういうのとは一体どういう…??

と、首を傾げる自分に対して、目の前の巴御前と沢田殿は、まるで双子の阿吽の呼吸。互いが持っているイメージは寸分変わらぬようで、いともすんなり意志疎通が出来ている。



今日も今日とて沢田家にお邪魔させてもらったリビングで、自分は巴御前と沢田殿で三人、のんびりと炬燵に入りながら談話していた。

積もる話に積もらぬ話、そして奈々様が淹れて下さった温かい日本茶に、甘いフォンダンショコラ。…一番最後のものは、巴御前が先日のバレンタイン用にと、拙者の為に作っておいて下さったものらしい。

ほ…『本命だよ』と言われて笑まれた時は、いつも控え目な日本人の女性らしからぬ直球さにパニックになってしまったけれど、日本のバレンタインというのは、女性が男性に堂々と愛を伝える日らしいので、気恥ずかしいながらも何とか落ち着きを取り戻すことができた。

自分の為だけに作られたショートケーキサイズほどのフォンダンショコラは、丁寧で美味しくて、一口毎に幸せな気分になる。

けれど、何故だろう。それを覆い尽くさんばかりに、この胸の奥に何か嫌なものが渦巻き始めているのは。






「イタリアがどうかは分からないけど、日本の冬から春のこの時期って騒がしいんだよね。クリスマス、お正月、節分、バレンタイン、雛祭り、ホワイトデー…ってある中で、卒業とか年度変わり間近で今までと日常のテンポ変わったりさ。」

「な。バレンタイン過ぎると雪降ったり急に気温上がったりするし。暖かくなるのはいいんだけど。」

「でも寒い寒い言いながらこうやって炬燵でダラダラできなくなるのも何か名残惜しいんだよね。」

「分かる。ずっと続かれても困るんだけどさ〜。何でかな。」

「…そうなんですか…。」





日本は多分、どこの国よりも冬を楽しんでるんじゃないか?


そう呟いた親方様の言葉が鮮明に蘇る。

良いものは取り入れろ精神で、神も仏も受け入れた国のイベントは兎に角多く、今巴御前があげた通り、確かに冬のイベントは多い。場所によっては大雪も降り、寒さも厳しいこの季節に、だ。親方様は冬に鬱々してたら寒さ乗り切れないからな!と、故郷のお祭り好きの精神を笑っていたけれど、それだけ冬を楽しめば、当然冬が名残惜しくもなるだろう。それは解る。…否、理屈では解っている。



…でも、






「ツっ君〜暇なら母さんの買い物手伝ってくれない?」

「え〜…何で俺?巴の方がそういう手伝い向いてる…」

「い・い・か・ら!手伝わないと夕飯抜きよ!じゃ、みんなで買い物してくるから、バジル君と巴はごゆっくり〜!」

「えっ!?あっ、奈々様…!?」

「ああ…はいはい、お気遣いどうも〜…。」



と、何故か諦めたような呆れたような顔で母上達を送り出す巴御前の言葉が終われば、バタン、と玄関の扉が閉まる音。やってくる静けさ。

も…もしやこれは…気を遣って二人きりにして下さったのだろうか…!?そ、それは勿論有り難い計らいではあるけれども、今この胸のモヤモヤを抱えたまま二人きりというのは、なかなかに厳しいような…!鋭い巴御前のことだから、こんな自分の幼い感情になんかすぐ気付かれてしまわれるんじゃ…



「何かごめんね。うちの母さん露骨過ぎる気遣いしかできなくて…。」

「いいいいえそんなっ!!!」

「別にツナがいてもいなくても同じなのにねえ?」



そう言って、小さく肩をすぼめて見せる巴御前に、そうですね、と応えようとした。笑って空気を解こうと思った。

でもそれはどちらも出来ずに、思っただけで止まる。思いすらかき消される。



同じじゃない。少しも同じじゃない。沢田殿が居れば、貴女が意思を疎通するのは沢田殿で、それは同じ日本人だからで、共に同じ環境で育ってきた二人だからで、唯一無二、同じ血が流れる双子だからで。





感情も思い出も、巡る季節も哀愁も、貴女達は全て共有してきた。


対して拙者は日本人でもなく、紡いだ時間も僅かばかり。過去と言える過去ですら、月で遡れば両手で足りる。








もう戻らない、彼女生きた静かな軌跡。その積み重ねられた記憶と過去に、自分は決して入れない。









「…っ…!、はっ…!!バ、ジル、くっ…!?」

「……っ…すみません…。」



言動と行動がバラバラだ。了承も得ずに押し付けた唇を離して、そこから謝罪の言葉が出ても、この手は彼女の自由を奪う。

腕ごと抱き締めているのに、細い、と感じるその体は、儚げで脆い。なのに、触れているというただそれだけで、こんなにも安堵感が広がるのは、所詮この感情が幼い独占欲だからなのか。

情けなくて泣きたくなる。こんな風に自己中に走るようじゃこれから先、彼女の隣を歩けない。




だのに、貴女は、







「……バジル君?」

「…はい。」

「あの、ごめん、ね。あたし、何かしちゃったかな。」

「してません。拙者が悪いんです。すみません。」

「いやいやあのね、バジル君が何にもないのにこういうことする人じゃないの分かってるよ。それにバジル君、何かすごい淋しそう。」

「…そんな、こと、」

「それはあたしがさせたから、今こうやってるんだよね。でも理由が分からないと、あたしも対処しようがないから。」

「違います。巴御前は、何も悪くない。」

「でもあたしはバジル君のために何かしたいんですが。」

「……。」

「好きだからね。」






変えようがない過去を拗ねて、当たり前にある彼女の周りの環境に嫉妬にする自分を、彼女は責めることなく受け入れる。

男ならば愛されるより愛することが多くあるべきと、ずっと思っている筈なのに、彼女は流石の親方様譲りか。まるでそんなことはないよとでも言われるように、ただの一度も彼女の包容力に勝った試しがない。



いつでも自分は愛されていると思える。だからこんな些細なことに嫉妬するほど、彼女を好きになる。






まだまだ拙い拙者ですが、これからの未来に期待して、共に歩んでくれますか。













「あ…また雪。」










願わくば彼女の記憶の中で、自分の肩越しに見た粉雪が、特別なものになりますように。










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