「すみません、ディーノさん。」

「…まーた俺に分かんないような事考えてたんだな?」

「かもしれません。」

「…巴はさ、距離的に近くに来ても、そういうとこで離れる時は離れちまうんだから、もっとくっついたりなんだりしてもいいと思うんだよな…俺としては…。」



脈絡なく呟いたあたしの謝罪を見事汲み取ってくれたらしいディーノさんがぽつり呟いた返答に、あたしはああ、と妙に納得する。

成る程…日本人からすればあまりにも過剰なスキンシップの理由は、その溝を埋めるための作業だったのか。そう思うと何だか少し申し訳ない。



「まあ、できる状況の時にしようと思います。」

「だからできる状況を選んでたらできるものも……あ。」

「はい?」

「ロマーリオ、悪い、今すぐ車回してくれ。河川敷にいる。」



あ、なんだ。急にロマーリオさんの名前が出たと思ったら電話か。どうしたんだろう、何か仕事あったの忘れてたのかな…。しかし電話する時くらい体離して下さってもいいと思うんですが…。

途中からイタリア語に戻ってしまったために内容が分からず、そんなことを考えながら、ただ大人しく電話が終わるのを待って数分後、どうやら会話は終わったようで、頭の上のディーノさんの声が止まる。

お仕事ですか?と問おうとして顔を上げれば、どうやらそうではないらしいことがすぐ分かった。いやだって、この無邪気な笑顔。ごめんなさいちょっと少年のようだと思いました。というか、こんな素敵笑顔を前にして、本日三度目の冷たい感覚が背中に走ったということ、は、




「巴。俺やっぱお前に会いた過ぎて頭回ってなかったみてーだ。」

「は、はい?」

「住む場所が違うのも、二人きりなるのも、お前の周りには年頃の男がいて心配すんのも嫉妬すんのも欲求不満も、正当性のある挨拶のキスも全部、お前がイタリアにくればいい話だったんだよな。」

「…ディーノさん?」

「まあ心配すんなって!とりあえず一週間くらいで妥協するぜ!」

「………。」



絶句。正にこれは絶句だ。前も似たようなことがあった気がするけれど、え?なに?これは冗談なんですか?それとも本気?



「巴嬢、また一週間よろしく頼みますよ。」



あ、本気だ。

どこで待機していたのか、明らかに早すぎるロマーリオさんの登場と歓迎の言葉に目眩を感じる。あの家庭教師にしてこの生徒有り。今さっき、あたしの事を考えてないわけじゃないと言ったばかりですよね?あれ?聞き間違い?




「郷に入れば郷に従え、だよな?巴。」




覚悟しとけよ、なんて、楽しそうに言いますけどね、ディーノさん。拉致って言葉をご存知ですか。

と、頭ではそんな悪態をつきながらも、結局嬉しそうな二人に何も言えずに突然イタリアの土を踏むことになったあたしは、どこまでこの人に弱いんだろう。







「嫌いになんてなれるわけないのになあ…。」

「?何か言ったか?」

「いえいえ…。」










そしてここまで強引で、あたしが彼に弱いと知った上で、今更どうしてあんな虚勢の強がりに不安になるというのか。

迷宮入りの幸せな謎は、こうして一つ、また一つと、増えていくのである。








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