彼氏彼女、恋人同士、お付き合いをしているからこそ堂々とできることというのは、結構に色々ある。

例えば放課後の制服デート、例えば恋人繋ぎ、例えばお泊まり、その他色々。

だから例えば今みたいに、夕方からたっぷり六時間、もうそろそろ日付も変わろうとしている時間まで手合わせという名の死合いをし続けるということも、あたし達二人にしてみれば恋人ならではなんですかねえそうでも思わないと悲しすぎますよねこれは!!!




「…君の言いたい事は、それだけかい。」

「ええ言い終わりましたとも…後はもうトドメをさすなり、なんなり、と…。」



六時間以上お互い何も喋らずに打ち合っていたせいか、あたしはおろか雲雀さんまで若干掠れ声だ。床を背にして、押し付けるように首に当てられたトンファーは冷たいのに、間近で降ってくる珍しくも息を切らせた雲雀さんの呼吸は熱い。いや、それ以上にあたしの方が息切れてるしもう動く体力もないんですけど。



「君も意外と、負けず嫌いなんだね。」

「そりゃあ、負けたら咬み殺されると分かってたら…草食動物でも、牙、剥きます…。」

「でも、もう捕まえた。」



そう言い放って、ギリ、と微かに首のトンファーに力を入れた雲雀さんは、何ともまあ悪そうなにやり顔。かなり命の危機だというのに、こんな時でも至近距離の笑みにどきりとする自分に呆れ返る。いや…もういい。解った上で好きになって、傍にいるわけだから。優しくされたくて好きと言ったわけじゃないんだし。

そんな、ツナのツッコミ曰わく『どうしてそんなよくわかんない彼氏彼女関係してんの!』なあたしと雲雀さん。流石に今日のような長時間ぶっ続け打ち合い受け合い殴り合いは初めてだけれど、ひょんなことから恋人関係らしきものが出来上がっても、こういう雲雀さんの暇潰しは頻繁にあったから別段ショックでも何でもない。寧ろ以前より多くなった気がしなくもないので、まあ日常茶飯事だ。

ただし、それは毎度のように学校の屋上であったり応接室であったりと、時間も短いものだったのに、今日はわざわざ雲雀さん宅にお呼ばれした上でこれだ。いや、途中までは本当に普通にお茶飲んで作ってきた和菓子食べてて…で、そろそろ夕方だからお暇しますと腰を上げた途端、何故か戦闘開始。理不尽過ぎます。しかしまあ、唐突に雲雀さんのご機嫌が急降下したのが判ったあたしは、ひたすら我が身を守るに徹していたわけで…気がついたら六時間経ってたわけで…。

うわ、改めて時間の経ちっぷりを振り返ったらドッと疲れが…!ああもうこの際何で機嫌が悪くなったのかとか言い訳とかしません。思う存分咬み殺して下さい。

と、潔く覚悟を決めて目を瞑って、できるだけ衝撃を和らげる為に力を抜く。


が、しかし、会話が止まった後に広がったのは打撃音でも血の匂いでもなく、ただただお互いの呼吸だけが響く、沈黙。



「……。」

「……。」

「……雲雀さん?」

「…何で何も言わないのさ。」



いや…そりゃあ、余計なことを言って惨劇をよりグロテスクなものにしようなんていう乙な趣味はないですし、命乞いするような体力がもう…。

そう言うべきか否か悩んだけれど、とりあえずそれより先に瞼を押し上げれば、雲雀さんの切れ長の目がかち合い、同時に今度はあからさまに力を入れられた首のトンファー。

…これは…何か言わなきゃいけない気がしてきたなあ…殴られるなら兎も角、窒息死でこの人を殺人犯にはしたくないし…。



「あの、雲雀さん。負け、は、負けです、から。」

「君は何も言わない。こうやってわけも分からず暴力を奮われたって。」

「まあ…慣れてますから。」

「とんだ被虐趣味だね。」

「それだけは否定しますよ。痛いのは普通に嫌ですよ。」

「なら僕の傍になんか居なきゃいい。」

「いや、傍にいるいない云々は雲雀さんが居ればいいと言ったから…というか、雲雀さんが好きで居るわけなので。でも…そうですね、居なきゃいいと言われたら、居れないですねえ…。」



そう、元々あたしは好きだと一言伝えただけで、付き合って下さいと言ったわけじゃない。それを聞いてくれた雲雀さんが『じゃあ傍に居れば』と応えて、気がつけば周りからカップル公認されていて今に至る。

そんな雲雀さんの気持ちは聞いたことはないけれど、好きな人が傍に居ていいと言ってくれたのだから、あたしはありがたくできる限り一緒に居させてもらった。今までみたいに雲雀さんから呼び出されることも多々あったし、もうそれだけで満足だった。

だけど、それもどうやら、今日で終わりらしい。



「傍に居させてくれて、ありがとうございました。」

「だから、何で君は…、」



語気が僅かに荒くなったかと思うと、遂に息を通すのが困難になる程トンファーに力を込められて、あたしはぐ、と唸って眉を顰める。あーまずいまずい、まずいですよ雲雀さん流石に殺人は!ただでさえ呼吸もままならなかった戦闘後なんですから、思ってる以上にすんなり落、ち…



「何で君はそうやって僕に何一つ聞こうとしない。好きだと言ってきた時もその後も一度だって僕が君をどう思ってるのか聞こうとはしないし、僕がどんなに暴力を奮おうが無茶をさせようが見返りも求めない。今だって居なきゃいいと言えばすんなりそれで終わりだ。」



落ちるか落ちないかギリギリの力加減であたしを生殺し状態に留める雲雀さんは、早口ながら怒気をはらませた声で、言う。

こんなに怒っている雲雀さんを見たのはいつ以来だろう。息が苦しい。ああ違う、この苦しさは、息じゃ、なくて、



「一方的もいい加減にしなよ。自分ばっかり気持ちを押し付けて、こっちには一言だって発散させようとしない。自己満足も大概にしないと、周りに迷惑だって知ってたかい?自分だけで考えて、自分だけで結論を出して、それのどこが恋人同士なんだい?僕が何を思って君を傍に置いて、周りが恋人だって言っても否定しなかったのか知りもしないで。こうやって体をボロボロにされる覚悟があるなら、たった一言聞けばいいのに。僕が何を言うかすら、想像に留めて、怖がって、結局は実在する僕を見ないで、」

「ひ、ばり、さ…」

「…僕は、君の、」

「雲雀、さん。」

「…僕は君の、兄でもなければ、初恋の人でも、ない。」








だから、言いなよ。


と、押し殺すように、呟くように付け足した雲雀さんの言葉は、今まで聞いたどんな声色より優しくて、それが怖くて、目の前が滲む。

雲雀さんは知ってた。あたしが知ってるよりもっと、知ってた。勘の鋭い人だから、きっと気付いているとは思ってたけど、ああやっぱり知ってたんだ。



「言いなよ。」

「…言えま、せん。」

「言え。」

「……言、えませ、んっ…。」

「…言って。」

「っ…雲雀さんはいつから飴と鞭を使いこなすようになったんですか…っ。」

「君と付き合うようになってからだろう。それに、プリンとトンファーの間違いだ。」

「………。」

「ほら、やっぱり何も聞かない。いい加減咬み殺すよ。」

「……れは、」

「…聞こえない。もう一回。」

「……そ、れは、あたし専用だと、自惚れて、いいで、すかっ…。」

「…いいよ。」



滲んだ視界で、雲雀さんの目が猫みたいに細まったように見えたのは、気のせいだろうか。気のせいかな。…気のせいじゃなかったら、いいなあ。

思って、もう多分これも負ける試合だと腹をくくって、服の袖で目を擦る。ちゃんと、自分を納得させる為に。雲雀さんに、伝える為に。



その為の勇気が欲しい。だからもう一度だけ、背中を押してくれませんか。






「僕は…言ってほしい。」






胸が詰まる。詰まって遂に、溢れる。雲雀さんに好きだと伝えたあの時みたいに、後先の為じゃなくて、自然に、当たり前に、どうしようもなく流れ出る。

ああ、あの時は本当に、ただ自分の気持ちを伝えただけで、よかったのになあ。





「………っ…でっ…、」

「うん。」

「嘘、でもっ、い、の、で……っ、」










あたしを好きだと、言って下さい。












「…嘘でもいいは、余計だよ。」



あたしの一世一代の一言を、雲雀さんはそんな風に笑いを含ませたコメントで受け取った。自分の嗚咽に混じり混じり、ガランガランとトンファーを床に転がす音が聞こえる。開けていた筈の目はいつの間にかまた閉じて、何も見えない。灯りさえ付けていない部屋は暗闇。なのに、何でこんなにも瞼の裏が、白い。

嬉しいんだか悲しいんだか、すっきりしてるんだか後悔してるんだか。胸の中と頭の中が噛み合わずにただただ泣けば、撫でられる両頬に更に泣けてくる。後悔したくない、でも、今のは無しだとも言ってしまいたい。


雲雀さんがあたしをそれなりに好いていてくれていることは、言葉にされなくても何となく分かってた。雲雀さんは嫌いな人を同情だけで傍に置いておくような人じゃなかったし、誠意は言葉じゃなく行動での人だから。

だから本当に、別に何も言われなくてもよかったんです。嫌いじゃないならそれでよかった。でも、言われたら、怖かった。

好きな人に好きと言われて、舞い上がって執着して、でもそれが相手の勘違いだったらどうしよう。相手が本当に夢中になるべき運命の人は他にいて、手を放されたらどうしよう。二度あることは三度あるとは言うけれど、三度目の正直は、とても堪えられそうにない。そんなのはツナ一人で精一杯だ。次に放されたら、あたしは、今度こそ、


解決策は簡単で、初めから手を繋がなければいいだけのこと。そうしたら、あたしは少し離れた場所から見て、話して、助けられる。

そうやって、できる限り透度を高めて作った壁を壊してくれたのは誰でもない。雲雀さん、でした。






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