「山本君。」

「うん?」

「吐きそう。」

「…うん!?」



レジを通り過ぎて、流れに乗ってどこともなく歩いていたその時突然、ポツリと呟かれた言葉にばっと横を向く。

ここからだと髪が邪魔してで見えにくい横顔に、一瞬見つけたのはぎゅっと寄せられた眉間の皺。良くない顔色。



「ちょっ…!巴!?人酔いしたのか!?トイレ行くか!?」

「あ、ううんごめん大丈夫。物質的に吐くっていうより、精神的に吐きそうで。」

「よく分かんねーけど具合悪いんだろ!?兎に角どっか座って…」

「あのね山本君、さっきあたし、偶には二人で遊びたいからって言ったけど、」

「え?」

「それも嘘じゃないけど、本当はあたし、ちゃんと山本君の彼女ですよって堂々としてみたかっただけだったのかもしれない。」

「……へ…?」

「山本君のこと好きな乙女さん達を刺激すると、乙女さん達もあたしも嫌な思いするからって、今まで何となく人前で一緒にいたりするの避けてきたけど、バレンタインも近いし、多分今年も山本君大量にチョコ貰うだろうし、って考えたら、何かちょっとくらい彼女ですよアピールしてもいいかなって、思って。」

「………。」

「それでいざ乙女さんに会ったら、すごい後悔した。罪悪感が半端なくて、やっぱりやらなきゃよかったって思った。でも山本君が彼女だって言ってくれたのはすごい嬉しくて、何かそれ矛盾しまくってて、もう、何か、ごめん、性格悪すぎる彼女でごめん…!!」

「いや…いやいや待て待て巴。」




分かってたけど、巴お前さ、ほんと一人で思い込み過ぎだって。

一人で悩んで、一人で考えて、一人で答えだして。だからこそ周りは巴がしっかりしていると言うけど、実は精一杯でギリギリで、自分でもそれに気付かないで苦しんでる。


でも今お前、相談とかそういうんじゃなくて、ただの本音を、多分矛盾とかワガママとかに分けられる気持ちを、俺に話してくれたよな。



それがどんだけ俺にとって嬉しいことかって、巴はまだ気付いてないんだろうか。






「要するにさ、ヤキモチ妬いてくれたって解釈していいんかな。」

「……うん、まあ、そうですね…根本的にそうだよね…。」

「巴が言うなら他の奴からチョコ貰わねーのに。」

「いや、それは駄目。それはあたし達が付き合ってようがいまいが関係ないことだし、あたしも全然嬉しくない。」

「でも嫌だったから柄にもなく彼女アピールしてたんだろ?」

「だから矛盾しててやなんだよ…!!」

「やとか言うなよ。俺今すっげー嬉しいんだけど。」

「え?な、なんで?」

「いや彼女にヤキモチ妬かれたら普通嬉しくないか?いっつも俺ばっかヤキモチ妬いてるしさ。」

「う、え?そうなの?」



そうなの?ってお前…気付いてなかったのか?今のはちょっと悪女発言だろ。あーもういいや。今日はなんなんかな、占い一位だったんだろうか。




「でもほんと後輩さんには悪いことした…もう野球部の方いけない…。」

「え、何で。」

「いやほら、あの反応はどう見てもね…山本君好きだよね。」

「ええ?ないだろ、気にし過ぎだって。ただの後輩マネだし。」

「山本君自覚ないのが良いとこで悪いとこだよ…!何か力一杯見せ付けてしまった感じだったし…自分があちら側の立場になったらと思うと死にそう…。」

「えー…俺としては周りの女子の気持ち理解するより、俺の気持ち理解してほしいと思うんだけどなー。」

「山本君、それ若干ワガママ発言。」

「ははっ、じゃあ俺達ワガママ同士で似た者夫婦だな。」

「…まさか自分がこんなバカップルみたいになるとは思ってなかったよ。」

「俺も俺も。」

「でも後悔はしてないから。性格悪いし矛盾してる彼女だけど、山本君が飽きるまで一緒にいさせてね。」

「…お前さあ…。」

「え?もしかして既に駄目?」

「あー巴、ちょっとここら辺で待ってて。」

「え、え?いいけど、ちょ、先に答えて欲しいんですけど…!」

「まーまーいいから待っててな。あとその返事はバレンタインにするわ。」

「まさかのバレンタインに!?何ですかその意味深な感じ…!なぶり殺しは酷いよ!?斬るならスパッと…!」

「まーまーいいから。」

「や、山本君…!」




いっつも敏感で冷静に見える巴だけど、何かこういうどうでもいいような時に鈍感で、赤くなったり青くなったり、面白いくらい忙しいとこはやっぱりツナそっくりだ。

吹き出したくなる気持ちをニヤニヤ程度に何とか抑えて、俺は巴がちゃんとついてこないか確認してから、さっき随分長いこといた売り場に戻る。



女子ばっかのバレンタイン売り場の中で、手に取ったのはあのプリン型。


女子が総じて喜びそうな、可愛いラッピングとかを買う勇気は流石にないけどさ、






これがハート型ってことだけでも、巴は喜んでくれるかな。







「あー!ホントに山本いた!巴ちゃんとデートしてるってマジ!?」

「お、やっぱマネージャーもいたんだなー。マジマジ。」

「うそー!?ていうか本当に巴ちゃんと付き合ってたんだ…!」

「お前までそれ言うか?いっつも部活の後一緒に帰ってんじゃん。」

「それは知ってたけど!何かナチュラル過ぎて友達か付き合ってんのかはっきりしなかったから…。え…そのハートのプリン型は何?…まさか山本が逆チョコ的なあれじゃないよね?」

「おー、ビンゴ。いい彼女してくれてっからさ、逆チョコくらいしないと罰当たるかな、ってな。」

「やばい山本デレデレじゃん…あのコ泣くわけだよ…。」

「ん?」

「いやいや何でも…山本は巴ちゃんを精一杯大事にすることが、周りの女子に対する罪滅ぼしだと思うよね。」

「ははっ、なんだそりゃ。言われなくても猫可愛がりするつもりだけど。」

「あーごちそうさまごちそうさま!!早く彼女さんとこ戻ってプリクラでもチュープリでも撮ってきなさい!」

「おーう、じゃあバレンタイン期待してるなー。」

「山本には無し!!」

「えー。」





なんつって、一応不平の声は上げてみるけどさ、いいんだ今年は。貰うチョコが減ろうが、貰うチョコの材料を一緒に買いに行こうが。

こんなに浮かれるバレンタインデー前は初めてだ。女子の気持ちが少し解った気がする。好きな奴に好きだって気持ちで何か贈って、喜んで貰えたらすげー嬉しい。

それは別に誕生日でもできることだけど、元々この日は恋人の日なんだろ?堂々と逆チョコ…つーか逆プリンか、渡せるのもまた、恋人の特権てことで。







「…どうやったら飽きるのか、寧ろ教えて欲しいよな。」









今頃、不安になる要素がちっともない話でそわそわ不安になっている巴を煽りに、さあ、これを買って早く戻ろう。





ほんの偶にのヤキモチ妬かれる側、あと数日くらい堪能したって、悪いことじゃあ、ない。









【雪中、春を踊る】





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