「形見分けをするなら、君はやっぱりリボーンにあげるべきかな。」

「急に何言いだしてるんですか、九代目…。」

「いや、ザンザスに渡すべきか、リボーンに渡すべきか考えていたんだ。あの子もさぞ欲しがるだろうけれども、君の安全を考えるとやはりリボーンが一番だろうね。」

「まず愛人を形見分けするという発想にびっくりですよ。」




相手からしてみれば突飛な私の発言に、彼女は心底呆れた顔で私に紅茶を差し出した。手作りのケーキも添えて。

週の中で一番楽しみにしているこの時間、これから後何度、繰り返せるだろう。




「そんな物騒な話をしないで下さいと、あたしが怒るのを分かってて言いましたね。」

「気付いたかい?悪かったよ。」

「ケーキは無しですね。」

「本当に私が悪かったから…それだけは御免被りたいのだけど…。」

「さあ、どうしましょうか。」




ああしまった。どうやら私は本気で彼女を怒らせてしまったらしい。

にっこりと愛らしく微笑む彼女の手は、私の前に置かれたショコラケーキを容赦なく取り上げ、彼女の陣地に人質に取られてしまった。これは一刻も早く彼女の機嫌を直さなければならない。




「すまなかった。軽率な発言だったね。」

「そうですね、まずあたしは貴方の物ではないということから否定しておきましょうか。」




これは思いがけず痛手を喰らうことになった。今何と、と聞き返す勇気は私にはない。

それは勿論、彼女を物などと思ったことはない。確かに先の発言はそうとも取れる言い回しだったが、こういう冗談めいた話の掛け合いを、彼女は良しとする筈だったから、わざとそんな風に言ったのだ。そう、いつもなら、良しとするのに。

では、彼女は今日は初めから機嫌が悪かったのか。─否、そうとも思えない。

思案しつつ、何とか死守した紅茶を口に含むと、やはり彼女の機嫌の悪さはこの丁寧な淹れ方からは感じ取れなかった。



「あたしを、自分の物だと思ってましたか?」

「いや、物質とは思っていないよ。いないけれど…」

「けれど、」

「…君を好いて、好かれている者として、君を独占する権利は、ある筈なんだけどね…。」




自分で言っておいて、何とも勝手で、筋道の立たない理由だな、と思った。

出てしまった言葉を取り繕う間もなく、自然と小さく、下がってしまう言葉尻に苦笑する。それは自嘲の笑みだった。それと、少しの強がり。彼女の返す、次の言葉が怖い。




「そうですね。」




否定じゃなくてよかった。安堵の溜め息で紅茶が揺れる。

どうにもバツが悪いのだけれど、これ以上目を合わせないのもまずいかと、思い切って顔を上げれば、意外にも彼女は穏やかに微笑んでいた。




「でも、根本的にあたしは誰の物でもありません。あたしはあたしだけの物です。」

「…そうだね。」

「だから、あたしがこうして此処にいるのは、あたしの意志です。あたしは九代目が好きだという自分の意志で此処にいます。」

「…巴君、」

「だからあたしは、九代目があたしに飽きたり何だりしてあたしを手放したりしても、ザンザスさんにもリボーンにも譲られませんよ。想うだけなら、一人だってできることなんですから。」




だから冗談でもそんなことを言っていると、あっという間に消えますからね。

とやはり笑顔で言う彼女に、私はもう一度だけ謝って、心から言った。





「傍にいて欲しい。」





彼女は─彼女は、本当に自分というものをしっかり持っている。

強い意志があり、流されているようで流されず、少し頑固だけれど、人を想うことに確かな信念を持ち、真っ直ぐ見据える。それは時に厳しく、けれどいつでも、疑いようのない眼差しで。


やはり、独占したくなるよ。君が駄目だと言っても。


皿を静かに滑らせて、人質を返してくれたその指を取って、貪欲なこの想いを伝えるべく唇で触れて笑えば、今まで気丈な部分が全面に出ていた顔が崩れて、初な赤が色付けられた。





「本音を言うとね、死んだって君を手放したくないないんだよ。」

「……都合のいいことを言ってもいいですか。」

「うん?」

「やっぱり、九代目の物になるのも、いいのかもしれません。」

「…なんて可愛いんだろうね、君は。」









ああ、これが君の作ったケーキでなければ、すぐにでも押しのけて、君を抱き締めるのだけれど。







【ショコラより欲しい物があるんだ】





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