「腰が痛いです。」

「あっ…朝っぱらから卑猥なことを言うな!!」

「腰=卑猥にしないで下さい違います。風邪ひいて体中痛くて中でも腰がやばいんです。」

「か、風邪だと?」

「はい。朝起きたら体中だるくて痛くてままならないので、今日は一日寝ています。」

「薬は、」

「さっき軽くご飯食べて飲みました。」

「寒くな、」

「お湯沸かして湯たんぽ入れたので大丈夫です。」

「…な、何かし、」

「なくて大丈夫です。薬飲んで一日寝れば大抵治りますから。というわけで、」




おやすみなさい。と、あいつは一つお辞儀をして扉を閉めた。

…本当に風邪をひいてるのかあいつは…。疑問になるほどの素面で、相変わらずのてきぱきとした行動。就寝前よりよっぽどしっかりしていたのは何故だ…睡魔は病気ではないというのに、何なんだこの違いは…。

どうせ風邪の原因というのも、風呂から上がって布団に潜り込まない内に寝てしまっていたのがそれだろう。…常に俺がいるわけではないんだから、ちゃんと布団に入ってから寝ろと毎回言っているというのにあいつは…。

だがしかし今見たように、這い出て来て飯を食い、薬を飲んで暖を作り、声をかける元気はあるのだ。やることはやっていたのだし、後は大人しく眠らせてやればいいのだろう。





「………。」





物音一つしない部屋で、針の音だけが異常にでかい。どれだけ経ったかと時計に目をやれば、アイツが扉を閉めてから十分も経ってやしない。

…い、いや、アイツのことだから十分など寝に入るに充分な時間。そう、だから時間を見てしまったのだ。別に一人の時間が長いと感じたわけではない。断じて。

気を取り直して、これから何をしようか考える。昼食を考えるには早く、出掛けるには微妙だ。大体、今日は久しぶりの休みだから、アイツがしたいことに付き合おうと考えていた手前、何も予定がない。第一、いくら放っておくと言っても、病人を置いてでかけるのは気が引ける。…そういえば、アイツは昼飯は食うのだろうか。食欲がないとは言っていなかったから、食わせた方がいいのだろう。なら昼は粥か。中味は何が好きだったか。材料はあっただろうか。というか俺はさっきからアイツのことばかり考えてはいないか。ああ憎らしい。






「…オイ。」

「ああ、やっぱり来ましたか。」

「起きてたのか…というかやっぱりとはなんだ。」

「何となくそう時間も空けずに来られる気がしてたのでまだ起きてました。」

「っ…!来てほしいなら来てほしいと言え!!」

「え、風邪が移ると困るので来てほしくはないです全く。でも、来るだろうとは思ってましたよ。」

「っ…!!」




ああ結局いつものように、コイツの予想通りに動いてしまったわけか俺は。くそ、腹立たしい。状況だけなら弱っているコイツの方が劣勢だというのに、ひっくり返らないこの会話はなんだ。何より悔しいのは、そう思っていながら、コイツの顔を見て安堵している自分自身だ。

…一人でカッとなっているだけ見苦しい。兎に角、今は気を落ち着けるべきだ。

思って、まずは相手の様子を窺う。顎まで布団に埋もれてこちらを見る目は普段より虚ろだが、まだはっきりとしているようだ。顔色は悪いが声は通るし…コイツが態度で示したように、そこまでの心配は要らないようだな。



「…昼は食えるか。粥を作る。」

「ああ、いいですねえお願いします。玉子粥がいいです。」

「分かった。…後は何か。」

「あ、じゃあ……いやでも、やっぱりいいです。お粥だけで。」

「…言われなくてもデザートにプリンは付ける。」

「レヴィさんのそういうところ大好きですよ。いやまあ、プリンではなかったんですが、そういうことにしておきます。」

「(だ、だいすき…)な、何だ、気になるだろうはっきり言え。」

「えー…いやいいですよ。何かまた卑猥だの何だの言われそうですし。」

「なっ…破廉恥な!!」

「いや破廉恥じゃないんですって。ただレヴィさんがさっきみたいに誤解をするから…っていうか破廉恥なんて言葉をよくお知りで…破廉恥ですねえ。」

「っ!!貴様っ…!!」

「ああすみません、すみませんでした。そろそろ移ると悪いので退室願いますよ。」




と、コイツは一方的に話を区切ると、もう仕舞というように布団を頭まで深く被る。仮にも中身が病人である布団の塊に憤りをぶつけられるわけもなく、一つ溜め息。吐けば顔の熱も憤怒も半減した気がして、もう一度だけ声をかけてみることにした。




「オイ。」

「はい。」

「…言ってみろ。ひ、卑猥なんぞ、言わないから。」

「……うーん…。」

「…病人の甘えくらい、聞いてやれないほど心は狭くない。」




一つの単語をそれらしく差し替え、誤魔化して、呟いた言葉にもそりと布団の塊が身じろぐ。

そうして怖ず怖ずと現れた中身は、鼻を全て出すには至らずに目だけでこちらを見た。…お前はどこの小動物だ。一瞬それを妖艶だなどと思ったのは俺じゃない。断じて。断じ…







「…腰、撫でててくれませんか?」







断じて、俺だった。






「…あー気持ちいい…ありがとうございます。」

「……。」

「ほらやっぱり卑猥だって誤解する。」

「し、していない!!」

「赤い顔で言われても説得力ありません。本当はこう…背中に片足付けて両腕掴んで後ろにグイーっ!っていうストレッチしてほしいくらいなんですけど、流石に今の体調でそれをやったら呼吸困難になりそうなので。」

「…そんなに痛むのか。」

「すんごく痛いですね。痛くて寝れないくらい。」

「……。」

「でも随分楽になりました。レヴィさんのお陰です。」

「…それは暗に俺の手が熱いと言ってるのか。」

「それも込みですかね。」




熱があろうがなかろうが、人をおちょくることだけは忘れないなコイツは…!

再び憎らしく思い、リクエスト通り布団の中に手を突っ込んで、服越しに腰撫でていた手をぎりと握れば、突然肉を掴まれて呻く彼女。まあ…掴む肉も大してなかったから確かに痛かっただろう。いい気味だ。

などと満足していると、報復のつもりだろう、枕に突っ伏した顔からくぐもって聞こえたのは「卑猥です」の一言だった。こ、コイツは!




「撫でるのは卑猥で無いと言うくせに、掴むのは卑猥なのか!!」

「勿論です。撫でるのも状況によりセクハラですが、了承もなく女の贅肉を掴んだのはセクハラを超えた犯罪です。他の人にやったらお縄を頂戴することになりますよ。」

「誰がお前以外にやるかっ!!」

「……ふふ、あはは。」

「なっ何故笑う…!!」

「いえいえ、あの、レヴィさん。最後のお願い、いいですか。」




そう言ってまたちらり、枕から半顔だけ覗かせたコイツは、脈絡もなく上機嫌に笑う。

遂に熱でおかしくなったかと思っていると、コイツは……巴、は、まだ緩めたままの頬でこう紡いだ。




「さっきの言葉、訂正して下さい。」

「…さっきの?」

「レヴィさんはあたしが、『病人』だから甘えさせてくれるんですか?」

「………お前という奴は…。」











妻は賢い方が良いとは言うが、聡すぎるのも、考え物だ。








【A.恋人だからです】
(こっ…こここここ…!!!)
(時々サラッと殺し文句言うくせになあ…)





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