「モレッティさんは優しいですねえ。」





と、最近口癖になりつつある、しかしながら毎回心から思う言葉を口にした。

そんな、相手からすれば突拍子のないらしいあたしの言葉に、虚を突かれたようにモレッティさんが目を丸くするのはいつものこと。

あたしとしては、物事の流れの中で順当に思ったことだから、そんなに驚かれることじゃないよなあと思っているのだけれど、いつでもモレッティさんの最初の反応はこれ。

そして照れくさそうに笑う。そんなことないですよ、とか何とか言いながら、いつも血色の悪い顔を少しだけ良くして。

そうして大抵そのまま突入するほのぼのタイムは非常に居心地のいい空間で、ただ一緒にいる時間が、温かくて優しい。

だから今日もそんな風に、そんな気持ちを含ませて、真正面から呟いた。何だかこう、まったりのんびり、ほのぼのしたい気分だったので。





だったの、に。





これは一体、どういうご乱心、なのでしょうか。






「……モレッティさん?」

「はい?」

「…あ、いえ…。」



色んな疑問の意味を込めてぎこちなく声をかけたら、物凄く普通に笑まれて言葉が詰まる。

あれ、おかしいな。すごい普通の反応なんですがモレッティさん。もしかしてあたしの目がおかしいんでしょうか。

と、念の為グッと瞼を圧してから改めて向き直る。いやいや、やっぱりあたしの目は正常ですって。感覚も正常ですって。


めちゃめちゃ、指噛まれてますって。





「…何であたしの指を噛んでるんですか?」

「あ、痛いですか?」

「いえ、甘噛みですよねそれ。痛くないですけど。」

「ならよかった。」

「…あ、もしかして口寂しいとかですか?モレッティさん煙草吸いましたっけ?」

「あー嗜む程度には吸えますけど。」

「え、全然知りませんでした。というか見たことも匂いもしなかったです。」

「滅多に吸いませんから。それに、好きな人の傍では吸いませんよ。」



うわ、またこの人はこういう言葉をサラッと。

不可思議な行動の理由が分かるまでは過剰なリアクションは抑えていこうと、指を噛まれたままの平常心で会話をしていたけれど、この状況でその言葉は恥ずかしい…っていうかいやいや、何でモレッティさんまで普通なんですか。何で指くわえたままいつも通りニコッとするんですか。

左の人差し指の第一関節の辺りをしつこく噛み続けるモレッティさんは、意図的なのか口の構造からそうなってしまうのか、口内に入っている指の腹を舌で撫ぜていて、その非常に艶めかしい感触に意識が集中しそうで困る。

兎にも角にも、気を紛らわす為にも会話は止められない。口説き文句ともとれるさっきの『煙草吸いませんよ発言』に、あたしが慌てて繋いだ言葉は、やっぱり『モレッティさんは優しいですねえ』、だった。



「そのことですけど、」

「は、はい?」

「巴さんは俺に騙されてますよ。」

「………はい…?」



騙されてる…騙されてるって、え?モレッティさんに?え?会話の流れからして、その、『モレッティさんは優しい』が?んん?ど、どういう意味だ…?



「俺は別に優しい人じゃないってことです。」



意味を汲み取るのに一瞬固まったあたしを見て、相変わらず指を噛んだまま(もういいですって)モレッティさんが言葉を付け足す。いやいや、モレッティさんが優しい人じゃなかったら世の中の人間は大概優しくない人になっちゃいますけど。



「モレッティさんは優しいですよ?」

「いえいえ、巴さんに優しい人だって思い込ませてるんですよ、俺。」

「え、まさか〜。」



と、思わず笑って否定したけれども、あれ?甘噛みに若干力が籠もって普通の噛みレベルになってますよ?いた、いたた、え?なに?雲雀さん?雲雀さんの影響なんですか!?全然関わりないですよね!?



「も、モレッティさん?」

「俺は優しい人じゃないんです。」

「いや、そんなこ………そ、そうなんですか〜…(今ガリッていった…!)。」

「まあ結局、巴さんに良く思われたくて意識的に優しくしてるだけなんです。露骨に言ってしまえば下心有りってことですね。」

「…ほんとに露骨ですね。」



そうしみじみ繰り返したのは、ベロリ、と今度こそはっきり、意図的に指を舐められたからだ。…何だろう、なんかこれ、シャマルさんや大人ランボ君と同じ危機感を感じるんですが…いや、まあ、ほら、モレッティさんもイタリア人男性です、し。いや、解っては、いたのだけれ、ど。



「正直に話しますと、親方様に釘刺されてまして。」

「は…と、父さんに?何をです?」

「手を出すなと。」

「…下心的な意味で、ですか。」

「下心的な意味です。」



淀みなく肯定するモレッティさんは始終笑顔で指を噛み、そして舐め続ける。あ、駄目だ。いい加減気が反らせなくなってきた。

いくらモレッティさんがいつも通り爽やかに話していたって、はっきりした言葉を伏せていたって、流石のあたしでもモレッティさんが何を言いたいのかは分かる。いや、分かりたいような分かりたくないようなだけど、たった一本の指先に感じる熱と感触が、逃げる思考を絡めとる。

力を入れずに掴まれたこの手を振り解くのは簡単なのに、それができないのは、



それを、許さない、のは、






「もっとぶっちゃけて言っちゃってもいいもんですかね。」

「ぶっちゃけるなんて日本語知ってたんですね。できればオブラートに包んでもらえますか。」

「まあその、色々したいんですよね。」

「あー…色々…はい、色々。」

「勿論、巴さんが好きだということが前提で、ですよ。」

「あー…はあ、あの、ありがとう、ございます…。」

「だからやっぱり、巴さんに優しくするのは、良く思われたいし、良く思われて、いずれそういうことをしても拒絶されないようにって、深層心理が働いてるんですよね。」

「そ、そうなんですか…。」

「って、俺がそんな風に思いながら優しくしてるのに、巴さんは本当に心から、不純物一切無しで、優しい人だなんていうから、」

「いや、そん、な。」

「何だか罪悪感だったり、何で気付かないかなあと、年甲斐もなくちょっとだけイライラしてみたり、」

「え、あ、すみませ、」

「多分、欲求不満だったんですねえ。いやあ、いくつになっても男ってモンはガキくさくていけません。」

「は、あ。」

「だから、今日は指を一本頂いて我慢することにしたんですよ。」

「……。」

「巴さん。」

「……はい。」

「俺は、悪い人でしょう。」







確かに、まだ短い付き合いながらも、あたしがモレッティさんを見てきた中で、今目の前にいる彼が一番悪くて、狡い、モレッティさんだと思う。

だって、これが自嘲でもしながらの台詞だったらまだしも、この人本当に嬉しそうに笑ったままなんだもんなあ。そりゃあ今のあたしの顔は、さぞかしからかい甲斐のある愉快な顔で御座いましょうとも。

そして再三言っています通り、指はまだまだ離される気配はない。顔中どころか体中が羞恥の熱でやられたあたしが黙り込むと、モレッティさんはクスクス笑いながらやっぱり指を舐める。




だけども、しかし、モレッティさん。


どんなに貴方が大人であって、子どものあたしをからかおうとも、これだけは言わせて頂こうではないですか。







「…モレッティさん。」

「はい?」

「あたしはそうやってあたしをからかって遊ぶくらい執着してくれたりだとか、与えられた優しさに馬鹿正直に喜んでるあたしに罪悪感を感じたりだとか、気付いて欲しいような欲しくないようなでイライラしたりだとか、冗談めかして自分の優しさは下心だと言い張って結局のところいざとなった時に今までのほほんとしてたあたしが色んな意味でショック受けないようにしてくれてたりするモレッティさんが、」









やっぱり好きで、優しい人だと思いますよ。











「…ちょっと頑張って親方様と話し合いをしようと思います。」

「殴り合いか飲み比べの間違いじゃないですか。」

「…できれば…できれば後者で…。」

「というかですね、まずそういうことに対して親の了承を得ようとしないで下さい。日本人の女は16過ぎたら一応一人前なんですから。」



と、殆ど呆れながら言うあたしに、ポカンとしたモレッティさんの口から、ふっとあたしの指が抜ける。

あ、今の内。思って腕を引こうとしたより一瞬早く、ガッとそれを阻んだのはモレッティさんの空いていた片手。指は口から抜けたものの、今度は両手でぎゅうと握られることとなった左手に、新たな熱が一気に顔中を駆け巡る。

それを隠す余裕もなく、その手の奥─いやそんな奥でもなかった、物凄くすぐ傍にあったモレッティさんの顔は、先程までとは打って変わって真剣そのもの。


いやあの、あたし本当に、ギャップに弱く、て










「貴女と居れば、俺はきっともっと優しくなれる。だから、巴さんを俺にくれませんか。」











優しいとか悪いとか、正直どうでもいいですよ。


ただ貴方だから、好きなんですけど。







【欲求不満には甘いもの推奨】
(とりあえず手を離してもらえませんか。またくわえられそうな気がしています。)
(ははは、気付きました?あ、とりあえず来るべき日に備えて羞恥心に耐性をつけておくとかどうですか?)
(あたし、父さんの連絡先は知らないですけど、バジル君のなら知ってるんです。)
(すみません。)





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