「ディーノさん、郷にいれば郷に従えという言葉をご存じですか。勿論ご存じだと思いますが、ここは日本で、屋外で、しかも学校の校門前です。只今時間は下校時刻で生徒達の帰宅ラッシュだというのもご覧の通りですからお分かりですよね。さて、ここまでであたしが何を言いたいか察して頂けましたか。」

「さっぱり分から」

「察・し・て・頂・け・ま・し・た・よ・ね?」

「あー…何だよ、人前でキスすんなってことか?」

「その通りです。」


と、恐らくは真っ赤な顔で睨みつけても効果は半減以下だろう。分かってはいる。分かってはいるけど、唇から発生、顔中に感染した熱はそう簡単には冷めてはくれない。

案の定、わざわざ学校まで迎えに来てくれた目の前のディーノさんは、不服そうな顔をしながらも緩んだ頬はそのままだ。いや、嬉しいんですけどね!その気を許してくれている顔は大変に好ましいんですけども!



「これは死活問題です。世間への体裁も当然ですけど、あたしが恥ずかし死んだらどうしてくれるんですか。」

「愛しい人からのキスで目覚めさせるから平気だろ。」

「…最近、シャマルさんが言う『イタリア人男性はみんな俺みたいなもんだ』という言葉に信憑性が出てきました。」

「お、おいおい!流石にDr.シャマルと一緒にするのは勘弁してくれよ!俺がしたいのはお前だけだぜ?」

「……とりあえず移動しながら話しましょうか。」



…何度も言うがこれは死活問題だ。周りの生徒さんの視線が痛い。痛すぎて死ねる。外部からの羞恥と内部からの羞恥であたしの小心が止まる。

兎に角ここを離れよう。潔くそう判断したあたしは、ディーノさんが転ばないよう祈りつつ、家路に足を向けた。すると、



「、っ…巴!」

「え、はい?」

「そっちは家だろ!」

「…家ですよ?」

「そ…そんなに嫌だったのか?」

「…?何がですか?」

「いや、キスが…っつーか、俺が…。」

「?迎えに来てくれたこと自体はすごく嬉しかったですけど。」

「じゃあ何ですぐに帰ろうとするんだよ…。」

「…?帰る為に迎えに来てくれたんじゃないですか?」

「…家にはリボーン達がいるじゃねえか。」

「そりゃあ、家ですからねえ…?」

「……巴は俺と二人きりになりたくないのか?」



…ああー…そういうことですか。ていうかディーノさん、大の大人の男の人なのに、拗ねてる様が異常に可愛いのは何故…イタリア人の整い過ぎてる顔立ちのせい…?いつものジャケットに手を突っ込んで、俯き気味にこちらを窺う姿が非常に母性をくすぐります。ギャップは凶器ですよね…ほんとあたしには凶器ですよね…。

兎に角、さっきまでの羞恥の熱もすっかり落ち着いたので、近くに寄ってディーノさんを窺い返す。相変わらず綺麗なお顔で…。



「どこ行きましょう?」

「…別に俺だけ二人きりになりたいと思ってたんならいい。」

「日本人がそういうこと口にするのが苦手だって、知ってたと思うんですけど。」

「………。」

「……せめて二人きりだったら、いきなりされても怒りません、けど…。」



口を開かなくなったディーノさんに恥を忍んでそう言った途端、一気につり上がったのはディーノさんの口の両端。

あ、しまった。敢えて言わせたなこの人。

と思った時には既に遅し。これはイタリア人の方が皆そうだとは分からないけれど、ディーノさんは一気に嬉しいテンションが上がるとそれに任せて一気に行動する。




…で、まあ、また、唇に何か触れたわけでして…




今度は忠告したこともあって、あたしも本能に忠実に目の前の体を投げ飛ばしたわけでして…









「…ではこうしてお互いの意見の合致した場所に辿り着きましたので、本題に入りましょうか。」

「ちなみにさっきの見事な一本背負いはこの議論でお前の不利な点として取り扱っていいんだな?」

「やったのは間違いないので認めます。」

「よし、じゃあキスを認めろ。」

「国の風習を否定する気はありません。ただ人前で挨拶代わりにキスするのは止めて下さい。あたしがお願いしたいのはこれだけです。」



と、先程の主張を繰り返すと、ほぼ正論のその言葉に反論の道がなかったようで、ディーノさんは言葉に詰まる。

思わずディーノさんを背負い投げて、いよいよ逃げなきゃならなくなった賑やかな校門前から一転、ここは人影も少ない夕時の河川敷。少し肌寒いけれどお互い頭を冷やすにはいい場所で、あたし達は傾斜の草むらに腰を下ろして話し合いを始めた。

確かに、さっき手加減無しで投げてしまったのは完全にあたしが悪いけれど、この話についてあたしは譲る気もないし負ける気もない。だからこれだけ頑なに言っているのだ。何とか受け入れてもらいたいものである。ということでもう一押しいってみよう。



「第一、ディーノさん、前は頭撫でるだけだったじゃないですか、挨拶。」

「今は兄妹弟子以上だからしてんだよ…。つーか、我慢してたんだよ!日本人がシャイなのは見た感じで分かったし。」

「見た感じ分かってたなら今も勘弁して下さいよ…!」

「いや、寧ろ今も我慢してるから、俺としてはこれくらい認めてもらいたいと思うぜ。」

「挨拶なのにほっぺじゃなくて口にしてるのにどこが我慢してるんですか!?」

「…言っていいのか?」

「…いえ、やっぱり言わなくていいです…。」



今背中を走っていった悪寒は聞くなと言うことだよな…うん。あたしはそれに忠実に従って話を一旦区切…ったにも関わらず、何故かディーノさんは続けて話出す。あれ?これはもしかしなくとも良くないパターンですか?



「大体な、住む場所も違うし、会えても滅多に二人きりになんかなれねえし、お前の周りには年頃の男がごろごろしてるし、心配だし不安だし嫉妬もするし、欲求不満もいいとこなんだよ。それをキス数回で我慢してる俺を寧ろ褒めてくれていいと思うぜ?いや、正直お前と話すだけで欲求不満が解消されてるのも俺なんだけどさ…。求めすぎるのも我が儘だって解ってるけど…それでも好きだから、仕方ないっつーか……って、巴?何でうずくまってんだ?」

「ああ…気にしないで下さい……。」



…こんっ……の人は……!自分の声の良さと距離を考えて話して下さい耳元であの内容を話されるとかうずくまりたくもなりますよ…!!

そうだ、何が駄目だって、そういう対象に見る云々以前から、あたしディーノさんに弱いんだよな…元々年上だし気さくだし素敵な声をお持ちだし、色んな意味で尊敬してたから、何もかも割と流されやすくて、海外流のご挨拶の件だってそれで今までされるがままだったんだ…今の反応を見る限り、多分ディーノさんはそれを知らずにいるんだろうけど…知られたら最後、それを意図的に行使されたら、相当の事柄以外は流されっぱなしになることは間違いない。まずは気付かれる前にこの問題を解決してしまわねば…!!


と、危機感に煽られ、気合いを入れ直してディーノさんを振り返った途端、眼前ギリギリにあったのは、隣の彼のにんまり笑顔。瞬間、再び背中を走る悪寒。

いや、嘘でしょう、まさか。




「巴。」

「は、い。」

「認めてくれるよな、人前でもキス。」

「い、や、無理で」

「…駄目とは言わせないぜ…?」




やっぱり既に気付かれてたー!!有名マフィアボスの観察眼を舐めてましたよあたしは…!今ので気付かないわけがないってことですねそうですね!!

と、頭の中でまくしたててはいるものの、実際のあたしは完全にフリーズ状態だ。嫌がらせなのか追い討ちなのか、ディーノさんはディーノさんで頬を両手で挟んで逃げられないようにしつつ、顔の近さを変えてくれないし、それが無くとも今度は意図的に耳元で囁かれた低音ボイスに、あたしの行動回路はショートしている。いくら間合いに入っていても、今度は投げ技に持っていけない程に。

だ、駄目だ…!頑張れあたし…!ここで折れたらさっきディーノさんを投げてまでの反抗が無駄になる!せめて、一言、否定の言葉をっ…!!
と、無我夢中で口から零れた反論は、とても反論と言えたものではない、虚勢丸わかりの、強がりだった。




「なあ…巴?」

「っ……き…、」

「き?」

「き、らいに、させないで、下さい。」
「………。」





…ああ、駄目だ終わった…こんな分かり易い強がりじゃ、寧ろ立場が悪くなる一方だった…。

自分の切り返しの悪さに半ば説得を諦めて瞼を伏せる。がばりと引き寄せられて覆い被さるように抱き締めてくる大きな体。ああはい、いいですもういいです、敗者は好きにして下さ…




「わ、悪ぃ…!!俺が悪かった!」





……って、おや?うん?何か、思ってた反応と、違うよう、な、





「本当に悪い、調子乗った、反省してる!巴、いっつも俺の強引さについてきてくれるから安心してたっつーか、甘えてたっつーか…でもお前の事考えてないわけじゃないからな!?今日は偶々久しぶりに会ったから我慢できなかっただけで…!なのにお前が冷たいこと言うから俺も意地になっちまって…いや!巴を責めてるわけじゃなくてな!?俺が大人気なかったのが、」

「あ、あの、ディーノ、さん。」

「なっなんだ!?」

「えーっと…」



とりあえず今日はよく口が動く日ですね…じゃなくて。どうしようこの予想外のテンパりぶり。しかも何か失敗だと思った台詞が実は物凄い攻撃力を持っていたらしく、さっきまでの大人の余裕全開のディーノさんは今何処状態だ。ま、まあ兎に角、これはあたしが有利になったということで解釈していいんだよね…?



「じゃあ、その、人前でのキスは、止めてくれます?」

「…ああ。すっげー不本意だけど、お前に嫌われたくないからな。」

「…ありがとうございます。大好きです。」



何だかまだ釈然としていないようだけれど、ようやく肯定してくれたディーノさんの背を体勢そのままに抱きしめてみる。完全に人が通らない場所でもないけど、嬉しそうに抱きしめ返されたし、薄暗いし、何かもういいや。

しかし本当に…きっと迷宮入りの謎だろうけど、あたしは何でこんなに愛されているんだろう…。第一にディーノさんが優しいからというのがそれなんだろうけど、人を好きになっても、好きになられて且つこんなにダイレクトにそれを口に態度にされるというのは経験がないので、段々不安になってくるほどだ。

好きという言葉を容易く繰り返せば繰り返すほど、その価値が薄れていくように感じるなんて、贅沢極まりない国民性だなあ…我が儘だなんてディーノさんじゃなくて、程良く距離を置いて、でも好きで居続けたいと思う、あたしの方が我が儘なのに。






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