噎せ返るような甘さ、香ばしいバターと小麦の焼ける香り、広がる色鮮やかな菓子類々、机いっぱい所狭しと並べられた手作り菓子の数々は、まるで幼い子どもの宝物のようにきらきらと煌めく。

…これが食べ物だと思わなければ、美しいものじゃないかと呟けたかもしれないが、何せこれらは全て食べ物…しかも全て菓子なのだ。見ただけでも相当甘ったるいと分かるこの菓子達は、何故俺の前に並べられているのか…そんなのは目の前でまだまだ菓子を並べている女に聞けば分かる話なんだが…。




「どうかしました?」

「……いや。」




…こうも満面の笑みで用意しているというのに、水を差すのも憚られる。というよりも、コイツと話すのはなかなか面倒なのだ。何というか、話が噛み合わない。いや、話自体は噛み合っているのだが、会話の際の感情のベクトルが噛み合わないのだ。口論などで衝突しにくいという意味では、口が出やすい自分にはありがたい相手だが、それ以外では何かとやりにくい。

そう、コイツは己の為に本音を言うべきところでそれを隠し、どうでもいいところで取り繕わない。それが俺にとっては、苦手なのだ。




「…昨日から作ってたのか。」

「そうですね、パイ関係は一昨日の夜から仕込んでましたよ。いやあ、ここまで作ったのは小学生の頃の父の誕生日以来です。」

「家光なら完食し兼ねんな…。」

「見事にペロリと完食しましたねえ。」

「また作ってやれ。喜ぶぞ。」

「はは、もうしませんよ。」

「やはりこれだけ作るのは疲れるか。」

「それもありますけど、こういうことは特別な人にしかやらないことにしてます。」




…ほら来たぞ。これだ。こういうことをいちいち口に出してくるから苦手なんだコイツは…!どこか国によくいる優男のように、口先だけで口説こうとしているのが丸分かりならまだしも、コイツの場合は裏も表も意図もなく、ただ当たり前のように口にするのだ。これが演技というのなら、この世の悪女の頂点にも立てそうである。




「さ、お待たせしました、これで最後です。あたしからのミルチさんへの誕生日プレゼントですよ。」

「…予告される前にも言ったが、俺は甘ったるい物は好かん。」

「と言われていたのでオール甘さ控え目です。そして最終兵器がこれ、リボーン直伝、ドルチェ専用コーヒーです。」




と、ドドンと出されたのはまさしく無糖、まさしく濃い味、と色だけで伝わる、黒い黒いコーヒー。

用意がいいことだ。リボーンの奴がコイツに甘いのは既に周知の事実だが、しかし俺が男だったならこんなものはわざわざ教えたりしなかっただろう。…とすると、恐らく生暖かく見守られているのだろうが…そう思うと何だか意地を張りたくなる。

が、目の前、桜色のプリンを最後に完成した鮮やかな色達に視線を戻せば、そんな気持ちは見事に和らいだ。所詮俺も女というわけか。




「…全ては食べられんぞ。」

「勿論、好きな物を食べれる限りで摘まんで下さい。一時間したらハルちゃん達が助っ人でやって来ますんで、残るだとかは考えなくていいですよ。」

「………。」




本当に準備のいい…。しかし一時間、か。確かに、あまり甘いものを食べない俺がこれらを充分に堪能するには妥当な時間だろう。だが、たった一時間。いや、中には温かい内が一番美味いものも多い。いくら甘味が好きだと言っても、残りを食わせることになるのだから美味い内に食べてもらうのが何よりなんだ。なんだが…一時間…。




「ミルチさん?」

「な、なんだ!」

「いえあの、もしかしてお腹の調子悪いです?」

「い、いや、そんなことはない。」

「無理しなくていいですよ?日持ちするのもありますから、もしだったら今は選んでもらって今度食べてもらうとかでも…」

「は、腹は本当に大丈夫だ!気を遣うな!」

「でもあの、眉間に皺が寄ってますよ。あ、実は菓子類全然食べれないとかじゃないですよね!?」

「そ、そうじゃない!!」




ど、どうしてコイツはこうも鋭いようで鈍いんだ…!これもわざとなのか…!?わざと言わせようとしているのか!?

普段は滅多に動かない表情が微かに曇って、行きどころをなくした視線が手元のプリンに落ちる。汐らしいその仕草は、到底俺にはできないものだ。


それを羨んで、妬んで、悔しく思って、それでも惹かれて、そんな自分を殺したいくらい葛藤していたのは記憶に新しい。今だって時々思う。汚らしい真っ黒な感情。それをまたコイツと比べて、膨らんで、破裂する寸前にその衝撃を消したのは、やはりコイツだったのだ。



惑い、悩み、足掻く俺を、美しいと言った。



自分には、できないことだと。






「ミルチさん?」






自身と戦い続けることが恐ろしくて、あたしは呑まれて死にました。

あの時はっきりそう言った、あの口が俺の名を紡ぐ。

コイツの過去に何があったかなんて、俺は今でも知らないし、知る由もない。

ただ、端から見たら上手く自身の感情を操っているかのように見えた彼女は存外脆く、頼ることも惑うことも出来ずに立ち尽くしていただけだったのだ。


静かに黒を吸い込んで、それでも他人を見ることを止めない彼女を認めて、初めて、傍に居てやりたいと、思った。





傍に、居たいと。









「…甘ったるい物はあまり食べない。」

「あー…やっぱり…あの、すみま」

「だから食べるには時間がかかる。…せめて二時間にしろ。」




ケーキバイキングでも二時間はあるだろう。これだけあれば味を見るだけでも一時間は短い。折角お前がお、俺の為、に、作ったというのに、殆ど食べれずに終わったらお前は少なからず消沈するだろう。こちらの事情を踏まえずに誤解されて沈まれるのは不本意だ。いいか、だから、







「二時間、二人きりですね。」







嫌か、と俯いた問えば、嬉しいですよ、と静かな声と、カチャリ、フォークを手に取る音。

つられて顔を上げれば、菓子のパステル、壁の白、そして綺麗な頬の赤と、明るい色に囲まれた、彼女の笑顔が俺を包む。





所詮俺も女、だな。










「…美しいものじゃないか。」







ここは絵本の中だろうか、なんて。






【姫達の茶会】





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