「何か物足りないですねえ。」
と、独り言にしては些か大きく、呟くにしてはわざとらしい声色は、右隣やや上から降ってきた。
普通の女の子でもチョイスにはちょっと怯む、ダブルショコラの三段アイスなんていう豪快なものをパクつきながらも、涼しい顔をしている六道さんは、どこか遠くを見るように賑わう街中を歩き続けている。
が、しかし、今の言葉は明らかにあたしに投げられた言葉で、意識はこちらに向けられているというのは確かだ。…ということは、このパターンはあれですか。六道さんの大好きな駆け引きタイムの始まりですか。
「…あたしのパフェ一口差し上げましょうか。流石に三段全部ダブルショコラじゃ飽きるでしょう。」
「いえ、それは全く飽きませんが、折角下さると言うなら頂きます。じゃあ遠慮なく。」
「遠慮より先に自重して下さい何故そこでパフェそっちのけで顎に手を添えるんですか顔面にぶつけますよ。」
「貴女がプリンアラモードパフェをぶつけるとは思いませんけどね。まあ、昼間の往来でキスというのも日本人らしくないですから、一応控えましょうか。」
「六道さん、あたしはパフェの味見の話をしていただけであって、キスの話をしていたわけじゃないんですよ。」
「おや、そうでしたっけね。でも僕もパフェの味見がしたいから物足りないと言ったわけではないですけど。」
「それは失礼しました。」
「じゃあ何の話なんだとは聞いてくれないんですか?」
「そうですね、敢えて聞かないのも一興かと。」
「そう焦らさないで下さい。興奮します。」
「サディスト中のサディストが何を言ってるんですか。そして自重して下さい。気持ち悪いです。」
「そのサディスト中のサディストに惚れたのはどこのどなたでしょうね。」
「え?どこのどなたなんですか?」
「そろそろ泣きますよ。」
とまあ、満面の笑みを浮かべておいてよくも言う。
既にアイスの三分の二を食べ尽くした六道さんは、ベロリと自身の唇を舌で舐めとると、空いた左手をこちらに差し出して、あたしのパフェに視線を注いだ。
「結局味見するんですか?」
「くださらないんですか?」
「いえ、あげますけど。意外と本格的な甘党ですよね、六道さん。」
「プリン狂に言われるとは恐縮です。」
「あたしの中でプリンは甘味の枠を超えてます。それ以外はあんまり食べませんよ。プリンは特別です。」
「ほう…特別。」
「…?今更に感心しますね。」
「いいえ。ご馳走様でした。」
「?はい。…って何で返してくれないんですか。」
「左手で持って下さい。」
「え…別に右手でもよくないですか。」
「随分と信用されてるようで嬉しいですけど、僕が近距離にいながら利き手を空けておかないというのも不用心ですよ。」
「…嫌な冗談を言いますね。」
「冗談じゃありません。この位置なら貴女のその控え目で小さな可愛らしいお尻に手のひらを這わせるのも容易です。」
「そっちの不用心ですか。ていうかいちいち事細かに描写しなくて結構です。鳥肌立ちました。」
「言葉だけで感じられる貴女も大概マゾヒストだと思いますよ。」
「気持ち悪い感触というのはいつまでも忘れられないものです。」
「気持ち良いの間違いでしょう。次回は是非ミニで来て下さい。というか僕がプレゼントしたミニはいつ着てくれるんですか。」
「あれ短すぎますよね。ていうかピンクなのがいけないんですよ。無理です。あのピンクは私向きではないです。」
「まあいいですよ。こういう外に来る時ではなく、僕の前でさえ着てくれればいいんですからクフフフフ。」
「お約束致しかねますが、とりあえずパフェは左手で持ちますから返して下さい。」
そんな不毛なやり取りを繰り返して、ようやく返ってきたパフェにかぶりついて溜め息を飲み込む。
はあ…ほんと六道さんはこういうやり取りが好きだなあ…いや、黙っているよりいいのかもしれないけれど、巧く、そして詰まらずに返さないと、六道さんのエンドレススーパーセクハラタイムが始まってしまうから、こちらは精神をすり減らすことこの上ない。
…で、今度はなんですか。すんごいこちら側に寄ってきてガンガンぶつかってるのはなんなんですか。ちょ、道の端に寄せないで下さい。
「六道さん、近いです。ぶつかってます。」
「別にカップルが密着することに問題はないでしょう。」
「普通に歩きにくいじゃないですか。…まさかこの嫌がらせをする為にわざわざパフェを左手に持たせたとかじゃないですよね。」
「惜しいですが違いますね。」
「惜しいんですか。何かする気は満々だったわけですね。」
「ヒントを差し上げましょうか?」
「…一応頂きましょうか。」
「僕は存外、ロマンティックなんですよ。」
妙によろしい発音に若干ひきつつも、予想していなかった言葉に頭は真面目にその意味を考える。
え、何…?ただくっつきたかっただけなんですか?いや、それが違うから今ヒントもらったんだけど…。ロマンティックって…別にあたしと六道さんでできるロマンティックなんて…っていうか考えてる間もぶつかってくるのは止めませんかね!何なんですかもう!考えさせたいのか知られたくないのかはっきりして下さいよ!
と、流石に鬱陶しくなって空いた片手で体を押し返そうとすると、察したかのように手首を掴まれる。察しているなら止めて下さいってば、と言おうとしてそのまま顔を上げれば、目の前で大袈裟に放される手首。六道さんの手のひら。含んだ笑顔。
……………え?まさか?
「……。」
「寂しいですねえ。」
「……。」
「ああ、ああ、寂しいなあ。」
「……。」
「左手がお留守で寂しいですねえ。」
「繋げばいいんでしょう分かりましたよ!」
わざとらしいも甚だしい六道さんの言い様に、物凄く癪だけれど隣にある左手をがっつり掴む。
するとその大きな手は、待ってましたと言わんばかりに器用も器用に掴まれたまま指を絡めて、あっという間に恋人繋ぎ。この人は本当に手癖悪いな!
「やり方が回りくどいんですよ六道さんは…!」
「気付いてすぐに繋いでくれなかった巴さんが悪いんですよ。」
「その前からです。繋ぎたいなら繋げばいいじゃないですか。拒否なんてしませんよ。」
「知ってます。でも言ったでしょう、僕は存外ロマンティックだって。」
「はい?」
「どうせ繋がるなら、求められてがいいってことです。」
「…どこの乙女さんですか貴方は…。」
「その乙女に惚れたのはどこのどなたですか?」
「貴方の横の乙女崩れですね。」
「乙女崩れだなんて。まあ確かに本来の生娘的な意味であれば確かにしょ」
「三度目ですよ、自重して下さい。」
ちょっともう黙ってくれませんかという気持ちを込めて指先に力を入れれば、何を勘違いしたのか同じように返す大きな手。
ただし、それはあたしのように敵意ある力の込め具合ではなく、痛まないように柔らかく、でも絶対に放さないとの意志を感じる束縛感。
…何だかなあ…。
「六道さんの考えてることは今でもよく分かりません。」
「まだ分からなくていいですよ。分かるまでずっと一緒にいて下さい。」
そしていずれ、プリン以上の特別にして下さいね。
そう言って結局往来でキスをしてきた六道さんに、自重という言葉を覚えさせるのはどうやら至難の業らしい。
ああもう、仕方ないか。さっきも言った通り、そんな非常識人に惚れてしまったのは誰でもなく、このあたしなのだ。
付き合ってあげましょう。死が二人を分かつまで。死の後の輪廻すら操作できそうな気がしてしまうこの人に対しては、そんな誓いさえ馬鹿らしいものかもしれないけれど。
こちとら結構、本気です、よ。
「ずっと一緒にいますから、プリン以上になってみせて下さいね。」
「巴さん…。」
「でもやっぱりその柄にもなく薄ピンク色に染めたほっぺは気持ち悪いです自重して下さい。」
「……。」
【ピンクティックロマンティック】
(な…なんでこのタイミングに泣くんですか!打たれ強いのか弱いのかはっきりして下さい!)