「オッサンのやきもちほどなあ、可愛くないもんはねえんだぞ。」
「その心は。」
「…偶には俺のこともちゃんと構いなさい。」
と、一つのソファに向かい合って座って、逃げられないように囲んで結んだ両腕の中で、巴は逃げるどころか目も逸らさずに俺を見ている。
あー…まあ、こういう反応も予想してなかったわけじゃねえけど、さ。どうせならちょっと顔赤らめて、恥ずかしがったりしてくれたなら、そこを突いて、弄くって、俺のペースに乗せられたのになあ。生憎そっちのパターンかい。元々半眼だった俺の目は、段々視線に堪えきれずに遂に逸れる。ったく、俺もまだまだ精進不足ってか。
「…何とか言ってくれないと、オッサンちゅーしちゃうぞー。」
「どうぞ。」
「え?そんなこと言うとマジでしちゃうぞ?」
「いつも断り無しでする人が今更何言ってるんですか。」
「いや、まあ、」
「しないならあたしからしますよ。」
「……へ?」
何だ、今なんて言った?いやまず今日はエイプリルフールだったか?いやいや雪降ってるし、二月だよ。おいおい巴チャン、熱でもある……
「………。」
「…そういえば初めてですかね、あたしからしたのは。」
「…デコだけどな。そこはせめてほっぺだろうよ。」
「何となくおでこの気分だったんで。」
そう言いながら相変わらずの真顔で、巴は今自ら唇を寄せた俺の額を少し撫でてから、そのまま頭を数度撫でる。
…何だこれ。俺はランボかっつーの。いや、別に嫌じゃねえけどよ。オッサンに頭なでなではないだろうよ。俺がお前にやるならまだしも。というか、巴は一体どうしたんだ。顔色一つ変えずに積極的になりやがって。オッサンどう対応すべきか悩むんだがよ。
「なんだ、今日はどうした巴チャン。」
「それはあたしの台詞です。いつも余裕そうなシャマルさんこそ急にどうしたんです。」
「べっつに〜ただ巴チャンが全然俺のこと構ってくれないからよお。」
「そうでしたっけ。いつも通りですよ。」
「そうだなあ。いつも通り隼人達と和気藹々してただけだもんなあ。」
「シャマルさんでもそんなこと気にするんですね。」
「そんなことってなんだ、そんなことって。」
「百戦錬磨の名が泣きますよ。」
「巴チャンこそもうちっと俺にヤキモチ妬いてくれてもいいんじゃないか?」
「2000人強相手にヤキモチ妬くより目の前の一人を愛でた方が遥かに楽ですから。」
「素直にヤキモチ妬いて駄々こねてくれりゃ、オッサンめちゃくちゃ可愛がっちゃうのによお。」
「そうですね、素直にヤキモチ妬いて駄々をこねたシャマルさんは沢山可愛がってあげましょうね。」
言った巴の腕が俺の頭を抱いて、ゆったりふんわり揺すられる。そう、それはまるで子どもを寝かしつけるようなそれ。
…なーんだこりゃ巴チャン。今日はあれか、お母さんの日か。こんなおっきい子どもがいて大変だなあ、オイ。
「形勢逆転ですねえ。」
「…んなこと言ってると押し倒しちゃうぞー。」
「偶にはいいでしょう。こういうのも。」
「俺は愛でたいタイプなんだけどなあ。」
「あたしが愛でた分、他の人達を愛でてあげて下さい。」
「アホ。」
そこはちゃんと自分のことを愛して下さいと言いなさい。
と、口ばっかりいつもの調子で動くものの、目の前にある胸を揉むわけでもなく、無防備な尻を撫でるでもなく、ただただされるがまま頭を抱えられてる俺は、相当今、緊張、している。
色んな女を抱いてきた。こんな風に愛することに一途な女も数多いた。よしよしと母親のような愛を与えることで、自己満足を得たり、その分愛されたることを望む彼女達を、可愛いと思って愛してきた。勿論今の巴に似たように、見返りを望まない謙虚な素振りで気を引く、健気な女も中にはいた。
けれども、今目の前にいる遥か年下の一人の少女は、そのどれとも違う。本気で、言っているのだ。愛さなくてもいいと。
…あー駄目だ駄目だ。こうやって他の女比べるからいけない。一族の厄介な血を引く巴には、そんなことはすぐ分かる。
だからいつだって、俺の言葉は信用されないのに。
「結局執着してんのは俺だけってか。」
「珍しく弱気じゃないですか。」
「弱気にもなりたくなるぜ。いいオッサンが振り回されて。」
「そうは見えませんけどねえ。」
「まだ外に出てないだけよかったよ。」
「シャマルさん。」
「んー…?」
「余計な事言わずに、大人しく愛されたらどうです。」
怖くないですよ、
なーんて、
言いやがったな、巴ちゃん。
「シャマルさんが不安に思うほど、あたしはシャマルさんに振り回されてないわけでもないですし、シャマルさんの言葉を真に受けてないわけでもないですよ。」
「………。」
「まあ確かに、今まで色んな人達に言ってきた言葉なんだろうなあとは思いますけど、」
「巴。」
「それでもあたしなんかにでも、そんな言葉をくれて、愛でてくれるシャマルさんが、やっぱり好きなので、」
「巴。」
「ただの親切で、こんなことをしてるわけじゃないんです。シャマルさん、あたしは、」
「もういい。俺の負けだ。」
ようやく目の前のか細い腰に腕を回して、絞り出した声は驚く程に情けない。
何でお前はそんなに見透かす。ひねくれた俺に、真っ直ぐ届ける。
それは身から出た錆。賢くて察しのいい巴に、俺が囁く言葉も想いも、奥底までは侵食できないと解っていた。女好きの性分は不治の病に似たり。解っていたけど、捕まえてしまった。
俺もお前もさ、辛いと思ったんだ。ただでさえ歳が邪魔する俺達の関係。信用できない俺の想いに、それでも巴は律儀に同じように返すなんてことは、解ってた。
そんなことをさせたいわけじゃなくて、でも俺はお前を誰かにやるのは嫌で、だから俺は、ひたすらお前の不安を包み込む事に徹しなければ、お前は消えると思ってた、
のに。
それが、どうだよ。
「ヤキモチ妬いたり、独占したいなあと思う時もありますよ。でもしてもしなくても、シャマルさんは傍に来てくれますし、辛さも含めてみんな恋です。どうせなら楽しい方が多い方がいいでしょう。…って言いそうなのはシャマルさんなのに。今日は何もかも逆転ですね。」
「…しょーがねえだろ。俺だってなあ、俺だって、」
「シャマルさん。」
「…何ですか、巴チャン。」
「可愛いですよ。」
小さな両手が頬を挟んで、宝塚の男役もびっくりの、男前且つ愛らしい笑顔が降ってくる。
主導権を握るその体勢とは裏腹に、今度こそ唇に落とされたキスは拙くて、短くて、らしくて、嬉しい。
今日のお兄さんはどうやら完敗らしいよ。これからも時々、こんな風に些細な事が切欠で、後悔に似た不安に駆られる俺に、駄々をこねさせてくれると助かるだなんて、思ってる。
つまり俺の言った『構え』の意味を、お前は俺以上に汲み取ってたわけだ。あーあ、そんな風に笑うなって、このやろう。
「元気出ました?」
どうせの形勢逆転なら、ついでにこの腑抜けを押し倒しちゃあくれないかな、恋人。
【愛を守護】